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本編
ミヤとトモの場合 1 〚ミヤ〛
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トモと出会ったのは、高校の入試のときだった。
なんともまぁ情けないことに、筆記用具一式を忘れた俺の前に座っていたのが、トモ。
ごそごその鞄を漁って、最寄りのコンビニに往復する時間と入試が始まる時間を比べ、さすがに間に合わない、いや全力疾走なら、と思って立ち上がろうとしたら、止められた。
がしっと、後ろから襟首を掴まれる形で。
「さすがに間に合わねーだろ。ほれ。」
差し出されたのは、予備らしい鉛筆が二本。
彼の机の上にも二本あったけど、さすがに消しゴムの予備はなさそうだ。そもそも予備を持ってることすら意外なのに。
何と言って好意を断ろうか、そう思って口を開きかけたら、彼が消しゴムを手に取り、カバーを外して、2つにちぎった。
え、ええええ?
「消しにくいのは我慢しろよ。」
そんな風に言ってしれっと机に座って、はやく座れと手だけで示す。
お礼を言おうとしたら試験監督が来てしまった。
試験用紙が配られる際に小声で礼を言えば、肩を竦めてにっと笑って、それだけ。
制服の上からでもわかる、逞しい身体。ややきつめの顔立ちは、笑うと一気に人懐こくなって。
試験が終わって返すときにもう一度お礼をと、試験中もずっと考えていたのに、彼は終わるが早いか教室を飛び出して行ってしまった。
✢
ゲイだと自覚したのは早かったように思う。
小学校に上がる前から好きになるのは男の子や男の先生であったし、女の子はどこか別の生き物のように思えた。
それが異常だということも理解している生粋のゲイがどうなるか、簡単だ、心を誤魔化すのがうまくなる。
けれど、表面を繕って心を隠すのが上手くなっても、ふとした接触には心が震える。
顔は赤くなるし、涙がにじむし、心臓は跳ね回ってしまう。
入学式で彼を見つけ、なんの縁か同じバンドに入り、親友のポジションを獲得して。一緒にいればいるほど好きになっていく相手に触れられたりしたら、たまったものではない。
一瞬にして何も取り繕えなくなって、苦笑いで告白して、逃げ出して。
……そのまま襲われるとか、誰も思わないよねぇ。
目が覚めたら尻に激しい違和感があった。
ゲイというわけでもないだろうに、やり方は知っていたらしく、何故かローションさえ出てきて執拗にほぐされて、違和感はあれど痛みはない。
180近いでかい男がふたり寝るベッドは狭いことこの上ないのに、なぜだかくすぐったくて仕方ない。
(うわあ……キスマーク大量)
好きな人の前で裸になることなんてできなくてどんなに汗をかいても着替えなかった。
その問題は思いもよらぬ形で解決したというのに、これからはコレのせいで着替えることはできなさそうだ。
俺が意識してるのなんて全然気づかずにトモはいつも普通に脱ぐから筋肉がすごいのは知っていたけど、実際に触ってみると、いろいろすごい。
腹筋はばきばきだし、腕とか脚とかも逞しくて、身長は変わらないのに軽々と持ち上げられてしまった。
(まじか。……まじかぁ。)
だんだんと意識がはっきりしてくるにつれて、昨日の色々を思い出して恥ずかしさが蘇って、熱くなる顔を両手で覆う。
『信じさせてやるよ』
その言葉通り、というかその言葉以上に甘く優しく抱かれて。
あんな風にされて、さすがに疑う気持ちは湧いてこない。
ていうか、あれは誰だよ。いつものトモはどこいったんだ。好きだとかかわいいとか言いながらキスマークつけるようなタイプじゃねーだろ!?
「おー、真っ赤真っ赤。ミヤちゃんはかわいいねぇ」
「うっ、うるせー!」
それが起き抜けに言う言葉かよ!しかも、デカイ男相手に!
そうは思うのに強い力で抱き込まれたら、それ以上の文句は出てこなかった。
肌が触れ合う感じだとか、筋肉に覆われた逞しい身体だとか、とにかく冷静になんてなれない。
くそ、真っ赤になって絶句するとか、どこの乙女だよ!
