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第四章.救えない

13.救えない

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「うーん……多分こっちであります!」

「……大丈夫かしら?」

 シーラ少尉の頼りない言葉に不安になりながらもついて行く……ヴェロニカ大尉の索敵外であったこの階層から脱出するのに手がかりなんて皆無だし、勘で行くしか手立ては無い。

「ほら! この部屋なんか怪しいですよ!」

「ま、まぁ確かに……」

 そんな半ば諦めの境地で周囲を警戒しながら通路を進んでいると十字路に差し掛かり、真っ直ぐ進んだ先に重厚な扉が現れる……今まで何度も同じところをグルグル回っていたとばかり思っていたから少しだけ驚くわね。

「ではお邪魔しまーす!」

「ちょっと! さすがに部屋に入るなら罠を警戒しなさいよ!」

 嘘でしょ?! 少しくらい罠を警戒しても良いんじゃないの?! そのままシーラ少尉は何も考えていないのではないかと疑ってしまう顔で勢いよく扉を開け──

「はいドーン!」

 ──破壊して部屋に入って行く……確かに、うん……扉を開けてすぐ作動するタイプの罠ごと破壊されたかも知れないわね……でもね?

「あなたねぇ~? 扉以外の罠が作動したり、敵が殺到して来たらどうするのよ~!」

「痛い! 痛いであります!」

 頭痛を堪えながらシーラ少尉のこめかみを拳でグリグリする……本っ当にこの駄犬は! ヴェロニカ大尉の苦労が偲ばれるわ……本当に。

「とにかく、ここからは本当に慎重に行きましょ……」

「……はーい」

 本当に渋々といった様子のシーラ少尉を伴ってその広い部屋に入って行く……なにか、このフロアの地図でもあれば良いだけれど、さすがに都合が良すぎるかしらね?

「……これは」

「おー」

 部屋の中央には様々な機械や器具、人を寝かせられるだけの台があり、その周りにはたくさんの子ども達をすし詰めにした檻が立ち並ぶ……中央の設備と合わせて嫌な想像が頭を過ぎる。

「とりあえず目的の子ども達を助け出さなきゃいけないわね」

「えいっ!」

 さすがに私とシーラ少尉だけでこの人数と一緒に脱出は無理だけれど、場所が分かっただけでも収穫ね。
 後は檻と枷を壊して待ってて貰うしか……と、そこまで考えたところで湿った音と共に私の頬に生暖かい液体が付着する。

「…………なにを、しているの……?」

「? 駆除でありますよ?」

 そんな何を当たり前の事を、と言いたげな顔でシーラ少尉は一人ずつ子ども達の首を捻り折っていく……まるでそれがなんら特別な事ではないのだとばかりに、淡々と、作業的に……。

「ま、待ちなさい……」

「なんでありますか?」

 喉が渇く、唇が震えて上手く音を紡げない……先ほどまでは手のかかる仕事仲間だと思ってたシーラ少尉が理解出来なくて怖い。

「こ、子どもに罪はないはずよ……」

「? ……??」

 なんとか搾り出せたその言葉はシーラ少尉にはまったく響かなくて……ますます懐疑的な表情を浮かべてしまう。
 分かってる……狩人として、レナリア人としては彼女の行動が正しいと……でも今回の任務内容には子どもの保護も含まれているはず……わ、私の制止に大義がない訳じゃない。

「か、彼らは保護観察処分として申請して監視を──」

「──魔法使い害獣を擁護するは死罪、でありますよ?」

「っ!」

 ようやくシーラ少尉にも私が子ども達を……ガナン人を助けたいのだと伝わったらしい。
 けれどそれは必ずしも理解を得られたという訳では、ない。

「アリシア准尉殿? 理解、されていますか?」

「え、えぇ……もちろんよ」

 おかしい……シーラ少尉が怖い。何を考えているのか、さっぱり分からない……。
 いつもの元気ハツラツとした様子は無く、ただ無機質な瞳をこちらに向けてくる。

「はぁ……シーラは天才なのでねー? 先輩で階級も上のシーラが教えて差し上げましょう!」

 数秒ほど見つめ合い、どうやってこの突発的な難局を乗り越えようか思案していれば、痺れを切らしたのかシーラ少尉がため息を吐きつつ立ち上がり、大仰な仕草で右手を胸に添え、左手を広げる。

「な、なにを──」

「──魔法使い欲深き獣殺す狩る狩人我らの仕事であります」

 そう言っていつも浮かべている笑みを消し、檻ごと子ども達を腕に纏わせ肥大化させた猟犬で圧殺する……高い所から家具が落ちたような音と積み木が崩れた音、袋に入った液体が破裂と共に流れ出る音と吹き出す音……それらが同時に鼓膜を叩く。

