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第四章.救えない
4.ムルマンスク市
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「はぁ~……息が白いであります!」
「うっ……寒い」
『ムルマンスク市』の駅に到着し、停車した汽車から降りる……途端に吹き付ける強風と雪に頬を打たれ、そこから伝わる冷気に思わず自身の身体を抱き締めて震える。……とにかく寒い。
「……シーラは元気ね」
「汽車です! ポッポー!」
私達が軍人だとバレないように敬称は略して呼称するのにはまだ慣れないけれど、一応の上官であるシーラ少尉を呼び捨てにしながら語り掛けるも……彼女は上を向いて断続的に息を吐き、汽車ごっこに夢中で聞いていない。……年齢を考えるとアレだけれど、微笑ましくて可愛いわね。
「お前達はこのままこの地図に記された物件へ行って環境を整えてこい」
「りょうか……わかったわ」
「ポッポー!」
ヴェロニカ大尉から渡された簡易的な地図を持って、未だに白い息を吐いて遊ぶシーラ少尉の腕を引っ張りながらその場を後にする。
「寒いでありますね~?」
「そうね、物凄く寒いわね……凍えてしまいそう」
シーラ少尉の言う通り、この季節の『ムルマンスク市』は本当に寒い。……猟犬で暖を取ったらダメかしら? ダメよね、ダメに決まってるわよね……そんな事をしたら一発で狩人だってバレてしまうわ。
「アリシア殿、暖か~い!」
「うわっ、ビックリした……シーラ?」
唐突に後ろから衝撃を受けよろけてしまう……慌てて後ろを振り返って見てみれば、シーラ少尉が私に抱き着いて頬擦りしてくる。……うっ、注目されてる……恥ずかしい。
「ん? ……スンスン…………なにやら良い匂いがするでありますよっ!」
「え? ……あら、本当ね?」
本当にコロコロと表情と話題が変わるシーラ少尉について行くのは大変だけれど、言われて注意深く周囲の匂いを嗅いでみれば確かに甘い匂いがする。
「あそこ! あそこのお店からですよ! 行くであります!」
「あ、ちょっと! 引っ張ったら危ないわよ! …………もう、仕方ないわね」
いきなり引かれる手に驚きながら注意するも、既に甘い匂いに意識の大半を持っていかれている彼女がまったく聞いてはいない事に、仕方ないとばかりに溜め息をつく。……なんだか慣れた気がするわね。
「おじさーん! これはなんでありますか?!」
「んぉ? これか? これはな、〝鳥のミルク〟ってお菓子だ。とりあえずいらっしゃい!」
「す、すいません……」
ドアベルが大きく鳴る勢いで扉を開き、驚いてこちらに振り返る他の客の視線など気にせず、シーラ少尉は早々に店主に向かって目的のお菓子について尋ねる。
「多分匂いは焼きたての生地の方だと思うが……買って行くか?」
「……ッ?!」
「……ガイウス、達にも買っていきましょう」
「わーい! やったー! アリシア大好きー!」
……彼女に抱き着かれるのも慣れて来たわね? それに、シーラ少尉の頬っぺが柔らかくて気持ち良いから問題はないわね。……他の客と店主からの暖かい視線が気まずいけれど。
「まいど! じゃあなお嬢ちゃん、また来てくれよな!」
「また来るー!」
ニコニコとした店主のおじさんに見送られながら店を出る……うっ、やっぱり外は寒いわね──
「──さっきの店主は魔法使いでありますね」
「……そうなの?」
私に抱き着いたままのシーラ少尉がいきなりそんな事を言うけれど、全然気付かなかったわ……こっそりと羅針盤を取り出して確認してみれば確かに、お店の方角へと反応を示している。
「……早めにここから去るわよ」
「……潰さなくて良いのでありますか?」
「今はまだダメよ」
「…………はーい」
