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第五章.美しくありたい
幕間.悪夢と温もり
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──あぁ、これは夢ですね。……そんな事をどこか他人事のように考える。……目の前に見える小さい私と、顔のない女性……それらを見下ろしながら、私は胸の辺りを握り締める。
『麗紗、ごめんね……』
『お母、さ……ん?』
目の前で顔のない女性が、小さい私の首を締め上げる……何も収まっていない眼孔から血とヘドロの涙を流し、不自然な程に綺麗な歯並びを見せながらその手に力を込める。
『くるっ……苦、じぃ……よ……』
『ごめん、ごめんね……』
苦しみか逃れるため、彼女の手を掴んで振りほどこうとする小さい私……でもそれは無駄な抵抗です。だって子どもと大人では、こんなにも体格差が違うのですから。
『──だって仕方ないの』
『──こうするしか』
『──彼らと奴らにこの血を利用されるくらいなら』
『──これは貴女の為でもあるの』
顔のない女性は小さな私の首を締め上げながら、その不自然なまでに綺麗な歯並びをカタカタと震わせながら、うわ言のように言い訳を繰り返す。……何が、仕方ないのない事……なんでしょうね。
『や"め"っ……て"、よ"ぉ"……』
『理解して、麗紗……貴女の為、貴女の為なのよ……』
涙と鼻水と涎……顔中から汁を垂らし、苦しみに喘ぐ小さい私はそんな醜態を晒しながら、目の前の……つい先ほどまで庇護者であったはずの女性に訴える。
『国が亡くなった時に、私達も一緒に死ねは良かったのよ……』
『かはっ……!』
苦しみか逃れようと掻き毟った女性の手が泥の血に塗れ、内側から虫が孵化したかのようにボコボコと膨れ上がる……涙と酸素不足で滲む視界から見えるそれがさらなる恐怖を煽って、小さい私は──
『『鉄、を……打っ……て……!』』
『ッ?!』
──魔法を行使して、目の前の女性の腕を融かす。……内側から膨れ上がった皮膚を、小さい私が掻き毟った傷を突き破って泥の血が溢れ出る。
『はぁ……はぁ……』
『……よ……んでよ』
ドロドロの液体になって零れ落ちる女性の手だったもの……地面に拡がっていったそれが、甲高い打音と共に綺麗な鉄の手を形成していく。……それを見て、顔のないない女性は何も収まっていないはずの眼孔でこちらを睨み付ける。
『なんで……なんでよ! なんで貴女に魔力が目覚めるのよ!』
『……』
『あの人だって目覚めて無かったのにッ!!』
父の名を……小さい私の祖母、その兄の息子の名前を叫びながら女性は狂ったように頭を掻き毟る。……何度も何度も、何度も何度も何度も何度も。
『魔力さえ……魔力さえ無ければ、ただ子どもを産むだけで良かったのに……なんで寄りによって貴女が……』
『お、母……さ、ん……』
ブツブツと独り言を繰り返す顔のない女性に小さい私は手を伸ばす……先ほどまで自分の命を脅かしていた相手に、無警戒に……そして愚かに。
『愛して、こんなにも愛しているのに……なんで……?』
その手に気付いた女性は、それまで繰り返していた独り言を辞めてゆっくりと顔を上げる……小さい私と、何も収まっていない眼孔で目を合わせるかのように。
『さ、さっきは……ごめんなさい……』
『……麗紗? ……あぁ、そうね……こんなにも愛しているのだから……愛おしい娘なのだから──』
お願いします、それ以上は……例え夢だと分かっていても……聞きたくはありません。……目の前で繰り広げられる、小さい私と顔のない女性のやりとりから目を背けるように蹲り、耳を塞ぐ。……嫌です、聞きたくはありません……辞めて下さい……お願い、しますから……。
『──■まな■■ば■か■た』
誰か、誰か助けて下さい……この悪夢から誰か私を……お願いします、助けて──
▼▼▼▼▼▼▼
「──クレル君ッ!!」
速く鼓動を打つ胸が苦しい、脈拍が煩い……どうやらここは妖精の実家……アグリーさん──いえ、クララさんに用意された自分の部屋のようですね。……どうやら悪夢から覚める事ができたみたいです。
「? ……これは?」
額からズレ落ちた物を拾い上げると、それはよく冷やされた布で……仄かに感じるクレル君の魔力から、彼が『生命』の魔法で造り出した物だと分かります。……確かに、まだ私は本調子ではないようです。
「……おでこが熱い……だから冷やされていたんですね」
寝汗も酷く、気持ち悪いです……ですが、私に起き上がる体力は無いようで……全然起き上がれません。……今は湯浴みなんて贅沢は言いませんから、身体だけでも拭かせて欲しい……です、ね……。
「あっ……も、う……意識が……」
霞む視界と急速にボヤける思考に、この目覚めは一時期的なものだったと悟ります。……でも、またあの悪夢を見るのが怖くて……嫌です、寝たくはありません……クレル君達を助けるために無理をした『対価』がこれだなんて、あんまり──
「──リーシャ? 起きたのか? …………まだ目覚めない、か……」
「──」
意識が落ちる直前に聞こえた彼の声と、布団からはみ出ていた私の手を包む温もりに……直前まで恐怖でささくれ立っていた私の心は安定感を取り戻す。……これなら眠るのだって、怖くはありません……でも……ちゃんと、返事を出来な……かっ……たの、が……心残り、で……す……。