「ぁ?」

「アリシア准尉殿の元領地も、子どもの魔法使いと魔物によって荒廃したのでありましょう?」

あまりの事に言葉を失う私に、そう話し掛けながらシーラ少尉は一歩ずつこちらに近付いてくる……子どもの魔法使いと魔物って、クレルとあの赤子の魔物の事? なぜそれをシーラ少尉が──

「──シーラは天才なので、全部知ってます覚えています

「っ!」

 こちらの肩に手を置いて、耳元で囁きながらシーラ少尉は近くの子どもの首を捻り折る……なんで彼女はそこまでして、なんで……。

魔法使い魔物の事は全部知ってます調べました……シーラは天才なので」

「……」

 帝国が建国されてから四千年の歴史を思えば全てを把握しているなんて、調べあげるなんて意味がわからない……シーラ少尉の、そのもはや狂気としか言えないその執着心はどこから来るのかが分からない。

「だから疑問なのです……なんで、アリシア准尉殿は魔法使いを擁護する獣臭いのですか?」

「っ?!」

 そんな疑問を吐き出すシーラ少尉を横目で見れば……まるで笑っていない、対峙する者を恐怖で縛り付けるような真顔で、狂気を滲ませる瞳でこちらを見詰めていて……喉が酷く渇く。
 そんな狂気的な目をしていながら、口調は疑問に思った事を母親に尋ねる幼子の如く純粋で……まるで思考が読めない。

「そ、それは──」

「──おい、お前らそこで何をしている?」

 シーラ少尉の問いに答えようとして​──頭上から一人の男性の声が降り注ぐ。
 その男性はガナン人魔法使い特有の褐色の肌に黒髪、金の瞳を持っていて……どこかで見た事あるような……。

「……あっ! 貴方はッ?!」

「ん? ……あぁ、ウィーゼライヒ市の美人ちゃん……今は『緋色』だったっけ?」

 アイツは帝国鉄道に無賃乗車してた魔法使いの男! なんでこいつまで肥沃する褐色の大地メシアに……同じ時期に人工魔物を産み出した白衣の彼と一緒にこの組織の人間だったと?

「……貴方がこの拠点の管理者かしら?」

「そんなことよりも久しぶり! 収容施設の時以来だね! いやー、ウチの上司も君に興味があるんだって!」

「ふざけないで! あの人工的に魔物を産み出す白衣の男性も、貴方の仲間で​──収容施設?」

「ん? ……あ、そっか」

 ただの無賃乗車野郎かと思っていたけれど、まさかこんな組織の拠点奥深くから現れるなんて……とか思っていたけれど、収容施設?
 ……あそこで顔を合わせたのは、捕虜となった魔法使いと白衣の彼、それと​──

「​──こうすれば分かる?」

「……そう、貴方だったのね」

 苦笑しながら彼は……いや、グリシャと白衣の彼に呼ばれていた男は、懐から穏やかな老紳士の仮面を取り出し、付ける。
 それを見た時、愚かにも目の前に居たのにも関わらず、不意を突かれ、魔物を産み出され、逃げられた屈辱的な記憶が蘇る。

「……新たな害獣でありますか」

「お~こわっ……美人ちゃんも油断してくんないし、嫌になるね!」

 ……なんだかシーラ少尉も怖いわね。
 いつもは頭の弱い、けれども可愛い女の子なのに……何が彼女をそこまで駆り立てるのか分からない。
 ……けれど、今はまるで人が変わったみたいではあるけれど、頼もしく感じるのは確かね。

「まぁいいや、俺が用があるのはそこの美人ちゃんこと『緋色──」

「──うーん、これは殺処分でありますな」

「っ!」

 未だに飄々とした態度を崩さない男に対してシーラ少尉が肉薄する。
 ……いつの間に私の隣から移動したのか、まったく目に見えなかった。
 敵地の奥深くから現れたこの男はおそらく幹部クラス……それを相手にシーラ少尉一人だけでは危ないというのに、彼女は単独行動が過ぎる……本当に人が変わったみたいね。

「とりあえず今はシーラ少尉の援護を」

 今はこの場をなんとかしてから色々考えましょう……このガナン人の子ども達の事も含めて……私が、私にしか救えないんだから。

▼▼▼▼▼▼▼

「おいおい、そんなに焦んなよかわい子ちゃん」

「……」

「そんなに熱い視線送られると照れちゃうぜ?」

 おやおやおや? この超絶天才シーラが苦しまないように殺処分してあげようと思いましたのに……なぜこの害獣は拒否するのでしょう?
 情けは人の為ならず……その逆もまた然り、人の慈悲や思いやりは受け取っておくべきだと、ヴェロニカも言っていたでありますよ?

