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本編
15 他称ビッチ、逃げる
しおりを挟む篠田が待っているのは、食堂近くの校舎にある少人数用の教室だ。
授業で使われるとき以外は自習用に解放されていて、篠田との待ち合わせに使うことが多い。
せかせかと足を動かしてそこに向かうと、篠田は本当に待ってくれていた。
誰もいない教室で文庫本片手に座る姿は、いつ見てもちょっと新鮮だ。
篠田を見下ろすことなんてほとんどないし、文庫本は小さく見えるし。
机のサイズが明らかに体格に合ってないところなんか、不覚にもきゅんときてしまう。
「終わったか」
「ん。ありがと」
「……そうか」
あれ?
なんか、もしかしてちょっと元気ない?
いつもならちゃんと目ぇ見てくれんのに、さっきからイマイチ目が合わない。
……やっぱし、こ、恋人? が告白されんのは、面白くなかったりするんだろうか。
そんなこと言ったら、篠田はどんだけ告白されてんだって話だけど、俺はナマで目撃したことはないしな。
俺も現場を目の当たりにしたら、ちょっとしゅんとするのかもしんない。
――これは、どうにかしてご機嫌を取るべき?
――でも、どうやって?
うーん、と悩みながら近づいたら、手首を強く握られた。
さっきちょうど、花井に掴まれたのと同じところ。そこを痛いくらいに握られて、驚いて声も出なくなる。
いつもの篠田なら、もっと優しく触れるのに。
もどかしいくらいに丁寧に触って、痛みなんて微塵も与えてこねーのに。
「篠田……?」
やっとの思いで声を絞り出したら、篠田が静かに立ち上がり、一歩俺に近づいた。
見上げると黒々とした瞳がまっすぐに俺を見つめていて、緊張にこくりと喉が鳴る。
手首を掴まれ、ただ見つめられてるだけなのに、耳が勝手に熱くなっていく。
次に篠田が触れたのは、首筋だった。
襟元を掠めて首筋をたどり、長い指で髪をいじる。
その指がかすかに耳に触れて、変な声が出そうになる。
なに、これ。なにこれ。なんだこれ。
ここは俺の部屋じゃなくて、もちろん篠田の部屋でもなくて、どう見てもいつもの教室で。
鍵なんてもちろんかからないし、いつ誰が入ってくるかもわからない。
さらに言えば、カーテンも窓も開きっぱで、外の賑やかな声さえ聞こえてきてる。
なのに、なんで、こんな妖しい雰囲気になってるんだ?
混乱してはくりと喘いだ唇を、篠田がすかさず掠め取った。
熱い唇を押し当てて、性急な動きで舌を挿し込む。
咄嗟に引っ込めた舌を追いかけ、咥内を我が物顔でかき混ぜてくる。
苦しくて一歩後退ると、その分をまた篠田が詰めた。
半ば抱きすくめるように俺を閉じ込め、歯列の裏を舌先でくすぐる。
脚の間に膝を差し込み、半勃ちのそれを腿でいじくる。
――これは、さすがに、やばいって。
頭のどこかでそうわかってるのに、身体は言うことを聞かなかった。
耳たぶを擦られ吐息を漏らし、それすらもキスで食らい尽くされ、膝を震わせて篠田に縋る。
苦しくて目尻に涙が浮かぶのに、もっとと言うように舌を絡める。
俺の手首を掴んでいた手は、気づけば背中に回っていた。
背骨を辿るように撫でながら、ゆっくりと伝い降りていく。背中、腰、腰骨。
なんでそんなところに触れられただけで、ぞわぞわしたのが溜まっていくんだ。
びくびくと身を跳ねさせていたら、ようやく唇が解放された。久々の空気にはふはふと息を弾ませて、強張った身体の力を抜く。
もう、正直、立ってるのもしんどい。
ていうか、篠田に寄りかかってないと立ってられない。腰砕けってこういうことなの?
キスしながら服の上から触られただけで、こんなふうになるもんなの?
「…………っぁ!」
少し意識を逸らしていたのがいけなかったのか、油断したのがいけなかったのか。
ぐりぐりと股間を刺激されて、こらえていた声が小さく漏れた。
真っ昼間の教室では聞こえるはずない喘ぎ声に、全身がかあっと熱くなる。
両手で慌てて口を塞ぐけど、恥ずかしさがぐるぐると身体をめぐる。
もう無理。マジ無理。ほんと無理。
これ以上はマジヤバいって。
って、自分で口塞いでたら言えねーけど!
首をぶんぶん振ってんだから、そろそろマジで察してくれ!
そんな願いも虚しく、腰に添えられていた篠田の指が、おもむろにズボンの隙間をくぐった。
パンツ越しにやわやわと尻を揉みしだき、割れ目にそっと中指を這わせる。
探るように谷間を辿り、きゅっとそこを押し上げる。
「~~~~っっ!」
篠田を突き飛ばしたのは、反射的なものだった。
そうするつもりなんてなかったのに、驚きすぎて身体が動いて。その瞬間ばちりと目が合って、その傷ついた顔に心が痛む。
ちがう。ちがくて。
別に拒否ろうとしたわけじゃなくて、びっくりしただけで、でも覚悟が決まってないのもホントのところで、ええと、だから、
「っ、ごめん!」
どうしたらいいかわからずに、鞄を掴んで駆け出した。
篠田の声が追いかけてきたけど、振り返ることはできなかった。
✢
やっちまった。
っつーか、やらかし続けてるっつったほうが正しいか。
あの日篠田を突き飛ばしてからどうにも顔が合わせづらくて、篠田を見るとぴゃっと逃げたり隠れたりしてる。
簡単に言えば、避けている。
……いや、ホントのところ、避けるつもりは全然ないんだ。
ただ篠田の姿を見ただけで恥ずかしさとかいたたまれなさとか申し訳なさとか、とにかく感情がぐちゃぐちゃになって、足が勝手に動くんだって!
