上 下
15 / 29
本編

15 他称ビッチ、逃げる

しおりを挟む

篠田が待っているのは、食堂近くの校舎にある少人数用の教室だ。
授業で使われるとき以外は自習用に解放されていて、篠田との待ち合わせに使うことが多い。

せかせかと足を動かしてそこに向かうと、篠田は本当に待ってくれていた。
誰もいない教室で文庫本片手に座る姿は、いつ見てもちょっと新鮮だ。
篠田を見下ろすことなんてほとんどないし、文庫本は小さく見えるし。
机のサイズが明らかに体格に合ってないところなんか、不覚にもきゅんときてしまう。

「終わったか」
「ん。ありがと」
「……そうか」

あれ?
なんか、もしかしてちょっと元気ない?
いつもならちゃんと目ぇ見てくれんのに、さっきからイマイチ目が合わない。
……やっぱし、こ、恋人? が告白されんのは、面白くなかったりするんだろうか。
そんなこと言ったら、篠田はどんだけ告白されてんだって話だけど、俺はナマで目撃したことはないしな。
俺も現場を目の当たりにしたら、ちょっとしゅんとするのかもしんない。

――これは、どうにかしてご機嫌を取るべき?
――でも、どうやって?

うーん、と悩みながら近づいたら、手首を強く握られた。
さっきちょうど、花井に掴まれたのと同じところ。そこを痛いくらいに握られて、驚いて声も出なくなる。
いつもの篠田なら、もっと優しく触れるのに。
もどかしいくらいに丁寧に触って、痛みなんて微塵も与えてこねーのに。

「篠田……?」

やっとの思いで声を絞り出したら、篠田が静かに立ち上がり、一歩俺に近づいた。
見上げると黒々とした瞳がまっすぐに俺を見つめていて、緊張にこくりと喉が鳴る。
手首を掴まれ、ただ見つめられてるだけなのに、耳が勝手に熱くなっていく。

次に篠田が触れたのは、首筋だった。
襟元を掠めて首筋をたどり、長い指で髪をいじる。
その指がかすかに耳に触れて、変な声が出そうになる。

なに、これ。なにこれ。なんだこれ。

ここは俺の部屋じゃなくて、もちろん篠田の部屋でもなくて、どう見てもいつもの教室で。
鍵なんてもちろんかからないし、いつ誰が入ってくるかもわからない。
さらに言えば、カーテンも窓も開きっぱで、外の賑やかな声さえ聞こえてきてる。
なのに、なんで、こんな妖しい雰囲気になってるんだ?

混乱してはくりと喘いだ唇を、篠田がすかさず掠め取った。
熱い唇を押し当てて、性急な動きで舌を挿し込む。
咄嗟に引っ込めた舌を追いかけ、咥内を我が物顔でかき混ぜてくる。

苦しくて一歩後退ると、その分をまた篠田が詰めた。
半ば抱きすくめるように俺を閉じ込め、歯列の裏を舌先でくすぐる。
脚の間に膝を差し込み、半勃ちのそれを腿でいじくる。

――これは、さすがに、やばいって。

頭のどこかでそうわかってるのに、身体は言うことを聞かなかった。
耳たぶを擦られ吐息を漏らし、それすらもキスで食らい尽くされ、膝を震わせて篠田に縋る。
苦しくて目尻に涙が浮かぶのに、もっとと言うように舌を絡める。

俺の手首を掴んでいた手は、気づけば背中に回っていた。
背骨を辿るように撫でながら、ゆっくりと伝い降りていく。背中、腰、腰骨。
なんでそんなところに触れられただけで、ぞわぞわしたのが溜まっていくんだ。

びくびくと身を跳ねさせていたら、ようやく唇が解放された。久々の空気にはふはふと息を弾ませて、強張った身体の力を抜く。
もう、正直、立ってるのもしんどい。
ていうか、篠田に寄りかかってないと立ってられない。腰砕けってこういうことなの?
キスしながら服の上から触られただけで、こんなふうになるもんなの?

「…………っぁ!」

少し意識を逸らしていたのがいけなかったのか、油断したのがいけなかったのか。
ぐりぐりと股間を刺激されて、こらえていた声が小さく漏れた。
真っ昼間の教室では聞こえるはずない喘ぎ声に、全身がかあっと熱くなる。
両手で慌てて口を塞ぐけど、恥ずかしさがぐるぐると身体をめぐる。

もう無理。マジ無理。ほんと無理。

これ以上はマジヤバいって。
って、自分で口塞いでたら言えねーけど!
首をぶんぶん振ってんだから、そろそろマジで察してくれ!