一瞬だけ怖い顔をした気がするシーラ少尉に今はまだ時期尚早だと伝えると、少しの間を置いて本当に渋々といった様子で引き下がる。……なにはともあれ、いきなり私達だけで出撃するのは不味い。
「この事は後でガイウス達に報告するとして──あら? あの子は……」
「? どうしたでありますか?」
店から離れるように歩き出し始めた私達の横を通り過ぎた子どもの背を見て首を傾げる。……あの子、どこかで見たような気が──
「──あ、『ウィーゼライヒ市』の魔法使い」
「……む? 他にも居たでありますか?」
「えぇ、まだ多分魔法使いだと思われる……という疑惑の段階だけれどね」
確か『ウィーゼライヒ市』でパン泥棒に間違えられていたガナン人の子どもで、外出許可の偽装の疑いもあったはず……少し目を離した隙にその場を去る身体能力から魔法使いであり、当時他の魔法使いは確認されていない事から、収容施設の襲撃時に『ガナリア区』から多数の子ども達を攫った犯人の可能性も高いと、ガイウス中尉はそう言っていたはず。
「……まだ尾行できる距離と速度ね」
「潰すでありますか?」
「……違うわよ。私達の拠点へと、少し遠回りして向かうだけ……絶対に深入りしてダメよ?」
「…………はーい」
当時は他の魔法使いが居なかったから、子ども攫いの犯人として見られているけれど……逆を言えば、もし犯人だとしたら単独で襲撃し、多数の子ども達を連れて逃げ切れるだけの実力があるということ……今回の任務の目的である肥沃する褐色の大地と関係があるのかどうか、そこを知る事が出来たらそれで良い。……むしろ大収穫でしょう。
「……良い? 絶対に大人しくしてるのよ?」
「もう~、アリシアってば~! そんなのは天才シーラは分かっているでありますよ~!」
「……そう……なら、良いけれど」
……最悪、ガイウス中尉とヴェロニカ大尉の分の〝鳥のミルク〟を食べさせる事も視野に入れましょうか。……ガイウス中尉、ヴェロニカ大尉、ごめんなさい。
「……今なら後ろから殴れそうでありますね?」
「……」
あ、これは私の分も無くなるかも……。
▼▼▼▼▼▼▼
「うっ……寒い」
『ムルマンスク市』の駅に到着し、停車した汽車から降りる……途端に吹き付ける強風と雪に頬を打たれ、そこから伝わる冷気に思わず自身の身体を抱き締めて震える。……とにかく寒い。
「……シーラは元気ね」
「汽車です! ポッポー!」
私達が軍人だとバレないように敬称は略して呼称するのにはまだ慣れないけれど、一応の上官であるシーラ少尉を呼び捨てにしながら語り掛けるも……彼女は上を向いて断続的に息を吐き、汽車ごっこに夢中で聞いていない。……年齢を考えるとアレだけれど、微笑ましくて可愛いわね。
「お前達はこのままこの地図に記された物件へ行って環境を整えてこい」
「りょうか……わかったわ」
「ポッポー!」
ヴェロニカ大尉から渡された簡易的な地図を持って、未だに白い息を吐いて遊ぶシーラ少尉の腕を引っ張りながらその場を後にする。
「寒いでありますね~?」
「そうね、物凄く寒いわね……凍えてしまいそう」
シーラ少尉の言う通り、この季節の『ムルマンスク市』は本当に寒い。……猟犬で暖を取ったらダメかしら? ダメよね、ダメに決まってるわよね……そんな事をしたら一発で狩人だってバレてしまうわ。
「アリシア殿、暖か~い!」
「うわっ、ビックリした……シーラ?」
唐突に後ろから衝撃を受けよろけてしまう……慌てて後ろを振り返って見てみれば、シーラ少尉が私に抱き着いて頬擦りしてくる。……うっ、注目されてる……恥ずかしい。
「ん? ……スンスン…………なにやら良い匂いがするでありますよっ!」
「え? ……あら、本当ね?」
本当にコロコロと表情と話題が変わるシーラ少尉について行くのは大変だけれど、言われて注意深く周囲の匂いを嗅いでみれば確かに甘い匂いがする。
「あそこ! あそこのお店からですよ! 行くであります!」