✢
トモと付き合い初めてしばらく経った頃、カナと出会った。
ああゲイだな、というのはすぐにわかって、何回もライブにきては誰かを捜す姿に思わずこっちから声をかけて。
「あの、茶色の髪の、背の高いかっこいい人、知りませんか。たぶんこのバンドのファンで、CD持ってて、でも名前もわからなくて、」
黒髪の、長めのショート。普通に男らしい格好なのに、女性的な顔立ちのせいかボーイッシュな女の子に見える。
本人は気づいていないようだが明らかにほのかな恋心が滲んでいて、トモへの気持ちを思い出してむずむずしてしまった。
トモにはまだ言ってないけど、たぶん言うことはないけど、ぶちっと千切れた半分の消しゴムは、今でも大事に持っている。
カナの恋を応援していたけれど、叶うなんて正直思っていなかった。
相手はゲイではないようだし、性別のハードルをやすやすと超えてくるノンケなんてめったにいないだろう。そういう意味で、トモは特別なひとだ。
…………これが、普通だ。
「お前ホモかよ。」
2年近く共に過ごしても、こう。この反応が普通で。ゲイは気持ち悪いもので。
蔑むような瞳はカナに向いていたのに、身体が強張って声が出ない。
何かを言わなくてはと思うのに何も言えずにいたら、トモがあっけらかんと笑った。
「そうだ、俺だってホモだ」
その言葉に硬直が溶けて、平静を装って「俺もホモだよー」なんて返す。声は震えたけれど、怖くはなかった。
トモ。ゲイじゃないだろうに、こんなにもあっさり肯定して。馬鹿なやつ。
キモチワリーって、わざわざ言われに行くことないのに。
ふたりきりになって、後ろからトモに抱きついた。
「お前、……馬鹿だろ。ホモじゃないくせに。」
目頭が熱い。俺のせいでこんなことを言わせてしまったのに、真っ先に言ってくれたことが嬉しくて。
涙を鼻先で堪えてじっとしていたら、トモがふっと笑った。
「ばーか。俺はホモだよ。お前が好きで、お前は男だから、ホモで間違ってない。」
俺は、お前のそーゆーとこが好きだよ。
そう言いたかったのに、涙で喉がつかえて何も言えなかった。
なんともまぁ情けないことに、筆記用具一式を忘れた俺の前に座っていたのが、トモ。
ごそごその鞄を漁って、最寄りのコンビニに往復する時間と入試が始まる時間を比べ、さすがに間に合わない、いや全力疾走なら、と思って立ち上がろうとしたら、止められた。
がしっと、後ろから襟首を掴まれる形で。
「さすがに間に合わねーだろ。ほれ。」
差し出されたのは、予備らしい鉛筆が二本。
彼の机の上にも二本あったけど、さすがに消しゴムの予備はなさそうだ。そもそも予備を持ってることすら意外なのに。
何と言って好意を断ろうか、そう思って口を開きかけたら、彼が消しゴムを手に取り、カバーを外して、2つにちぎった。
え、ええええ?
「消しにくいのは我慢しろよ。」
そんな風に言ってしれっと机に座って、はやく座れと手だけで示す。
お礼を言おうとしたら試験監督が来てしまった。
試験用紙が配られる際に小声で礼を言えば、肩を竦めてにっと笑って、それだけ。
制服の上からでもわかる、逞しい身体。ややきつめの顔立ちは、笑うと一気に人懐こくなって。
試験が終わって返すときにもう一度お礼をと、試験中もずっと考えていたのに、彼は終わるが早いか教室を飛び出して行ってしまった。
✢
ゲイだと自覚したのは早かったように思う。
小学校に上がる前から好きになるのは男の子や男の先生であったし、女の子はどこか別の生き物のように思えた。
それが異常だということも理解している生粋のゲイがどうなるか、簡単だ、心を誤魔化すのがうまくなる。
けれど、表面を繕って心を隠すのが上手くなっても、ふとした接触には心が震える。
顔は赤くなるし、涙がにじむし、心臓は跳ね回ってしまう。
入学式で彼を見つけ、なんの縁か同じバンドに入り、親友のポジションを獲得して。一緒にいればいるほど好きになっていく相手に触れられたりしたら、たまったものではない。
一瞬にして何も取り繕えなくなって、苦笑いで告白して、逃げ出して。
