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本編

9 他称ビッチ、やらかす

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テスト明けの日、ドタバタと色んなことがあって、妖しい雰囲気にもなりそうになったが危うく回避!
告白のひとつもできないまま、無事に迎えた夏休み!
テスト? ボロボロ! 補習&再履修決定!

……こんなの、ハイテンションじゃないとやってらんねーよな。
くっそ、わかってた。
わかってたけど、俺の夏休みを返せー。

補習行ったら単位認めてくれるってのはありがたいよ。
再履修回避できるし、補習っていう名の雑用ボランティアだしし、全然参加するけどさー。
補習期間が二週間ちょいって、せんせー、ちょっと長くない?
しかも補習用のか課題もあるってなに? 鬼?

はああとため息を吐いて、横を歩く篠田を見上げる。
もちろん篠田は補習はなくて、夏休みは部活とバイトに明け暮れるらしい。
俺が補習って知って、『じゃあ結構会えるな』ってはにかんだのは正直かわいかった。
かわいかったけど、許さねーから!
人の不幸を喜ぶな!

あれから、篠田との距離はほんのすこし縮まった。
歩く距離も少し近いし、なんでかよく撫でられたり、髪をかき混ぜられたりする。
人に髪を触られんのは好きじゃねーけど、篠田に撫でられるのは嫌じゃないから言ってない。
ていうか、むしろ、好きかもしんない。
でかい手で髪をわしりとかき混ぜられると、なんかくすぐったいような気持ちになるんだ。

だが、しかし。

あれから結構経ったのに、それ以上の進展はない。
友達以上恋人未満。
前よりほんのすこーし恋人寄り?

なぜって?

俺がまだ告白できてないからだよ!





告白されて、じゃあ友達からってなったんですが、付き合うきっかけが掴めません。
うん。経緯をまとめると一行だ。
まさにこれに尽きる。

いったいどうやって恋人にジョブチェンジすればいいのか。
『好きです付き合ってください』? これ、篠田がもうやったわ。
なんなら、ヒーローがヒロインを助け出すシーン(ちょっと遅め)もやったわ。ハリウッドならキスで締めるやつな。
主題歌がばばーんと流れて、やたらと尺を取る感動的なやつ。
これも綺麗に逃したわ。

あとは、なんだ?
いい雰囲気になったときに告白?
これもあったな。手首にキスとかされたしな。
え? アイアンクローで締めたけど何か?

やばい、なんか俺、フラグぶち折りまくってね?

うーむと悩んで、横に立つ男を見上げる。
俺がなりたい男の形(なり)をした男は、今日も硬派に引き締まった顔で前を見ている。
目と眉毛の間が近くて、彫りが少し深くて、剣呑に見える顔立ちだけど優しい男だ。
……たぶん。

ちょっと言い切るのを躊躇うのは、先日の一件のせいな。
テスト後に四人がかりで襲われそうになったあれな。
なんか、体育館倉庫の出口ですれ違った犯人たちを、こいつはしっかり覚えていたらしい。
全員先輩だったらしいんだが、特定するや否や全員を呼び出して、後輩らしく『お願い』したんだそうな。

『相原に何かあったら、自分が何をするかわからないので気をつけてほしい』

はい、脅しだと思った人手を挙げてー!
全員だよな。わかるわかる。ちょっと顔が引き攣るやつな。
え、なんで俺が知ってるのかって?
お前の彼氏が中庭で~って、教えてくれるやつがたくさんいてだな。
ビッチと篠田がヨリを戻したなーんて噂になってだな。

ちなみにあの四人は、『ヨリを戻したことを知らずにビッチとヤろうとして、運悪く篠田を怒らせた』的な扱いな。
相手がビッチなら誰も強姦未遂とは思わねー。
残念だけどそんなもんだ。

これだけなら充分優しく思える対応だが、篠田はまあちょっと、いやだいぶ? 怒っていたらしい。
授業を受ければシャーペンを折り、部活では無関係な人たちを投げまくり、あいつらを見掛けたら眼光鋭く睨みつけ、ってなもんで。
ああ、ほらまただ。
誰か一人でも見掛けるとこわーい顔になんだよな。
射殺しそうな目ってこんな感じ?

「なあ、まだ怒ってんの? 顔こえーよ」
「ずっと許す気はない。不甲斐ない俺自身のことも」
「重くとらえ過ぎだって、別にああいうのも珍しくねーし、無事で何よりってことで、」
「何回もあるのか」

あー、えーと、やべえ俺もしかして失言した?
地を這うような声が轟いて、ぎゅっと眉間に皺が寄る。
うーん、これは、日本海溝も超えてきたね。
言うなればマリアナ海溝級?