「……おやすみ、リーシャ」
私の前髪をかき上げる感覚を最後に、私の意識は閉ざされる。
▼▼▼▼▼▼▼
『麗紗、ごめんね……』
『お母、さ……ん?』
目の前で顔のない女性が、小さい私の首を締め上げる……何も収まっていない眼孔から血とヘドロの涙を流し、不自然な程に綺麗な歯並びを見せながらその手に力を込める。
『くるっ……苦、じぃ……よ……』
『ごめん、ごめんね……』
苦しみか逃れるため、彼女の手を掴んで振りほどこうとする小さい私……でもそれは無駄な抵抗です。だって子どもと大人では、こんなにも体格差が違うのですから。
『──だって仕方ないの』
『──こうするしか』
『──彼らと奴らにこの血を利用されるくらいなら』
『──これは貴女の為でもあるの』
顔のない女性は小さな私の首を締め上げながら、その不自然なまでに綺麗な歯並びをカタカタと震わせながら、うわ言のように言い訳を繰り返す。……何が、仕方ないのない事……なんでしょうね。
『や"め"っ……て"、よ"ぉ"……』
『理解して、麗紗……貴女の為、貴女の為なのよ……』
涙と鼻水と涎……顔中から汁を垂らし、苦しみに喘ぐ小さい私はそんな醜態を晒しながら、目の前の……つい先ほどまで庇護者であったはずの女性に訴える。
『国が亡くなった時に、私達も一緒に死ねは良かったのよ……』
『かはっ……!』
苦しみか逃れようと掻き毟った女性の手が泥の血に塗れ、内側から虫が孵化したかのようにボコボコと膨れ上がる……涙と酸素不足で滲む視界から見えるそれがさらなる恐怖を煽って、小さい私は──
『『鉄、を……打っ……て……!』』
『ッ?!』
──魔法を行使して、目の前の女性の腕を融かす。……内側から膨れ上がった皮膚を、小さい私が掻き毟った傷を突き破って泥の血が溢れ出る。
『はぁ……はぁ……』
『……よ……んでよ』
ドロドロの液体になって零れ落ちる女性の手だったもの……地面に拡がっていったそれが、甲高い打音と共に綺麗な鉄の手を形成していく。……それを見て、顔のないない女性は何も収まっていないはずの眼孔でこちらを睨み付ける。
『なんで……なんでよ! なんで貴女に魔力が目覚めるのよ!』
『……』
『あの人だって目覚めて無かったのにッ!!』
父の名を……小さい私の祖母、その兄の息子の名前を叫びながら女性は狂ったように頭を掻き毟る。……何度も何度も、何度も何度も何度も何度も。
『魔力さえ……魔力さえ無ければ、ただ子どもを産むだけで良かったのに……なんで寄りによって貴女が……』
『お、母……さ、ん……』
ブツブツと独り言を繰り返す顔のない女性に小さい私は手を伸ばす……先ほどまで自分の命を脅かしていた相手に、無警戒に……そして愚かに。
『愛して、こんなにも愛しているのに……なんで……?』
その手に気付いた女性は、それまで繰り返していた独り言を辞めてゆっくりと顔を上げる……小さい私と、何も収まっていない眼孔で目を合わせるかのように。
『さ、さっきは……ごめんなさい……』
『……麗紗? ……あぁ、そうね……こんなにも愛しているのだから……愛おしい娘なのだから──』
お願いします、それ以上は……例え夢だと分かっていても……聞きたくはありません。……目の前で繰り広げられる、小さい私と顔のない女性のやりとりから目を背けるように蹲り、耳を塞ぐ。……嫌です、聞きたくはありません……辞めて下さい……お願い、しますから……。
『──■まな■■ば■か■た』
誰か、誰か助けて下さい……この悪夢から誰か私を……お願いします、助けて──
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「──クレル君ッ!!」
速く鼓動を打つ胸が苦しい、脈拍が煩い……どうやらここは妖精の実家……アグリーさん──いえ、クララさんに用意された自分の部屋のようですね。……どうやら悪夢から覚める事ができたみたいです。
「? ……これは?」
額からズレ落ちた物を拾い上げると、それはよく冷やされた布で……仄かに感じるクレル君の魔力から、彼が『生命』の魔法で造り出した物だと分かります。……確かに、まだ私は本調子ではないようです。
「……おでこが熱い……だから冷やされていたんですね」
寝汗も酷く、気持ち悪いです……ですが、私に起き上がる体力は無いようで……全然起き上がれません。……今は湯浴みなんて贅沢は言いませんから、身体だけでも拭かせて欲しい……です、ね……。
「あっ……も、う……意識が……」
霞む視界と急速にボヤける思考に、この目覚めは一時期的なものだったと悟ります。……でも、またあの悪夢を見るのが怖くて……嫌です、寝たくはありません……クレル君達を助けるために無理をした『対価』がこれだなんて、あんまり──
「──リーシャ? 起きたのか? …………まだ目覚めない、か……」
「──」
意識が落ちる直前に聞こえた彼の声と、布団からはみ出ていた私の手を包む温もりに……直前まで恐怖でささくれ立っていた私の心は安定感を取り戻す。……これなら眠るのだって、怖くはありません……でも……ちゃんと、返事を出来な……かっ……たの、が……心残り、で……す……。
「……おやすみ、リーシャ」
私の前髪をかき上げる感覚を最後に、私の意識は閉ざされる。
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