……そのまま襲われるとか、誰も思わないよねぇ。
目が覚めたら尻に激しい違和感があった。
ゲイというわけでもないだろうに、やり方は知っていたらしく、何故かローションさえ出てきて執拗にほぐされて、違和感はあれど痛みはない。
180近いでかい男がふたり寝るベッドは狭いことこの上ないのに、なぜだかくすぐったくて仕方ない。
(うわあ……キスマーク大量)
好きな人の前で裸になることなんてできなくてどんなに汗をかいても着替えなかった。
その問題は思いもよらぬ形で解決したというのに、これからはコレのせいで着替えることはできなさそうだ。
俺が意識してるのなんて全然気づかずにトモはいつも普通に脱ぐから筋肉がすごいのは知っていたけど、実際に触ってみると、いろいろすごい。
腹筋はばきばきだし、腕とか脚とかも逞しくて、身長は変わらないのに軽々と持ち上げられてしまった。
(まじか。……まじかぁ。)
だんだんと意識がはっきりしてくるにつれて、昨日の色々を思い出して恥ずかしさが蘇って、熱くなる顔を両手で覆う。
『信じさせてやるよ』
その言葉通り、というかその言葉以上に甘く優しく抱かれて。
あんな風にされて、さすがに疑う気持ちは湧いてこない。
ていうか、あれは誰だよ。いつものトモはどこいったんだ。好きだとかかわいいとか言いながらキスマークつけるようなタイプじゃねーだろ!?
「おー、真っ赤真っ赤。ミヤちゃんはかわいいねぇ」
「うっ、うるせー!」
それが起き抜けに言う言葉かよ!しかも、デカイ男相手に!
そうは思うのに強い力で抱き込まれたら、それ以上の文句は出てこなかった。
肌が触れ合う感じだとか、筋肉に覆われた逞しい身体だとか、とにかく冷静になんてなれない。
くそ、真っ赤になって絶句するとか、どこの乙女だよ!
✢
トモと付き合い初めてしばらく経った頃、カナと出会った。
ああゲイだな、というのはすぐにわかって、何回もライブにきては誰かを捜す姿に思わずこっちから声をかけて。
「あの、茶色の髪の、背の高いかっこいい人、知りませんか。たぶんこのバンドのファンで、CD持ってて、でも名前もわからなくて、」
黒髪の、長めのショート。普通に男らしい格好なのに、女性的な顔立ちのせいかボーイッシュな女の子に見える。
本人は気づいていないようだが明らかにほのかな恋心が滲んでいて、トモへの気持ちを思い出してむずむずしてしまった。
トモにはまだ言ってないけど、たぶん言うことはないけど、ぶちっと千切れた半分の消しゴムは、今でも大事に持っている。
カナの恋を応援していたけれど、叶うなんて正直思っていなかった。
相手はゲイではないようだし、性別のハードルをやすやすと超えてくるノンケなんてめったにいないだろう。そういう意味で、トモは特別なひとだ。
…………これが、普通だ。
「お前ホモかよ。」
2年近く共に過ごしても、こう。この反応が普通で。ゲイは気持ち悪いもので。
蔑むような瞳はカナに向いていたのに、身体が強張って声が出ない。
何かを言わなくてはと思うのに何も言えずにいたら、トモがあっけらかんと笑った。
「そうだ、俺だってホモだ」
その言葉に硬直が溶けて、平静を装って「俺もホモだよー」なんて返す。声は震えたけれど、怖くはなかった。
トモ。ゲイじゃないだろうに、こんなにもあっさり肯定して。馬鹿なやつ。
キモチワリーって、わざわざ言われに行くことないのに。
ふたりきりになって、後ろからトモに抱きついた。
「お前、……馬鹿だろ。ホモじゃないくせに。」
目頭が熱い。俺のせいでこんなことを言わせてしまったのに、真っ先に言ってくれたことが嬉しくて。
涙を鼻先で堪えてじっとしていたら、トモがふっと笑った。
「ばーか。俺はホモだよ。お前が好きで、お前は男だから、ホモで間違ってない。」
俺は、お前のそーゆーとこが好きだよ。
そう言いたかったのに、涙で喉がつかえて何も言えなかった。
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