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第一章.憤る山

プロローグ

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「ここじゃな……いいか? お前はまだ登録しとらん、絶対にワシから離れるでないぞ?」

「わかってる」

 ここが魔法使い相互組織『奈落の底アバドン』……帝国にその場所を知られないために絶えず移動し続ける要塞。

「すごいな……」

「完全にお上りさんじゃの」

「うるさい」

「手厳しいのぅ……」

 仕方ないだろう? 暗い穴蔵を通ってきたと思ったら中は吹き抜けの巨大エントランスだったんだから……絶対に穴蔵の天井よりも高いよ。

「のぅ、ちといいか?」

「……これはセブルス様、ようこそいらっしゃいました。ご要件をお伺いします」

「マーリンの奴は今おるかや?」

「マーリン様は今は執務室で執務中でごさいます」

「ならいいんじゃ……ほれ、お前もいつまで上を見上げておる? 行くぞ」

「あ、あぁ……」

 本当に色んな魔法使い達が居るんだな……俺と師匠以外にほとんど見たことがないからあんまり実感は無かったけど、これは凄いな。

「どうじゃ? 人数の多さに驚いたか?」

「う、うん……こんなに生き残ってるなんてすごいや……」

「……口調が戻っておるぞ?」

「……正直驚いた」

「……そうか」

 今まで過ごしてきて会った魔法使いは皆んな隠れて生活しているか、帝国に迫害され、殺されていた者達しか見てこなかった。だからこれ程の数の同族を目の前にして感動すら覚える。

「皆、日陰に隠れてひっそりと生き抜いてきた者たちよ」

「……」

奈落の底アバドンに辿り着けただけで魔法使いとしては皆一人前じゃ、ここではお前が一番の下っ端という事を骨身に刻んでおけ」

「……言われなくても」

 大半の魔法使いはここに辿り着く前に狩人の餌食になる。返り討ちにできればそれでいいが、基本的に数が少ない魔法使いは単独行動が多い、それに引き換え狩人は必ず最低でも二人一組だ……大抵が為す術もなく狩られてしまう。

「……ここに辿り着けた魔法使いだけが、群れる権利を得る」

「辿り着けなかった者は切り捨てる、と?」

「そんな雑魚にワシらの対価を払う価値はない……魔法使いらしくてシンプルじゃろ?」

「……その通りだな」

 辿り着く前に容易く狩られてしまうような雑魚に、貴重な資材と資財人的資源を割く余裕はないという事か。

「ほれ、ここがマーリンの執務室じゃ。一回会ったことがあるじゃろ?」

「確か師匠を訪ねてきた時に」

「そうじゃったかな? まぁいいわい、マーリン入るぞ」

「あっ、せめてノックを……」

 俺が止める間もなく師匠は無遠慮に扉を開ける……その先には──下着姿の絶世の美女が居た……銀髪に紫紺の瞳という神秘的な色に合致した整った容姿にグラマラスな身体……ってそうじゃないよ!

「師匠?!」

「またアンタかい! この色ボケクソジジイ!!」

「おっと、こりゃすまん」

 マーリンから魔法が放たれる前に師匠は何事も無かったかのように扉を閉める。

「ありゃ事故じゃ」

「防げた事故でしたね……」

「過ぎた事を悔いても仕方あるまい」

 本当にこのジジィは……最初に会った時とまったく印象が違って威厳がないじゃないか。

『……入りな』

「んじゃ失礼してっとぉ?!」

 師匠が扉を開けた瞬間に脳天目掛けて鉄杭が飛んでくる……それを寸でのところで背を反らして師匠は避ける。……本当にこの人老体か?

「いきなりなにするんじゃ! 危ないじゃろがい!」

「はんっ! 色ボケクソジジイには丁度いいさね!」

「若作りのクソババアの下着姿見ても嬉しかないわい!」

 うわ、いい歳した老人同士で喧嘩始めちゃったよ……俺はどうすればいいんだよ?

「なんだって? この唐変木ジジィ! その身をシロアリにでも喰われちまいな!」

「んだとこの厚化粧ババアが! 知っとるぞ、若い娘に混ざったものの、違和感がなかったのは見た目だけでまったく最近の話題についていけなかった事をな?!」

「燃やすぞ?!」

「剥ぐぞ?!」

 …………本当に俺はこれをどうしたらいいんですかね?

「あの、そろそろ……」

「あぁ、そうじゃわい、若作りババアに構っとる暇はないんじゃった」

「そうだったね、文字通り枯れ木ジジィの相手してる場合じゃなかったね」

「「……あ"ぁ"?"!"」」

「いや、もういいですから……」

 思わず呆れた声を出すとお互いに顔を見合わせて、いそいそと椅子に座り始める……本当になんなんだよ。

「なにをしとるクレル、早う座らんか」

「時間は有限だよ」

「……」

 言われた通りに自分も椅子に座る……本当になんなんだよこの人達……。

「本題じゃが、クレルの登録を頼みたい」

「……そんなもん受付で頼みな」

 なんか別の目的があると思ったけど、普通に登録を頼むだけか? ……いや、師匠に限ってそれはないな。

「……クレルはワシが発掘して手塩に育てた大事な弟子じゃ……受付で最初の相棒が変な奴では堪ったものではない」

「ふん? つまり私にその面倒まで見ろと?」

「お主とワシの仲じゃろ?」

 さっきまで喧嘩してた仲じゃないですか……そんな人によく物を頼めますね? 前から疑ってたけど、師匠って見た目だけじゃなくて中身まで木なんじゃ?

「なにかを頼むなら対価を寄越しな、それが基本だろ?」

「当たり前じゃな」

「ふぅん? やけに素直じゃないか、対価になにを出すつもりだい?」

「ワシの精え──」

「──ふざけんじゃないよ?!」

 最低だこの師匠……本当に最初の頃の威厳なんて微塵も残ってないや。

「なんじゃ、ワシの精液は貴重じゃと言うのに……」

「ふん! アンタの精液程度は自前で賄えるんたよ!」

「ババアも好きじゃな──」

「──殺されたいようだね?」

「冗談じゃ、そうカッカしなさんな」

 見た目完全に若い美女にセクハラするクソジジイなんだが……? この人俺の師匠なんだが……?

「冗談じゃ、あの件を片付けてやるわい」

「……それは助かるね、対価としては充分……いや、貰いすぎなくらいだね。最高の新人を相棒に付けようじゃないか」

「それは僥倖じゃな!」

「「アッハッハッハッハッ!」」

 喧嘩したり、セクハラしたりされたり……かと思ったら笑いあったり忙しい人達だな、俺がまったく会話に入っていけないな。

「じゃあ裏に居るから早速呼ぼうかね、リーシャ出ておいで!」

「──は、い」

 そうして出てきたのは俺より二つくらい歳下の女の子だった。

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