そんな願いも虚しく、腰に添えられていた篠田の指が、おもむろにズボンの隙間をくぐった。
パンツ越しにやわやわと尻を揉みしだき、割れ目にそっと中指を這わせる。
探るように谷間を辿り、きゅっとそこを押し上げる。

「~~~~っっ!」

篠田を突き飛ばしたのは、反射的なものだった。
そうするつもりなんてなかったのに、驚きすぎて身体が動いて。その瞬間ばちりと目が合って、その傷ついた顔に心が痛む。
ちがう。ちがくて。
別に拒否ろうとしたわけじゃなくて、びっくりしただけで、でも覚悟が決まってないのもホントのところで、ええと、だから、

「っ、ごめん!」

どうしたらいいかわからずに、鞄を掴んで駆け出した。
篠田の声が追いかけてきたけど、振り返ることはできなかった。





やっちまった。
っつーか、やらかし続けてるっつったほうが正しいか。
あの日篠田を突き飛ばしてからどうにも顔が合わせづらくて、篠田を見るとぴゃっと逃げたり隠れたりしてる。
簡単に言えば、避けている。

……いや、ホントのところ、避けるつもりは全然ないんだ。
ただ篠田の姿を見ただけで恥ずかしさとかいたたまれなさとか申し訳なさとか、とにかく感情がぐちゃぐちゃになって、足が勝手に動くんだって!
カーテンの陰やデカいやつの後ろに隠れたり、気づかれないうちにこそこそ逃げたりしちゃうんだって!

だって、だってさ、あの篠田が!
キスさえ許可を求めてきた篠田が! 二人で擦りっこしてるときでも、ちっとも先を匂わせなかった篠田が!
教室で、あんなふうに強引に、ソコを触るとか思わねーじゃん……!
そんで、触られて初めて、気づいちゃうことって少なからずあるじゃん……!

――俺たぶん、すっげー、素質ある。

あんなところを、パンツ越しにほんのちょっと触られただけで、ちょいイキした。
前をぐりぐりイジられてたせいもあるけど、断じてガチイキではないんだけど、先走りとは違う白いモノが、ちょろっと漏れてしまっていた。
パンツもしっかり汚れていた。
それだけだったら、他が色々気持ちよかったせいかなとか思えたんだけどさ。
ほんの少し気になって、その日の夜、自分でちょろっと触っちまったんだよな。
風呂ん中で、篠田の長い指を思い出しながら。

……結果は、聞くな。
聞かないでくれ。
篠田の顔が見れねーこの状況から推し量ってくれ。

ただ、ちょっとひとつだけ言わせてほしい。
こんなこと誰にも言えやしねーけど、気持ちとしては、屋上から大声で叫びたいくらいだ。
聞いてくれ。

――ビッチの素質ありすぎだろ俺ー!!!

……ふう。
すっきりした。

触られて初めて気がついたことは、もうひとつある。
それは、全然イヤじゃなかったってこと。
ケツ掘られる覚悟とか全然なかったはずなのに、びっくりするくらい、抵抗感がなかったこと。

や、そりゃ、汚いところを触られるのには抵抗はある。
けど、別に綺麗に洗浄さえしてたら、篠田になら触られてもいいってこと。
ちゃんと汚いモンが出てこないよう準備して、切れたりしないようほぐしてくれたら、篠田とするのもやぶさかじゃない。
……っつーか、ちょっと、いやだいぶ? 興味もあるってこと。
処女なのにあの凶器が呑み込めるかどうかは、また別の話だけどな。

「はぁ、どうすっか」

篠田から逃げてきた中庭で、ため息を吐いて蹲る。
授業後から部活までのちょっとの時間。いつも篠田はぎりぎりまで俺を探してくれる。
それが嬉しくもあるんだけど、だんだん困ってきてるのも事実だ。
いい加減逃げたり隠れたりのパターンも尽きてきたから、そろそろたぶんガチで捕まる。

でも、捕まった後のことは、どうなるかまったくわからない。
どうしたらいいかもわからない。
はあ、と情けなく肩を落としたら、頭の上から声がかかった。
声だけじゃ誰かわかんねーけど、篠田じゃないことだけはわかる。
視界に入り込んだ二本の脚は、ズボン越しでも明らかに細いし。

「何を悩んでるんですか?」
「ああ、花井か。……んー、そりゃ、今の世界情勢について?」
「篠田先輩のことですか」

うわあ、豪速球超ド真ん中ストレート。
これは手出しもできずに見送るやつだね。
空振り三振、スリーアウトチェンジ。

でも、悪いけど俺はそれを肯定するほど馬鹿でもない。
篠田のことで悩むことはそりゃ多いけど、誰かに相談する気はさらさらねーし。それが、俺を好きだって言ってるヤツならなおさらだ。
傷心のところに付け込まれる気はまったくない。
そもそも全然傷ついてもいねーし。
むしろ俺が、今も、篠田を傷つけてる方だし。

