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第六章.醜い■■の■

2.ホテルの夜

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「それで? どうだった?」

「……ダメだったわ」

 リーゼリットの問いに力なく首を横に振りながら答える……現地の警察支局に電話で問い合わせたけれど結果は芳しくない。
 簡単な人手という下っ端は送ってくれるみたいだけど、今この領地を統括している支局長と警察武官三名はホラド伯爵に呼び出されている最中であり、手が離せないから臨時での対応をお願いしますって言われちゃったのよね。

「ま、そうだよね。一般人の殺人なんかより領主の対応が優先だよね」

「……なんか釈然としないわ」

「まぁ私かアリシアのどちらかが狩人か機士だったなら話は別だけどねぇ~」

「……」

 ここで私の狩人としての身分を明かすのは簡単だ……そうすればホラド伯爵と同程度の立場を示せるし、支局長達も無視は出来なくなるでしょう。
 ……でもリーゼリットが居るこの場でそれは出来ない。諦めて表の身分である警察武官として淡々と処理するしかないわね。

「そういう事だからリーゼリットの護衛に付きっきりとはいかなくなったわ」

「いいっていいって、元々護衛なんて方弁みたいなものだし」

 そう言って軽く笑い飛ばすリーゼリットにこちらも釣られて笑ってしまう……そうよね、リーゼリットは士官学校出身の優秀卒業生だものね。

「猟犬や軍馬との相性こそ悪かったから最優秀は取れなかっただけで、私だって結構強いんだからね?」

「そうだったわね」

「ふふん、その私の腕を評価して図書館も私を雇ったんだから」

 乱暴者から蔵書を守るため、こういう任務の時にただ護衛されるだけでは問題も起きやすいため……色んな理由があってリーゼリットを雇う事にしたのでしょうけど、軍人は普通に座学も優秀でないといけないから、さぞかし他の司書達は驚いた事でしょうね。

「あ、そういえばさ、アリシアが旅行中ずっと持ってたそのアタッシュケースって何が入ってるの?」

「これ? これは……仕事道具よ」

 ホテルに割り振られた部屋のベッドの上をゴロゴロしていたリーゼリットが不意にそう言って私の猟犬を指差す。
 自分でも『仕事道具よ』の一言で済ませるのはどうかと思うけれど……下手な嘘は彼女には直ぐにバレるし、仕方ないのよ。うん。

「ふーん? ……まぁいっか、守秘義務があるんでしょ?」

「ごめんね?」

「いいっていいって、そこまで気になる物でもないし」

 ほっ、なんとか誤魔化せたわ……私が狩人である事が迂闊に知られて良い事なんて双方に無いし助かったわ……後はあの妙に勘の良い探偵少女にバレないようにしなきゃね。

「あ、そういえばさ! あの探偵の女の子の話はなんだって?」

「……ちょっと顔を近付けて」

「……なにさ、そんなに言いづらい事なの?」

「いいから」

 首を傾げながら顔を寄せるリーゼリットに私も遠慮なく顔を近付け、額を突き合わせるようにする……あんまり大きな声では言えないから、仕方ないのよね。

「実は犯人は魔物だって言うのよ」

「……魔物?」

「正確には魔物の子どもよ」

「はぁ? 魔物の子どもぉ?」

 魔物になった人間に生殖能力は無く、一部の例外を除いて子を成す事はできない……魔物は基本的に自分に対して『共感』した者を自分の複製ドッペルゲンガーとする事で数そのを増やす。……ただこの領地に限って言えば​──

「……ここで言う魔物の子ってまさか、『ホラド伯爵』の事……?」

「……分からないけれど、暗にそう言ってるのかも知れないわ」

 この『ホラド伯爵領』……いえ、『ナーダルレント地方』に於いて魔物の子と言えるのはホラド伯爵、ベルン侯爵、ルクアリア大公の三家のみ。
 ……これは暗にこの領主一族達が魔物の末裔である事が事実であり、さらには殺人事件の犯人でもあると言っているのに等しい……下手したら政治問題になる。

「……なんていうか、物凄い爆弾を落とされたみたいだね?」

「……そうね、私以外の警察武官が相手だったら既に彼女は牢屋行きね」

 レナリア貴族に『魔に連なる者』という発言は最大の侮辱であり屈辱でもある……それも伯爵位の領主に対してなら尚更だ。
 貴族によってはまだ子どもだからと言って許しはしないでしょうし、警察武官がそんな発言を聞いたら一先ずは牢屋に入れて貴族本人にお伺いを立てるでしょう。

「でもホラド伯爵が警察武官とかを呼び出してるのもタイミングが良すぎるしねぇ……」

「そうね。他にも領主にはきな臭い噂が絶えないみたいだし、否定しきれないのが辛いところね……」

 容疑者候補全員に話を聞いた後、軽くだけれど領主の事を聞き取りしたのだけど……どれもあまり良いものでは無かった。

 ​──あの領主は魔法が使える。
 ​──あの領主は人の血を啜る。
 ​──あの領主は魔法使いと密通している。
 ​──あの領主は夜中にコソコソと地下に潜る。
 ​──あの領主は先祖返りの魔物だ。

 ……どれも根も葉もない噂ばかりで正確性に欠けるけれど、領民達にあまり良く思われていないのは確かだった……それに魔法使いと密通している部分は嘘でもないし、もしかしたらこの中に事実があるかも知れない。

「でもさアリシア、もしそれが本当なら支局長と他の警官武官もグルって事にならないかな?」

「……なるでしょうね、もし本当だったらの話ではあるけれど」

 いくら領主からの呼び出しが優先とは言え、警察武官を一人も待機させないのは異常だし、同じ街に居るのに一度も顔を見せに来ないっていうのも怪しさを倍増させる……まぁ疑い過ぎて視野が狭くなるのは避けなければならないけど……。

「……とりあえず領主と支局長達には警戒しておきましょ……少なくとも疑いが晴れるまでは」

「そうだね、それが良さそう」

 そう言ってリーゼリットはベッドの下から愛用の小銃等を取り出して整備を始める……恐らく自衛の為に念を入れるのでしょう。
 私も彼女に続いて表向きの武器の整備をしながら、彼女・・が納められたアタッシュケースを覗き見る……もし本当にこの殺人事件に魔物が関わっているのなら、その時は​──

「ねぇ、リーゼリット」

「? なに?」

「…………いえ、やっぱり何でもないわ」

「……そうかい?」

 ​──彼女を巻き込まないように一人で戦いましょう。

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