「あ、ちょっと! 引っ張ったら危ないわよ! …………もう、仕方ないわね」
いきなり引かれる手に驚きながら注意するも、既に甘い匂いに意識の大半を持っていかれている彼女がまったく聞いてはいない事に、仕方ないとばかりに溜め息をつく。……なんだか慣れた気がするわね。
「おじさーん! これはなんでありますか?!」
「んぉ? これか? これはな、〝鳥のミルク〟ってお菓子だ。とりあえずいらっしゃい!」
「す、すいません……」
ドアベルが大きく鳴る勢いで扉を開き、驚いてこちらに振り返る他の客の視線など気にせず、シーラ少尉は早々に店主に向かって目的のお菓子について尋ねる。
「多分匂いは焼きたての生地の方だと思うが……買って行くか?」
「……ッ?!」
「……ガイウス、達にも買っていきましょう」
「わーい! やったー! アリシア大好きー!」
……彼女に抱き着かれるのも慣れて来たわね? それに、シーラ少尉の頬っぺが柔らかくて気持ち良いから問題はないわね。……他の客と店主からの暖かい視線が気まずいけれど。
「まいど! じゃあなお嬢ちゃん、また来てくれよな!」
「また来るー!」
ニコニコとした店主のおじさんに見送られながら店を出る……うっ、やっぱり外は寒いわね──
「──さっきの店主は魔法使いでありますね」
「……そうなの?」
私に抱き着いたままのシーラ少尉がいきなりそんな事を言うけれど、全然気付かなかったわ……こっそりと羅針盤を取り出して確認してみれば確かに、お店の方角へと反応を示している。
「……早めにここから去るわよ」
「……潰さなくて良いのでありますか?」
「今はまだダメよ」
「…………はーい」
一瞬だけ怖い顔をした気がするシーラ少尉に今はまだ時期尚早だと伝えると、少しの間を置いて本当に渋々といった様子で引き下がる。……なにはともあれ、いきなり私達だけで出撃するのは不味い。
「この事は後でガイウス達に報告するとして──あら? あの子は……」
「? どうしたでありますか?」
店から離れるように歩き出し始めた私達の横を通り過ぎた子どもの背を見て首を傾げる。……あの子、どこかで見たような気が──
「──あ、『ウィーゼライヒ市』の魔法使い」
「……む? 他にも居たでありますか?」
「えぇ、まだ多分魔法使いだと思われる……という疑惑の段階だけれどね」
確か『ウィーゼライヒ市』でパン泥棒に間違えられていたガナン人の子どもで、外出許可の偽装の疑いもあったはず……少し目を離した隙にその場を去る身体能力から魔法使いであり、当時他の魔法使いは確認されていない事から、収容施設の襲撃時に『ガナリア区』から多数の子ども達を攫った犯人の可能性も高いと、ガイウス中尉はそう言っていたはず。
「……まだ尾行できる距離と速度ね」
「潰すでありますか?」
「……違うわよ。私達の拠点へと、少し遠回りして向かうだけ……絶対に深入りしてダメよ?」
「…………はーい」
当時は他の魔法使いが居なかったから、子ども攫いの犯人として見られているけれど……逆を言えば、もし犯人だとしたら単独で襲撃し、多数の子ども達を連れて逃げ切れるだけの実力があるということ……今回の任務の目的である肥沃する褐色の大地と関係があるのかどうか、そこを知る事が出来たらそれで良い。……むしろ大収穫でしょう。
「……良い? 絶対に大人しくしてるのよ?」
「もう~、アリシアってば~! そんなのは天才シーラは分かっているでありますよ~!」
「……そう……なら、良いけれど」
……最悪、ガイウス中尉とヴェロニカ大尉の分の〝鳥のミルク〟を食べさせる事も視野に入れましょうか。……ガイウス中尉、ヴェロニカ大尉、ごめんなさい。
「……今なら後ろから殴れそうでありますね?」
「……」
あ、これは私の分も無くなるかも……。
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