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第四章.救えない
2.打ち合わせ
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「とりあえず静かになったところで打ち合わせを始めようか」
「……そうだな」
シーラ少尉がバゲットを頬張って落ち着いたところで会議室の椅子に各々が座り、顔を突き合わせての打ち合わせが始まる……特に今回は敵の拠点の一つに乗り込むという話だから、入念に準備をしないといけない。
「まず肥沃する褐色の大地の一部拠点が判明したとの事だが、正確にはまだ確証はないという段階だ」
「ふむ……それでもここだという一つに絞れているあたり良いじゃないか」
ガイウス中尉が示す書類には物の流れや周辺住民に対する聞き込みにより、絞り込めた怪しいと思われる場所が記載されている……しかしながら確固たる証拠が無いために、いきなり突撃する事は躊躇われるとの事。……まぁ間違って軍が民家を襲撃とか、洒落にならないものね。
「場所は?」
「場所は『ルーシー大公国』の『ムルマンスク市』だな」
「……この時期の『ルーシー大公国』か」
ガイウス中尉が示した場所を聞いてヴェロニカ大尉が露骨に顔を顰める……まぁ『ルーシー大公国』はレナリア帝国の自治州の一つで帝国の極北に位置している場所……まだ冬も終わらないこの時期のそこは何かと悪い意味で有名だから……ヴェロニカ大尉の反応も仕方がないとは言える。
「不凍液を持って行かねばな……」
「それと防寒着等だな。……自分達が凍ってしまっては意味がない」
ガイウス中尉達との話し合いの傍らで二人の出てきた必要物資等の名前を申請書類に書き込んでいき、任務の備えをしている……私の横ではシーラ少尉がバゲットの二本目に手を伸ばしていた。……こ、この子はまだ食べるの?
「手段はどうする?」
「そうだな……やはり潜入と見張り兼見回りに別れた方が良いだろう、疑わしき建物も飲食店だしな」
ガイウス中尉が『ムルマンスク市』の詳細な地図を取り出して一件の建物……というよりも店の名前を指差す。そこは港から直ぐに歩いて行ける距離にある半ば酒場のような場所らしく、店の名前は──
「──『白き休息地』、か」
「あぁ」
「確か『ムルマンスク市』は暖流の影響で極北にありながら不凍港だったな」
「……何か荷を運び出すのでしょうか?」
極北の『ルーシー大公国』の『ムルマンスク市』には暖流の影響で年中凍らない港があったはず……それにほど近い場所に目的の酒場があるという事は危険物などの集積所として利用されていたりするのかしら?
「海への逃走に警戒しなければならんな。……それで潜入班だが……」
「はいはいはい! シーラがモガッ?! ……モグモグ」
「コイツは無理だな」
「そうだな、俺が太鼓判を押そう」
地図に要警戒の印を飲食店、港、下水道等に付けていきながら潜入班を決めようという丁度その時……バゲットを食べ終わったシーラ少尉が元気良く手を上げ、目を輝かせながら立候補しかけたところでつかさずヴェロニカ大尉が追加のバゲットを口に突っ込んで大人しくさせる。……リズム良く身体を左右に揺らしながら鼻唄を歌い、両手でバゲットを掴み頬ばるシーラ少尉を見て、ガイウス中尉と顔を見合わせて『この子に潜入は無理だ』という認識を共有する。
「潜入は俺とガイウス中尉が良いだろう」
「……慣れているヴェロニカ大尉がシーラの対応をしなくて良いのか?」
「わ、私がこの子の面倒を……?」
どうしよう、ちゃんと見張れる気がしない……というか見張る対象が二つに増えた気がするのだけれど? ちゃんと仲良くできるのかしら……?
「敵の拠点に潜り込むのだから、ベテランの俺達の方が良いだろう。……シーラは戦闘以外はダメだが、逆を言えばそれはこの四人で最強だ」
「つまり優秀なアリシアの護衛とすると?」
「そういうことだ。アリシア准尉のプロフィールを見たが……まぁ最悪何も無ければ街を見回るだけだし、この優秀さなら大丈夫だろう」
つまり敵の拠点で何か不測の事態が起こった時でも最悪逃げ切れるようにベテラン組で潜入し、私たち新人組は安全圏で見張り、もしもの時はベテラン組を即座に援護すれば良い訳ね……それなら大丈夫そうかな?
「それにこのポンコツは何かを食べさせておけば静かになるが……外食すると他の客の飯まで食ってしまうからな」
「……それは場所的に居ない方が良いな」
「だろう?」
他の客のご飯まで食べてしまうって、この子今までどうやってこの人間社会で生きて来れたの……? きっと周りの大人達が相当な苦労をしたのでしょうね……そして私もその苦労をすることになるんだから気をつけなきゃいけないわ。
「それで見張り組だが、アリシア達には部屋を借りてそこで過ごして貰う」
「しばらくはシーラ少尉と共同生活という事でしょうか?」
「あぁその通りだ。基本的には怪しまれないように監視しつつ、俺達が帰って来たら見張りを交代して見回りだ」
「了解致しました」
シーラ少尉との共同生活も見回りも大変どころか上手くできる想像ができないけれど、今のうちからなにか食べ物……確かビーフジャーキーが好きと言っていたからそれを買い込んでおこうかしら?
