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第五章.美しくありたい

10.魔法とはその2

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「そうだ、その調子だ」

「……っ」

 目の前でマークが花を対価に魔法を発動する……流れ込んでくる花の魂と記憶に頭痛を覚えたのか、時折こめかみを抑えながら……魔法で腕を切り、魔法でその傷を癒していく。

「ぐっ……」

「……ちゃんとその花の『価値』を認めろ、そうすれば治る」

 恐らく花の記憶が流れ込み過ぎたのか、酷く同情的になったのだろう……右腕がズタボロになるほどに傷付けてしまい、慌てて治療を試みるも今度はただの花としか認識していなく、完全に治っていない。

「はぁ……はぁ……おい、この振れ幅はどうすればいい?」

「そうだな……自分を強く持つ事、か」

「……なんだ、そのフワッとしたものは?」

 マークから睨まれてしまうが、本当にそうとしか言えない……取り込んだ魂の『価値観』に惑わされる事もなく、自分で『対価』とする物の『価値』を認めなければならない。

「つまり、自分を見失うなって事か?」

「そうだな…………俺が言えたものではないが(ボソッ」

「? なんだ?」

「なんでもない」

 ふとした時に自分ではない人格が、『価値観』が顔を出す俺に偉そうにいう資格はない。……これも、人間を、肉親を……ディンゴを『生贄』にして生き延びた『代償』……かも知れない、な。

「……なぁ、自分で『価値』を決めるのが難しいなら〝金貨〟や〝血〟なんかを『対価』にするのはどうだ?」

 自分を生かすために『犠牲』となったディンゴの事を考えていると、良い事を思い付いたとばかりにマークが言う。……確かにそれなら難しくはないが、どちらもお勧めできないな。

「どちらも止めておいた方が良い」

「……なぜだ?」

「そうだな……まず金貨からだが、これは『生命』ではなく、万人がその『価値』を認め、あらゆる物との『対価』として成立させているその『普遍性』が力となる」

 正確には金貨ではなく金その物だが……ほぼ例外なく全ての人がその『価値』を認める物故に、わざわざ自ら『価値』を認める必要がない……代わりにいくら自分の認識を変えようがその『対価』としての『価値』は変動しないが、その『普遍性』こそが力となる。

「逆に言えばその『普遍性』を理解していない者には扱えない……都合よく〝欲深き大地〟に搾取されるだろう」

「……」

「お前はこの森の孤児院で育ったそうだな? 外の世界で貨幣制度を学んだか? 経済活動に参加した事があるか?」

「……ない」

 マークの返事にそうだろうな、と頷く。……金は自分で『価値』を決められないのだから、正しく『相場』などを理解していないとぼったくられるだけだ……俺が真似したところでカルマンの様にはいかないだろうな。

「次に〝血〟だ……これはわざわざ自分で認識を変える必要もないくらいに大事な物だ。自分の身体だからな」

「そんな事は分かっている、なぜ〝血〟もダメなんだ?」

 金貨を対価にする事については渋々とだが納得したものの、分からないという顔で聞いてくるマーク……やはり自分の提案が全て却下された事が不服なのだろう。大人びているとは言え、まだ子どもだからな。

「良いか? 〝欲深き大地〟に捧げた物は帰ってこない・・・・・・

「……」

「ある意味『生命』と同じく、その『不可逆性』が力だ……失った時に代わりになる物がないという、な」

 その場で金貨を失ってもまた稼げば良い、鉄もまた採掘すれば良いし、なんなら市場で買えば良い……だが『生命』に関わる物だけは代わりはない。

「……捧げた後にまた治せば良いんじゃないか?」

「良いか? 〝欲深き大地〟は一度手に入れた物は手放さない。片腕を捧げたのなら例えどんな物を『対価』にしようと戻っては来ない……同じ片腕でも『対価』にしない限りはな」

「……」

 いくら魔法で治そうとしても無駄だ、自らの所有物を奪うような事を〝欲深き大地〟は許しはしない。……少なくとも同じだけの『価値』と『不可逆性』が無ければ無理だ。

「だからな、安易に自分の身体を捧げるものじゃない……それはあくまで緊急時の非常手段だと心得ておけ」

「……分かったよ」

 そう言ってまた花を対価に魔法を行使する反復練習に戻るマークの背を見守りつつ……自分も師匠に教えて貰うまで知らずに血を対価に魔法を使っていたなと思い出す。……お陰で今となっては立派な貧血で朝がキツイ。

「……クレ、ル君」

「リーシャか、どうだった?」

「……(フルフルッ」

「……そうか」

 この花畑に続く道限定ならば覚えたリーシャが孤児院の方から戻ってくる。彼女には子ども達による聞き込みと、無理のない範囲の周辺の調査を頼んでいたが……この様子では成果は無かったらしい。

「そ、ちらは……?」

「……筋は良い」

「そうで、す……か……」

 お互いにまったく進展が無かったという事だな……まぁ、魔法の指導が一夕一朝で上手くいく訳がないのだがな。……それでももしもの時のために、自衛手段くらいは与えておいて損は無い。

「本、当……に、妖精、の魔女……な、ん……て、居るの、で……しょう、か……?」

「……さぁな、まだなんとも言えんな」

 もしかしたら本当に居るのかも知れないし、この魔力残滓が濃く残る地の核となっている魔物がその正体かも知れん……どちらにせよ、解決しない事には帰れない。

「……リーシャはマークを見ててくれ、今度は俺が調査に行ってくる」

「は、い……お気、を……付、けて……」

「あぁ」

 マークと二人っきりになるのが不安なのか、名残惜しくこちらの顔をチラチラと見てくるリーシャに後ろ髪を引かれながらも……それを振り切って森の調査へと赴く。……なにか手がかりの一つでも見つかると良いのだが、如何せん遠くで行くと迷ってしまうからな。

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