執事の嗜み

桃瀬わさび

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本編

誓2 〚ケヴィン〛

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 実際には、全く、面白くなどない。
 鈍い音がしてマティアス様が連れ去られたことを悟り、念のために部屋に行けばバルコニーには血痕が残され。
 敵が揃うまで耐えなければ、そう頭は理解していても獰猛な感情が敵を八つ裂きにしたいと暴れまわる。
 数刻後、ようやく敵が揃ったと判断し、突入する機会を図っていたらまた鈍い音がして、また一段と心が冷え切った。

 鈴を通じて、男が朗々と正当性を主張する声が聞こえる。
 戯(たわ)けたことだ。裏の世界に正当性など。
 強い者が弱い者を挫く。その繰り返しで成り立つ世界。たまたま俺の方が奴らより強かっただけで、俺よりも強い者が現れれば俺とて虫けらのように死ぬ。そういう世界だ。

「っケヴィン…!」
「お呼びですか。」

 切羽詰まった声に時機を悟り、彼の元に転移した。
 全裸で縛られ、頭から血を流し、頬は腫れている。組織の常を思えば、指のひとつも欠けていないのは無事だと言える姿なのだが、己の物に傷をつけられることが、これほど腹が立つものだとは。
 ほっとしたように頬を緩め、正体を知ってなお安心したように力を抜く彼の頬を撫で、柔らかなくちびるを食んだ。
 こんな状況だというのにうっとりと見つめる彼の髪を梳いて、ぐるりと部屋を見渡す。
 ざっと百人に満たない程度か。予想通り、見張りなどを一部残したほぼ全員が集まっているのだろう。俺への恨みを、彼で晴らすために。

 自分でも驚くほど、心が冷たく凍りついた。
 鈴に仕込んだ陣を元に靴裏で結界を起動しながら、笑みを消して周りを睥睨する。
 この程度で怯えるほどの矮小さで、よくもこんなことをしてくれた。
 既に一度いたぶった相手だから今度は楽に殺してやろうと思っていたが、やめた。
 全員、嬲り殺す。とくに、彼を殴った主犯らしき男には、酷(むご)たらしい死を。

 そう決めて、まずは面倒な魔術師から殺した。
 毒で穏やかに殲滅するつもりだったから愛用の双剣は持っていないが、武器なら腐るほどある。想定外の事態に連携すら取れず、ばらばらに向かってくる三下共が持っている。
 いかに安物の剣で、数回斬れば血糊と脂肪で斬れなくなるような鈍(なまく)らであろうと、次から次へと変えられるなら問題はない。

「っ、今だ!俺ごと貫け!」
「虎」

 捨て身の羽交い締めを掛けてきた男に敢えて捕まり、気配を断って隠れている虎を呼ぶ。
 その巨体からは想像がつかないほどしなやかに舞い降りて槍を弾いた虎が背後の男を排除して、そのまま背中合わせに立った。

「首領、ひでーじゃないっすか!こんな愉しいこと独り占めなんて!あ、剣持って来たっす、そんなナマクラじゃあ調子出ないっすよね!充分強すぎっすけどね!」
「うるさい。屋敷の守りはどうした。」
「ちゃあんと子飼い大量に置いてきましたって!だいたい首領があの屋敷に異常に厳重な監視と結界を敷いてったことくらい、知ってんっすから!」

 ふん、空っぽかと思っていたが、少しは脳みそが詰まっているらしい。
 料理人の包丁を置き、握るのは大剣。
 少年の背ほどもあるそれを荒っぽく振り回しながら、呵呵と笑う。
 俺が呼ばなければきっと最後まで隠れていたのだろうが、せっかく居るものを使わない手はない。

「できるだけ、いたぶって殺せ」

 そう命ずれば、虎が少し驚いた顔をした。
 まじまじと俺の顔を見てしたり顔で笑い、おどけて「首領、りょーかいっす」と敬礼する。
 その背後に寄った敵の目に針を投げた。痛みに呻き血の涙を流す男を、一度で絶命などさせない。
 苦悶のうちに、のた打ち回って死ねばいい。

「お、お、おまえらっ、こいつがどうなっても、」
「おいおい頼むから、これ以上首領を怒らせんな。こんな怒ってるこのヒト初めてだし、どうしたらいーかもわっかんねーんだから、」

 瞬時に首を撥ねた俺の後ろで、虎がわざとらしく嘆息する。
 苛立ちのまま手首の捻りでナイフを飛ばすが、難なく弾いて「ほらな」と笑った。

 少し呆けたように俺を見上げるマティアス様の目には、怯えはない。
 陰惨に人を殺すところを見ていたというのに、全身返り血に塗(まみ)れているというのに、温室育ちの王子様が怯えないのは何故だろうか?
 はく、とくちびるが動いて、それが声もなく俺の名を綴った。
 そして、ほんの僅か。それと気づくのが難しいほど微かに、くちの端を上げる。
 その表情に、心がざわりとざわめいた。



「虎。退避。」
「えっちょっ待っ!!!」

 ぶつぶつと口の中で詠唱し、手の中に焔の龍を呼び出す。
 詠唱が終わると同時に解き放たれたように縦横無尽に翔けるそれに見惚れる彼の横顔を見ながら、汚い血に塗(まみ)れた顔を拭った。
 黒革の手袋を龍に食わせ、初めて素手で彼に触れる。

「帰りましょうか」

 縄を切り落として手を差し出せば、ふわふわと彼が手を載せた。

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