カーテンの陰やデカいやつの後ろに隠れたり、気づかれないうちにこそこそ逃げたりしちゃうんだって!
だって、だってさ、あの篠田が!
キスさえ許可を求めてきた篠田が! 二人で擦りっこしてるときでも、ちっとも先を匂わせなかった篠田が!
教室で、あんなふうに強引に、ソコを触るとか思わねーじゃん……!
そんで、触られて初めて、気づいちゃうことって少なからずあるじゃん……!
――俺たぶん、すっげー、素質ある。
あんなところを、パンツ越しにほんのちょっと触られただけで、ちょいイキした。
前をぐりぐりイジられてたせいもあるけど、断じてガチイキではないんだけど、先走りとは違う白いモノが、ちょろっと漏れてしまっていた。
パンツもしっかり汚れていた。
それだけだったら、他が色々気持ちよかったせいかなとか思えたんだけどさ。
ほんの少し気になって、その日の夜、自分でちょろっと触っちまったんだよな。
風呂ん中で、篠田の長い指を思い出しながら。
……結果は、聞くな。
聞かないでくれ。
篠田の顔が見れねーこの状況から推し量ってくれ。
ただ、ちょっとひとつだけ言わせてほしい。
こんなこと誰にも言えやしねーけど、気持ちとしては、屋上から大声で叫びたいくらいだ。
聞いてくれ。
――ビッチの素質ありすぎだろ俺ー!!!
……ふう。
すっきりした。
触られて初めて気がついたことは、もうひとつある。
それは、全然イヤじゃなかったってこと。
ケツ掘られる覚悟とか全然なかったはずなのに、びっくりするくらい、抵抗感がなかったこと。
や、そりゃ、汚いところを触られるのには抵抗はある。
けど、別に綺麗に洗浄さえしてたら、篠田になら触られてもいいってこと。
ちゃんと汚いモンが出てこないよう準備して、切れたりしないようほぐしてくれたら、篠田とするのもやぶさかじゃない。
……っつーか、ちょっと、いやだいぶ? 興味もあるってこと。
処女なのにあの凶器が呑み込めるかどうかは、また別の話だけどな。
「はぁ、どうすっか」
篠田から逃げてきた中庭で、ため息を吐いて蹲る。
授業後から部活までのちょっとの時間。いつも篠田はぎりぎりまで俺を探してくれる。
それが嬉しくもあるんだけど、だんだん困ってきてるのも事実だ。
いい加減逃げたり隠れたりのパターンも尽きてきたから、そろそろたぶんガチで捕まる。
でも、捕まった後のことは、どうなるかまったくわからない。
どうしたらいいかもわからない。
はあ、と情けなく肩を落としたら、頭の上から声がかかった。
声だけじゃ誰かわかんねーけど、篠田じゃないことだけはわかる。
視界に入り込んだ二本の脚は、ズボン越しでも明らかに細いし。
「何を悩んでるんですか?」
「ああ、花井か。……んー、そりゃ、今の世界情勢について?」
「篠田先輩のことですか」
うわあ、豪速球超ド真ん中ストレート。
これは手出しもできずに見送るやつだね。
空振り三振、スリーアウトチェンジ。
でも、悪いけど俺はそれを肯定するほど馬鹿でもない。
篠田のことで悩むことはそりゃ多いけど、誰かに相談する気はさらさらねーし。それが、俺を好きだって言ってるヤツならなおさらだ。
傷心のところに付け込まれる気はまったくない。
そもそも全然傷ついてもいねーし。
むしろ俺が、今も、篠田を傷つけてる方だし。
「答えないんですね。……そういうところも、好きです」
「……わりぃけど、それは、」
「先輩の気持ちはわかっています。けど、好きな人に恋人がいたからって、そう簡単に諦めなんてつかないでしょう?……それも、些細なことでぐらつくような相手なら」
……くそ。こいつ、結構イイ性格してんのな。
にっこりにこにこ、可愛らしく笑いやがって。言ってることは全然可愛くねー。
つーかこの前も、篠田に対してバチバチに火花散らしてたっけ。
うるうる系子リスかと思ったけど、案外子猫だったのかもしれない。爪を出して毛を逆立ててるイメージだ。
もう、ファイティングポーズばりっばり。
甘く見てたら痛い目見そう。
けど、正直この言葉は効いた。
好きな人に恋人がいたからって、諦めてくれるヤツばかりではない。
少しでも隙があったのなら、誰でも横からかっさらうだろう。チャンスをモノにしようと頑張るだろう。
花井が俺にそうするように、篠田を狙うやつだってきっとたくさんいるだろう。
恥ずかしいとか、気まずいとかで、逃げ隠れしてる場合じゃなかった。
「……ん。サンキュー、ちょっと、吹っ切れた」
にぱっと笑って立ち上がり、ぱんぱんと尻の埃を払う。
なぜかちょっと赤くなっている花井のことは放っておいて、校舎の方に足を向けて、二階の渡り廊下の人影に目を丸くする。
逆光で顔は見えないけど、あのでかい人影、ぜってー篠田だ。
いつからあそこにいたんだろうか?
「し」
のだ、と続けて叫ぼうとしたのに、篠田は素早く背中を向けて行ってしまった。
さんざん避けて、隠れておいてなんだけど、……拒否られた気がしちゃうのは気にしすぎだろうか。
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