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番外編
そばにいて 3 〚カナ〛
しおりを挟む歓声が、鳴り止まない。
ミヤとトモは雑誌の打ち合わせのために慌てて帰った。だからアンコールはないんだけど、しばらく経つのにグラウンドの人達はまったく減っていないっぽい。手拍子で俺たちを呼んでいる。
どうにかして応えたい気持ちもあるんだけど、正直、ぐったりだ。
熱中症というわけではないけど、秋とはいえ風もない炎天下、あの熱気のなかの激闘はひどく消耗してしまう。
サマーグルーヴのときもそうだったし、俺、もっと体力つけないと駄目かも。
「カナ、アコギあるか?」
もちろん、ある。
カナリアを演るとき、余裕があればアコギに持ち変えるからチューニングも済んでる。
キサちゃんがいきなり始めちゃうときはエレキのままやったりもするんだけど、今日はちゃんとアコギでやったし。
はい、とへろへろなまま手渡したら、キサちゃんがふっと笑った。
ここにいろ、と、汗で張り付く髪を掻き上げておでこにキスをひとつ。
それだけ残してたったひとりステージに戻って、グラウンドがしんと静まり返った。
水を置いていた生徒用の椅子をマイクの前に置き、かなり下までマイクを下げる。
………ちょうど、あのカナリアの動画のような、弾き語りの体勢。
「これがラスト。………カナリアに捧ぐ。」
それだけ言って、ごっ、ごっ、とアコギを叩いて拍を取ったキサちゃんが、最小限のギターに声を載せていく。
曲は、Stand By Me。
誰もが知っているBen E Kingの名曲を、甘く掠れた声で歌う。
そばにいて。
そばにいて。
甘く優しく、どこか切なげに繰り返されるフレーズに、勝手に目が潤んでいく。
カナリアに捧ぐって。
じゃあ、これは、俺に向けてで。
元より短い曲だ。情感篭めて歌い上げたキサちゃんがまたふらりと戻ってきて、俺を見て笑う。
しゃがみこんで泣く俺を抱え込んで、耳元でまた、囁くように歌う。
想いが溢れたリフレインを、何度も何度も耳に溶かして、こぼれる涙をキスで掬って。
「カナ。一緒に暮らそう。」
うん、という返事は涙にまみれた。
嬉しそうに笑ったキサちゃんが、「やっと頷いたな」なんてつぶやいて、上機嫌に口付けてくる。
だって、こんなの、無理だってば。
大好きで大好きでしょうがない人で、とても一緒に暮らせないくらい、いちいちドキドキしてしまうのに。
その人が、甘く切なく、そばにいてと歌うなんて。
強くて、気高くて、格好良くて、自立したひと。
そんな人が、俺に、そばにいてと願うなんて。
―――俺こそ、俺の方こそ、ずっとそばにいてと願ってるのに。
「キサちゃん、…………っ、すき。」
知ってる。
そう囁いたキサちゃんが、とろけるように笑う。
熱を持った瞼に、涙に濡れた頬に、そしてくちびるに優しくキスをして。
吐息を空気に溶かすみたいに、甘いことばをくちびるにのせる。
「―――ーー」
うれしくて、嬉しすぎて、キサちゃんの胸に縋りついて泣いた。
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かいてくれてありがとうございました!
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