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本編
正体1 〚マティアス〛
しおりを挟む次の満月まで、という期限はやはり無理があった。
大体、全貌さえ全く掴ませない、構成員のひとりも捕まらない組織の男を、どうやって見つけろっていうんだ!
香水の線から辿ったけれど、詳しいという男に聞いても明確な回答は得られなかった。
『北の方に咲くという花の香りに似ていますが、猛毒があり香水にするなど難しいはずです。』
そんな返答で手掛かりは途絶え、北の方という言葉にヴィルの領地ではないかと想像したものの、そもそもの出会いがあそこであったからそう思っただけで、男の正体に繋がるものなど何もない。
あれから何度かの訪いの度に何か手掛かりをと質問を重ねても、くつくつと笑ってはぐらかされるだけ。
「そばにおります」だの、「素顔でお会いしたでしょうに」だの、わからないって言ってるんだ!
素顔で誰かと会う機会なんて、ここ最近では父王の退任式典のときくらいで。あの数多の貴族たちの中に紛れていたとして、それは果たして会ったと言えるのか。言えないだろう!
もう満月は、二日後に迫っている。
何度も手紙を読み返し、まじまじと鈴を眺め、オーダーらしい黒の革手袋の製作者に話を聞いたりもしたけれど、ここまで来るともう諦めが勝ってくる。
負けた場合は、あの男の望みを叶える、だったか。
望みとは、なんだろうか。これも皆目検討がつかない。
バルコニーに出て月を見上げながら考えていたせいで、くしゃみが出た。
いつの間にか身体が冷え切っていて、こんなところをケヴィンに見つかったらどれだけ嫌味を言われるかと部屋に戻ろうとして、耳が微かな物音を拾った。
「―――ーK?」
返答はない。振り向いたけれど、誰もいない。
……なんだ気のせいか、もはや末期だ。
そう自嘲して部屋の方に一歩踏み出したとき、がつんと頭に衝撃を受け、意識が暗転した。
✢
意識を取り戻しても、視界は黒く沈んでいた。
頭ががんがんと痛んで、手を伸ばそうとして身体が動かせないことを知る。
座面の感じからして、木の椅子だろうか。
それに固定するように、手も足も縛られているようだ。
いつかとよく似た状況だけど、何故かあの男ではない確信があった。
訪いの都度身を重ね、縛られることも、鞭で責められることもある。
性器を靴底で踏み躙られたり、乳首を捻り上げられることも。
けれどそれらはすべて、快感と表裏一体で。いつだって、痛みの直後に待つ耐え難いほどの快楽に溺れた。
―――あの男は、絶対、こんな風にしない。
ただ気絶させるために殴ったり、鬱血して指先が痛むほど強く縛ったり。
あの男が縛るときは、身体は一切動かせないものの無用な痛みを感じることはなく、ささくれた縄に肌が不快を感じることもない。
気絶だとて、最初の出会いのときも、恐らくは絞められたのだと思うが、ふっと意識を失ったという感じが強かった。
こんな風に、髪にぬるつく血の感触を感じるような、無粋なことはしないだろう。
名前も、素性も、何も知らない。
けれど幾晩も共に過ごしていれば、わかることだってある。
これまた不愉快な猿轡を噛み締めて押し黙っていたら、カツコツと足音がした。
左右で違う足音。義足だろうか?
「おい。これが本当に鴉の情人なのか?」
「ええ、ここに、その印が。何故執事に扮しているかはわかりませんが、守るために一緒に暮らしているようです。」
「乳首にピアスとは。……尾を喰らう竜の紋様。間違いないようだな。どこにでもいそうな平凡な男だが。あの組織の元首領が選ぶような相手か?」
乳首のピアスを強く引かれ、悲鳴をぐっと飲み込んだ。あの男のときと違って、千切れそうな痛みしかない。
そのあたりに吐息が掛かり、まじまじと見られていることも感じるが、正直それどころではない。
恐怖に震えてもいい状況だというのに、男たちが話す会話に驚きすぎてそんな場合ではない。
いま、なんと言ったか。
鴉。………あの男はいつも、黒を纏っていた。
守るために一緒に暮らす?住み込みの使用人は、執事のケヴィンただひとりだ。そして、執事に扮しているという言葉。
それが、あの組織の、元首領?
探し求めていた男が、ずっとすぐ近くにいたと?
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