「答えないんですね。……そういうところも、好きです」
「……わりぃけど、それは、」
「先輩の気持ちはわかっています。けど、好きな人に恋人がいたからって、そう簡単に諦めなんてつかないでしょう?……それも、些細なことでぐらつくような相手なら」

……くそ。こいつ、結構イイ性格してんのな。
にっこりにこにこ、可愛らしく笑いやがって。言ってることは全然可愛くねー。
つーかこの前も、篠田に対してバチバチに火花散らしてたっけ。
うるうる系子リスかと思ったけど、案外子猫だったのかもしれない。爪を出して毛を逆立ててるイメージだ。
もう、ファイティングポーズばりっばり。
甘く見てたら痛い目見そう。

けど、正直この言葉は効いた。
好きな人に恋人がいたからって、諦めてくれるヤツばかりではない。
少しでも隙があったのなら、誰でも横からかっさらうだろう。チャンスをモノにしようと頑張るだろう。
花井が俺にそうするように、篠田を狙うやつだってきっとたくさんいるだろう。
恥ずかしいとか、気まずいとかで、逃げ隠れしてる場合じゃなかった。

「……ん。サンキュー、ちょっと、吹っ切れた」

にぱっと笑って立ち上がり、ぱんぱんと尻の埃を払う。
なぜかちょっと赤くなっている花井のことは放っておいて、校舎の方に足を向けて、二階の渡り廊下の人影に目を丸くする。
逆光で顔は見えないけど、あのでかい人影、ぜってー篠田だ。
いつからあそこにいたんだろうか?

「し」

のだ、と続けて叫ぼうとしたのに、篠田は素早く背中を向けて行ってしまった。
さんざん避けて、隠れておいてなんだけど、……拒否られた気がしちゃうのは気にしすぎだろうか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

【完結】おっさん軍人、もふもふ子狐になり少年を育てる。元部下は曲者揃いで今日も大変です

鏑木 うりこ
BL
冤罪で処刑された「慈悲将軍」イアンは小さな白い子狐の中で目を覚ましてしまった。子狐の飼い主は両親に先立たれた少年ラセル。 「ラセルを立派な大人に育てるきゅん!」 自分の言葉の語尾にきゅんとかついちゃう痛みに身悶えしながら中身おっさんの子狐による少年育成が始まった。 「お金、ないきゅん……」 いきなり頓挫する所だったが、将軍時代の激しく濃い部下達が現れたのだ。  濃すぎる部下達、冤罪の謎、ラセルの正体。いくつもの不思議を放置して、子狐イアンと少年ラセルは成長していく。 「木の棒は神が創りたもうた最高の遊び道具だきゅん!」 「ホントだねぇ、イアン。ほーら、とって来て〜」 「きゅーん! 」 今日ももふもふ、元気です。  R18ではありません、もう一度言います、R18ではありません。R15も念の為だけについています。  ただ、可愛い狐と少年がパタパタしているだけでです。  完結致しました。 中弛み、スランプなどを挟みつつ_:(´ཀ`」 ∠):大変申し訳ないですがエンディングまで辿り着かせていただきました。 ありがとうございます!

【完結】虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

クズ彼氏にサヨナラして一途な攻めに告白される話

雨宮里玖
BL
密かに好きだった一条と成り行きで恋人同士になった真下。恋人になったはいいが、一条の態度は冷ややかで、真下は耐えきれずにこのことを塔矢に相談する。真下の事を一途に想っていた塔矢は一条に腹を立て、復讐を開始する——。 塔矢(21)攻。大学生&俳優業。一途に真下が好き。 真下(21)受。大学生。一条と恋人同士になるが早くも後悔。 一条廉(21)大学生。モテる。イケメン。真下のクズ彼氏。

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

最愛の夫に、運命の番が現れた!

竜也りく
BL
物心ついた頃からの大親友、かつ現夫。ただそこに突っ立ってるだけでもサマになるラルフは、もちろん仕事だってバリバリにできる、しかも優しいと三拍子揃った、オレの最愛の旦那様だ。 二人で楽しく行きつけの定食屋で昼食をとった帰り際、突然黙り込んだラルフの視線の先を追って……オレは息を呑んだ。 『運命』だ。 一目でそれと分かった。 オレの最愛の夫に、『運命の番』が現れたんだ。 ★1000字くらいの更新です。 ★他サイトでも掲載しております。

処理中です...