「……マジで人の話聞かないタイプだわこれ」

「獣には過ぎた名誉ある死を与えてあげるであります」

 欲深き豚が頑張って二足歩行を真似して、この帝国で上手く擬態して潜んでいたのです。
 ……その醜さに免じて吊るすのではなく、斬首という名誉ある死を……ここまで慈悲を奮発するのは珍しいのですよ? だから──

「──黙って死ね」

「……コイツは、ヤバいね」

 奴が産み出した混凝土の壁を殴り砕き、そのまま追撃するであります。
 この後に及んで超絶天才で慈悲深いシーラの善意を受け取り拒否するこの男に対してどんどん不機嫌になっていくのがわかりますな……シーラだって怒るのでありますよ。

「『緋色』の捕縛だけかと思ってたのに付属品まで……可愛い顔してなんか怖いんだよなぁ、この娘……『我が願いの対価は繋ぐ鉄寸 望むは隔てる壁』」

「……猿が、逃がさないであります」

 足下から突き出る混凝土の柱を大剣へと変型させた友人チェルシーで大振りの横薙ぎで寸断……その勢いのまま一回転、未だに宙に留まる柱の上部を大剣の腹で打ち出す! シーラは野球も得意でありますよ!

「うわぁ……一応魔力で出来た混凝土なんだけどなぁ……『我が願いの対価は支える材木 望むは受け止める壁』」

 天才なシーラが完璧な計算の元で打ち出した柱の一部を避けていく逃げ足だけは早いクソ猿に、シーラはイライラします。
 絶対に逃がすものかと一歩踏み出せば、今度は固まる前の混凝土によって全身を絡め取られてしまいました、シーラ不覚。

「猛犬はそこで少し大人しく──」

「──『魔法使いは殺すディスアピアランス』」

「ハハ、マジかよ……」

 私の友人チェルシーは凄いのです、なんでも消す事ができるのですよ! この様なくだらない拘束程度で、この超絶天才シーラを止められるとは思わない事ですね!

「……このままだと素材を使う事になるが……まぁいいか、俺が捕まるよりはマシだと理解してくれるだろう」

「魔法使いには何もさせないであります」

 素材が何かは天才なシーラでも分からないでありますが、絶対に碌でもない事だと理解できます。
 魔法使いの考える事など人間であるシーラに理解できませんが、だからこそ予測できない蛮行をするというもの。
 ……それにこの男の魔法は地味ながらも、この超絶天才シーラを数秒もの間も拘束してきました。
 こんな敵は初めてであります。油断はできません。

「どうやって? 崩落を警戒してお互いに派手な動きはできないのに?」

「……」

 ……そう言われて出しかけた大技を止める。も、もちろん超絶天才シーラはその可能性に気付いていましたけどねー? ただあれですよ、アリシア殿も居ますからな。
 自分一人だけではないという事を、この超絶天才シーラは直前に思い出したのです! えぇ!
 確かにこの地下という場所で、シーラの得意な大技をぶっ放せばこの男を仕留められますが……同時に崩落し、生き埋めにされてしまうでしょう。
 シーラだけなら問題ありませぬが、アリシア殿も居いるでありますからな。……そういえばアリシア殿は?

「こんな場所で崩落なんて気にせずにいたら​──」

「​──そうね、貴方はもっと周りを気にするべきだったわね」

「​がふっ?! …………目の前の女一番ヤバい奴に気を取られ過ぎたか」

 ほう、ほうほうほう! やるではないですかアリシア殿! 確かにいくら超絶天才なシーラでも苦手な事はあります。
 その最たるものは黙って静かにすること! なるほどぉ! シーラが暴れているうちに静かに忍び寄るとは……考えましたなぁ!

「動けない程度に魔力を流し込んであげる」

「はぁ~、まったくもう……」

 うんうん! 動けない程度に魔力を流せば、一寸の狂いもなくその首を刎ねる事ができますものなぁ……アリシア殿わかってるぅ!

「なるだけ生け捕りにって言われてるのにな……」

「まだ何かするつもり? 腹に猟犬を突き刺されて、未加工の魔力を流し込まれてるこの状況で」

 お? この男はまだ何かできるつもりでありますか?
 後ろからアリシア殿に突き刺され、魔力まで流し込まれていて、前にはこの超絶天才シーラちゃんですよ?
 この状況を覆すなど、それこそ特上の供物が──あ!

「はぁ……『我が願いの対価は同胞の血肉 望むは魔力超過』」

「アリシア殿! その場から退くであります 」

「……いやさ、俺だって本来は戦いに向いてないし? 目標を一人捕縛するだけって聞いてたし? なんならその任務はまだ先で? しばらくはこの拠点でデスクワークだけのはずだったし?
 ……なのにアホみたいに強い娘が同伴してるわ、下手に暴れたら崩落して怒られるわ……」

 なにをブツブツと聞くに堪えない愚痴を言っているのか理解不能ではありますが、生きてる同胞を『対価』にするなどどんな魔法を行使するつもりでありますか! この猿ゥ!

「……まぁでも? このグリシャ・カーペンターにかかれば崩落なんて許さない、魔力さえあればね? ……『一夜城攻め込む馬鹿は誰だ』」

 奴が魔法を放った途端、目の前が暗くなる。

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