リフレイン

桃瀬わさび

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本編

会いたかった 1 〚カナ〛

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キサちゃんから連絡が入ったのは、11月も終わりに近づいたころ。
メンバー全員で話したいことがある。その連絡とは別に、俺だけに個別で「そのあと空いているか?」と送ってきてくれて、嬉しくて心がふわふわと浮足立ってしまう。
大学の友人たちには、呆れ半分、諦め半分で見られた。あのキサちゃん襲来事件からすぐに根掘り葉掘り聞かれ、だけど「バンドのボーカル」としか言ってないのにすっかりバレてしまっている。

待ち合わせた駅には一番早くに着いた。
一分一秒でも長く一緒にいたいし、キサちゃんが俺を見つけて笑ってくれるのも好き。
トモとミヤの方が先について、そわそわしながらキサちゃんを待って。
まだ姿が見えない頃から雑踏がざわりとざわめくから、キサちゃんが来るとすぐにわかった。

「…………いつもこうか?普通に歩いてるだけでこんなに周りをざわめかせるもん?」
「デビューしたら変装必須だな。」

うん、デビュー前でも変装してほしいくらい。
ぴょこぴょこ跳ねながらぶんぶん手を振ったら、そんなに甘く微笑むなんてずるい。

会えなくて沈んでたのに、会いたかったって文句を言いたかったのに、そんな、とろけるような笑顔、ずるい。





トモとミヤの家に来た。
ここも、ちょっと不便なところにある防音のアパート。防音室ひとつにちっこいキッチンがついた俺の部屋とは違って、防音室とは別にもう一部屋と、狭苦しいダイニングがある。
防音室のためにある部屋といった感じで、居住スペースは限界まで削られてるんだとミヤがこぼしていた。

ダイニングに4人は集まれず、結局防音室で車座になって座った。
キサちゃんからの呼び出しなんて初めてで、緊張に空気が張り詰めていく。

「これなんだが、知っているか?」

そう言って見せられたのは、いくつかのジャケットのデザインとPV。すべて海外アーティストのもの。それから、同じ人の作品かと思われる、アートの数々。

「知ってるぜ、RDだろ。そのPV最高にかっけぇよな。偏屈だけど目が確かで、手掛けたアーティストはぜんぶ世界的にヒットしてるんだっけか。」
「それがどうした?まさか俺たちのCDをデザインしてくれるって?なーんちゃって、」
「ミヤ、正解。ただし条件がふたつ。」

ぽかーんと口を開けた俺たちに、キサちゃんが淡々と説明する。

前ライブにきたルディっていただろ、そいつと、そいつの相手のダグがRDなんだ。
条件は、ジャケットもPVも、ルディたちに任せること。その際、どんな要求をされても必ず呑むこと。
次に、あいつらの知り合いの海外レーベルに所属すること。これは、いくつかのレーベルから選べるらしい。リストはこれ。

「っていうことなんだが、乗るか、反るか?」
「いやいやいやいやキサ!待てよお前!いきなりなんて話持ってきてんだよ!いったいなんで突然超有名クリエイターに仕事依頼するとかいう話になってんの!?ていうか、条件呑んでも到底ギャラ払えねーだろ!?」
「ああそれは、条件さえ呑めばフツーのデザイナーレベルの金額で受けるらしい。」
「はぁ!?なんで!?なんでそうなるの受験生!!お前受験勉強のためにしばらく練習来なかったんじゃないのかよー!?」

ミヤが混乱のあまりキサちゃんの胸ぐらをつかんで揺らそうとするけど、軽く片手を掴まれて止められてる。
少し面白げに目を光らせたキサちゃんが、今度は俺の方を見る。

「カナは、どうしたい?」

え、えええ?えーと、えーと、いろいろインパクトありすぎて頭働かないんですが。
キサちゃんを見て、ミヤを見て、トモを見て、またキサちゃんをみたらくすりと笑われた。
―――うう、色気がすごい。

「急な話で驚くだろうが、直感でいい。こいつらに仕事を任せたいか。海外デビューしたいか。ジャケットもPVもお任せになるし、その制作のために要求されたことには応えなければならないが、それでいいか。」
「し、したい。たぶん、ルディさんたちなら、悪いようにはしない、と、思う。」

直感で、と言われたらそれしか出てこなかった。
トモとミヤもそれでいいか、とキサちゃんが聞いて、ふたりが頷いて、あっさりと決まる。
じゃあ返事いれる、とキサちゃんが出ていって、部屋には沈黙が落ちた。

「はぁー。あいつ、ほんと、何者なんだよ。デビューアルバムからいきなりRD?」
「しかも、格安。これ以上ないくらいの好条件。海外レーベルまで紹介してもらえるって?デザイナーや監督にお任せするのなんてフツーだろうし、事実上俺らいいとこ取りじゃね?条件良すぎじゃない?ねぇカナ。」
「うん、でも、キサちゃんのお兄さんみたいなふたりだから、エールみたいなものなのかも。」
「やっぱキサか。あいつはほんとに底知れねぇな。」
「大変だねぇ、カナ。がんば!」

あっけらかんとミヤに笑われて、引き攣った笑顔で返す。
ほんとに、キサちゃんはすごすぎて、もう笑いしか起きない。

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