「もちろん経費として下りるので安心してくれ……このポンコツの食費もな」
「ほえ? シーラはモガッ?! ……モグモグ」
「……それは、助かりますね」
既にシーラ少尉はバゲットを五本も食べ尽くしているのにまだお腹に入れているし、とんでもない大食いなのが簡単にわかってしまうから素直に有り難い……。
「それに、なにかあればシーラを突撃させれば大体解決する……事後処理に目を瞑れば」
「全力を尽くします!」
実感の篭った声で覇気も無く、暗い雰囲気で目を逸らしながら告げるヴェロニカ大尉を見て全力で不測の事態が起こらないように努力する事を決意する……周りの被害が凄そうね。
「シーラも全力を尽くします!」
「お前は頼むからじっとしててくれ……」
「やる気! 元気! シーラはモガッ?! ……モグモグ」
「「……」」
本当に大丈夫なのかとガイウス中尉と思わず顔を見合わせて微妙な表情をお互いに晒してしまう……まぁシーラ少尉の底抜けの明るさと元気の良さは長所よね、人よりも食べる事が好きなのも別に悪いことでは……食費に目を瞑れば悪い事ではないから! うん!
「ま、まぁ余裕がある時には顔をだそう」
「ガイウス中尉……ありがとう存じます」
が、ガイウス中尉の優しさが身に染みる……まだ仕事にも慣れていないのにこんな強烈な歳下の先輩の相手だなんてキツイに決まってるもの……本当にありがたいわ。
「シーラは無敵なので大丈夫なのです!」
「……お前はこれでも──」
「──もうバゲットは飽きたのです!」
「「……」」
まぁ確かにあれだけ同じ物を食べていたら飽きるのは普通なのだけれど……まさか彼女が拒否するとは思わなくて驚いてしまう。
「残念だったな! これはバゲットではなく食パンだ!」
「やったー! ……モグモグ」
「それで良いのか……」
「基準がわからない……」
同じパンじゃないかとガイウス中尉と一緒に脱力して溜め息をつく……特にこれから一緒に仕事をする私は気が重い……。
▼▼▼▼▼▼▼
「……そうだな」
シーラ少尉がバゲットを頬張って落ち着いたところで会議室の椅子に各々が座り、顔を突き合わせての打ち合わせが始まる……特に今回は敵の拠点の一つに乗り込むという話だから、入念に準備をしないといけない。
「まず肥沃する褐色の大地の一部拠点が判明したとの事だが、正確にはまだ確証はないという段階だ」
「ふむ……それでもここだという一つに絞れているあたり良いじゃないか」
ガイウス中尉が示す書類には物の流れや周辺住民に対する聞き込みにより、絞り込めた怪しいと思われる場所が記載されている……しかしながら確固たる証拠が無いために、いきなり突撃する事は躊躇われるとの事。……まぁ間違って軍が民家を襲撃とか、洒落にならないものね。
「場所は?」
「場所は『ルーシー大公国』の『ムルマンスク市』だな」
「……この時期の『ルーシー大公国』か」
ガイウス中尉が示した場所を聞いてヴェロニカ大尉が露骨に顔を顰める……まぁ『ルーシー大公国』はレナリア帝国の自治州の一つで帝国の極北に位置している場所……まだ冬も終わらないこの時期のそこは何かと悪い意味で有名だから……ヴェロニカ大尉の反応も仕方がないとは言える。
「不凍液を持って行かねばな……」
「それと防寒着等だな。……自分達が凍ってしまっては意味がない」
ガイウス中尉達との話し合いの傍らで二人の出てきた必要物資等の名前を申請書類に書き込んでいき、任務の備えをしている……私の横ではシーラ少尉がバゲットの二本目に手を伸ばしていた。……こ、この子はまだ食べるの?
「手段はどうする?」
「そうだな……やはり潜入と見張り兼見回りに別れた方が良いだろう、疑わしき建物も飲食店だしな」
ガイウス中尉が『ムルマンスク市』の詳細な地図を取り出して一件の建物……というよりも店の名前を指差す。そこは港から直ぐに歩いて行ける距離にある半ば酒場のような場所らしく、店の名前は──
「──『白き休息地』、か」
「あぁ」
「確か『ムルマンスク市』は暖流の影響で極北にありながら不凍港だったな」
「……何か荷を運び出すのでしょうか?」
極北の『ルーシー大公国』の『ムルマンスク市』には暖流の影響で年中凍らない港があったはず……それにほど近い場所に目的の酒場があるという事は危険物などの集積所として利用されていたりするのかしら?
