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第三章.寂寥のお絵かき

15.彼女の友人

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「どうよ! 今までで最高の出来じゃない?!」

 カルマンとクレルが気を利かせてこの場を離れてから私とリーシャはミーナと最後のお絵かきをして気持ちの整理をしている……本当はこんなことしている場合じゃないのだろうけど……。

「泣いてるからせっかくの似顔絵が台無しじゃない」

「そんな事は瑣末な事よ!」

「……ふふ」

「リーシャは笑わないでよね!」

 この常に色の濃淡が変わる湖の水で絵の具を溶くと不思議な色合いになって面白かった……まるでリーシャとミーナと知り合って友人関係になってから目まぐるしく過ぎていく日々の様で……涙が出てくるのは仕方ないじゃない!

「ふぅ……ねぇ、そろそろ」

「次は何を描こうかしらね!」

「ねぇ、私を」

「そうよ! 湖をバックになんてどうかしら?!」

 リーシャもミーナも可愛いからきっと映えると思うのよね、やっぱりこういう素敵なものは残しておくべきだと思うの。

「そうね! そうと決まればリーシャはそこに──」

「──レティシャ!」

 嫌だ、知らないし聞こえない……あともう少し……もう少しだけで良いのよ、だからまだミーナと別れるなんて私には無理だから絵を描かせて?

「……私の目をちゃんと見て?」

「い、いや……」

 私の頬を両手で挟みながら真っ直ぐとこちらの顔を覗き込むミーナと目を合わせる事が出来ない……どうしてもダメなの? もう少しだけで良いの……。

「……そろそろ私を殺して?」

「いやだ……いやだよぉ…………」

 ボロボロと溢れ出る涙を止める事も出来ずに下に俯いてしまう……ミーナ本人からお願いされてしまったらもうどうしようもないじゃない!

「ねぇレティシャ見て? ……私もう魔物なの」

「なにを──ッ?!」

 目の前でおもむろに服を脱いだミーナの身体は人のそれでは無くて……胴体の大半がキャンバスのように変質していて……その繊維は既にボロボロで裂けたところから赤い絵の具のような血が滴り落ちていて……。

「二人と過ごすのが楽しくて……慣れないのについ無理しちゃった」

「なん、で……」

「怖い狼さんを追い払うの大変だったの」

 あぁ、狩人の動きが遅いのはミーナが頑張ってくれていたのね……本当は私たちが対応しなくちゃいけなかったのに……本当にごめんなさい。

「そんなに罪悪感を持たないで? 元々そんなに長くなかったの……それに無理しなかったら狼さんに邪魔されて、二人と過ごす時間が短くなってたわ」

 それでも……それでも歳下のあなたに! 友人であるあなただけに負担を掛けていたなんて私が自分を許せないの……。

「うぅっ……」

「もうリーシャまで泣いちゃって……仕方ないわ」

「なに、を……」

 何を考えたのかミーナは胴体のキャンバスから紙を切り取り、自分の身体に爪を立てて血を流す……な、なにをしているの?

「私に唯一残った『価値』ある物なんて、パパと・・・ママから・・・・貰った・・・絵の具しかないもの」

 ミーナの絵がいつも赤系統のみなのも、ミーナが死ぬまで無くならないというのも当たり前よね……ミーナの血が絵の具だったんだもの。

「……ほら私たち三人の絵よ? これで本当に最後の私からの贈り物」

「あっ……あぅ……」

「うぇ……ひっぐ……」

 ダメだわ……こんな物を貰ってしまったら本当に涙が溢れ出て止まらない……しっかりしなきゃ、ちゃんとミーナを殺して上げなきゃ……。

「ねぇ、だから──あら?」

 心に折り合いを付けようと、涙を止めようと努力をしていれば背後から黄色の光の粒子が流れるように現れてミーナの全身を覆っていく……。

「……どうやらピエロさんの贈り物みたいね?」

 あぁなるほど……カルマンは絶対にお金払わないとこういう事はしてくれないから多分クレル君ね……彼には感謝しなくてはいけないわ。

「ほら、早く私を殺して? ピエロさんのお陰で久しぶりに心も身体も安定していて安らかな気持ちなの」

「あぁっ……」

「頭の中で雑音もない、この清々しい気持ちのまま……純粋で素直な友達を想う気持ちのまま死なせて? 殺されるなら友達のあなた達がいいわ」

「わ、わか……りま、し……た……」

 涙を拭いながらリーシャが立ち上がる……あの内気で気弱なリーシャが頑張っているんだから私も立ち上がらないと……ミーナを救わないと……。

「ミー、ナちゃん……楽し、かっ……たで、すよ……『我が願いの対価はこの身に流るる血と笑う鉄人形 望むは苦しみを断ち、笑顔で送る刃──』」

 普段とは違って強い瞳のリーシャから目配せを貰ってから頷き、深呼吸を一つしてから立ち上がる……しっかりしない私! それでもシュヴァリエ騎士なの?!

「『──想いの熱で鉄を打ち 輝く思い出で形を整え 未来へ向けて刃を研ぐ 愛しき人の苦しみを断ち 笑顔で送れるように鍛錬する──鍛冶屋の真打アナザー・デイ』」

 リーシャが造り出した光り輝く粒子の刃……多分一度きりしか使えない私たちの為の特注品を受け取ってミーナへと近付く。

「短い間だったけれど、楽しかったわ……」

「……私もよ?」

「あなたも泣いているじゃない、仕方ないわね……『我が願いの対価はこの身に流るる血と決意の刃 望むは少女の心を護る技──』」

 あれだけ歳下の癖にお姉さんのように振る舞っておきながらやっぱりミーナも寂しいんじゃない……彼女の涙につられてまた泣きながら『供物』である小さなナイフと血を『対価』に魔法を行使する。

「『──悲劇に見舞われる少女 その心すら救えずになにが騎士か 戦うべきは運命ではない 甘えるな その介錯の刃を降り下ろせ── 』」

 リーシャの想いが込められた光り輝く粒子の刃を構える……泣き笑いするミーナにリーシャと二人で不細工な笑顔で応えながら震える手に力を込める。

「ありがとうミーナ、あなたは最高の友人よ……『騎士は心こそアナザーを救うべし・デイ』」

「……ありがとう、二人のお陰で楽しかったわ」

 苦しみを断つ刃を安らぎを与える技でミーナに振り下ろす……涙で視界が滲むけれどちゃんとミーナを殺してあげれた、手応えはあった……目の前にミーナだった魔力残滓だって感じられる。

「ぅあ……ひっぐ……」

「ごめ、ん……な、さい……」

 私たちが不甲斐ないばかりに最後まで気を遣わせてしまった……本当にごめんさい、そしてありがとう。

「「『あなたの願望は果たされず終わる 私の中でスヤスヤと眠る それでもいいのなら 満たされる事よりも安寧を望むのなら 私は拒まない』」」

 リーシャと二人でミーナだった魔力残滓を取り込んでいく……ミーナのこれまでの人生が、想いが流れてきて……その中でも一際私たちとの思い出が輝いていて……。

「お、おやっすみ……なさ、い……」

「ミー、ナ……ちゃ、ん……あ……りが、とう……ござい……まし、た……」

 しばらくリーシャと二人で泣き崩れて動けなかった……。

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