「海への逃走に警戒しなければならんな。……それで潜入班だが……」
「はいはいはい! シーラがモガッ?! ……モグモグ」
「コイツは無理だな」
「そうだな、俺が太鼓判を押そう」
地図に要警戒の印を飲食店、港、下水道等に付けていきながら潜入班を決めようという丁度その時……バゲットを食べ終わったシーラ少尉が元気良く手を上げ、目を輝かせながら立候補しかけたところでつかさずヴェロニカ大尉が追加のバゲットを口に突っ込んで大人しくさせる。……リズム良く身体を左右に揺らしながら鼻唄を歌い、両手でバゲットを掴み頬ばるシーラ少尉を見て、ガイウス中尉と顔を見合わせて『この子に潜入は無理だ』という認識を共有する。
「潜入は俺とガイウス中尉が良いだろう」
「……慣れているヴェロニカ大尉がシーラの対応をしなくて良いのか?」
「わ、私がこの子の面倒を……?」
どうしよう、ちゃんと見張れる気がしない……というか見張る対象が二つに増えた気がするのだけれど? ちゃんと仲良くできるのかしら……?
「敵の拠点に潜り込むのだから、ベテランの俺達の方が良いだろう。……シーラは戦闘以外はダメだが、逆を言えばそれはこの四人で最強だ」
「つまり優秀なアリシアの護衛とすると?」
「そういうことだ。アリシア准尉のプロフィールを見たが……まぁ最悪何も無ければ街を見回るだけだし、この優秀さなら大丈夫だろう」
つまり敵の拠点で何か不測の事態が起こった時でも最悪逃げ切れるようにベテラン組で潜入し、私たち新人組は安全圏で見張り、もしもの時はベテラン組を即座に援護すれば良い訳ね……それなら大丈夫そうかな?
「それにこのポンコツは何かを食べさせておけば静かになるが……外食すると他の客の飯まで食ってしまうからな」
「……それは場所的に居ない方が良いな」
「だろう?」
他の客のご飯まで食べてしまうって、この子今までどうやってこの人間社会で生きて来れたの……? きっと周りの大人達が相当な苦労をしたのでしょうね……そして私もその苦労をすることになるんだから気をつけなきゃいけないわ。
「それで見張り組だが、アリシア達には部屋を借りてそこで過ごして貰う」
「しばらくはシーラ少尉と共同生活という事でしょうか?」
「あぁその通りだ。基本的には怪しまれないように監視しつつ、俺達が帰って来たら見張りを交代して見回りだ」
「了解致しました」
シーラ少尉との共同生活も見回りも大変どころか上手くできる想像ができないけれど、今のうちからなにか食べ物……確かビーフジャーキーが好きと言っていたからそれを買い込んでおこうかしら?
「もちろん経費として下りるので安心してくれ……このポンコツの食費もな」
「ほえ? シーラはモガッ?! ……モグモグ」
「……それは、助かりますね」
既にシーラ少尉はバゲットを五本も食べ尽くしているのにまだお腹に入れているし、とんでもない大食いなのが簡単にわかってしまうから素直に有り難い……。
「それに、なにかあればシーラを突撃させれば大体解決する……事後処理に目を瞑れば」
「全力を尽くします!」
実感の篭った声で覇気も無く、暗い雰囲気で目を逸らしながら告げるヴェロニカ大尉を見て全力で不測の事態が起こらないように努力する事を決意する……周りの被害が凄そうね。
「シーラも全力を尽くします!」
「お前は頼むからじっとしててくれ……」
「やる気! 元気! シーラはモガッ?! ……モグモグ」
「「……」」
本当に大丈夫なのかとガイウス中尉と思わず顔を見合わせて微妙な表情をお互いに晒してしまう……まぁシーラ少尉の底抜けの明るさと元気の良さは長所よね、人よりも食べる事が好きなのも別に悪いことでは……食費に目を瞑れば悪い事ではないから! うん!
「ま、まぁ余裕がある時には顔をだそう」
「ガイウス中尉……ありがとう存じます」
が、ガイウス中尉の優しさが身に染みる……まだ仕事にも慣れていないのにこんな強烈な歳下の先輩の相手だなんてキツイに決まってるもの……本当にありがたいわ。
「シーラは無敵なので大丈夫なのです!」
「……お前はこれでも──」
「──もうバゲットは飽きたのです!」
「「……」」
まぁ確かにあれだけ同じ物を食べていたら飽きるのは普通なのだけれど……まさか彼女が拒否するとは思わなくて驚いてしまう。
「残念だったな! これはバゲットではなく食パンだ!」
「やったー! ……モグモグ」
「それで良いのか……」
「基準がわからない……」
同じパンじゃないかとガイウス中尉と一緒に脱力して溜め息をつく……特にこれから一緒に仕事をする私は気が重い……。
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