「そ、んなにはない、かなあ?」
「誤魔化すな。……文化祭と、先日と、あとは」
「いやそんないちいち覚えてねーって。あぶねーのは高校の頃からそれこそ何回も、」

って、やべ。
ばふっと口を手で覆ってそろーっと見上げる。
うーん、聞こえちゃいましたよねー。
超怒ってますよねー。

黒い瞳の奥の方に、劫火が見えるような気がするぜ。
引き結ばれた唇は不愉快そうに歪んでるしな。

「――来い」

手首を掴まれて引っ張られる。
痛いかと思ったのに、力はかなり抑えられてて、これじゃあ痕も残らないだろう。
……こんなに怒っているときでさえ、こうだ。
大事にされてる。
それを全身で示されて、心がふわふわと浮き立ってしまう。
赤くなる頬を俯いて隠して、足だけを必死に動かした。





連れ込まれたのは篠田の家だった。
テスト前に気まずくなって以来二回目の、素っ気ないほどにシンプルな部屋。
その真ん中で、棒立ちして向かい合う男二人。うーん、シュール。
部屋に連れ込んだら落ち着くとかそんな都合のいいこともなく、篠田はまだ何か考えているらしい。
隠しきれない苛立ちが漏れ出ていて、どうしたらいいかわかんねぇ。

「清い身体と、言っていたな」
「え? ああ。そうだけど」
「……いつもああして、抵抗していたのか」
「いや、この間のはかなり激しめっつーか、必死だったっつーか。いつもは大声出して全力で逃げるかな。本気で押さえられたら勝ち目ねーし、かといって男に掘られるのもごめんだし」
「………………そうか」

ぐしゃりと篠田の顔が歪んで、掴まれていた手首が離された。
そこがやけに熱い気がして、左手でそっとそこに触れる。やっぱり痕は残ってなくて、それが少し残念なような……って、何考えてんだ俺!? 正気になれ!
ぶんぶん首を振って、ちょっと離れた篠田の顔を仰ぎ見る。

――あれ? ……なんか、見たことあるな、この表情。

ちょっと青褪めて、眉間に皺を寄せて、なんか凹んだ感じの表情。
前見たのは、確か、テストの前のあのときで。
こーんな顔した篠田に、あのとき――

「すまな「ストップ!」」

ほらきた! これだよ! 謎の『すまない』!
今どこにすまないポイントがあった!?
お願い誰か教えろください!
前もこれですれ違ったんだって! 避けられたんだって!
ようやく仲直りできたってのに、またすれ違うのは嫌だって!

「何がすまないのか全然わかんねぇ、とりあえずイチから説明求む!」
「…………俺は、相原が好きだ」
「う? うん?? そ、そうらしいな??」

やべぇ、イチからってそこから?
いきなりそんなトコから始まる??
戦闘態勢取ってたのに、突然想定外の攻撃を受けた気分だな?
ファイティングポーズ取ってたら水ぶっかけられましたみたいな?
……ちょっと違うか?

「俺は男だ」
「ぶはっ! そんなデケェ女いねぇだろ!」

全ッ然話の続きが読めなくて、噴き出してからけらけらと笑う。
いやー、面白すぎんだろ。で出会ってて、なんで女だと思うんだよ?あ、男装?
いやいやムリムリ腹いてー!
こいつのどこか一部分でも、女に見えるところがあったら教えてほしーね!
ガタイはデカい、手もゴツい、筋肉だってムッキムキ。顔はイケメンっつーより男前って感じで、総じての印象は武士って感じ。ちょんまげにしても似合いそう。
これで男装した女だってんなら、俺は性転換して謝るわ。

「そんで? 男だからなんなんだ?」
「…………男なのに、相原が好きだ。話すようになってから、どんどん想いは増すばかりだ」
「う、うん。……ンな何回も言うなよ……」
「男に掘られるのは嫌なんだろう?」

まっすぐに、篠田が俺を見つめてきた。
少し眉間に寄った皺と、引き結ばれた厚めの唇。はっきりと緊張を表すそれらを、目を丸くして見つめ返す。
あー、そっか、俺があんなこと言ったからか。男に掘られるのはごめんって、これも紛れもない本心なんだけど。
え、これやばいな。
なんて答えたらいいんだこれ??
男に掘られるのはごめんだけど篠田ならいいんだって、言うのか俺!?
言えるのか俺!?

「えーと、それはそうなんだけど、」
「すまなかった。その、噂を聞いていたから相手が男でも平気だと思いこんでしまった。噂は事実でないと知ってからもそこには考えが及ばなかった」
「わかった! わかったから頭上げろ! そんでちょっと待って!」

うあーやばい、なんて言えば!?
いや、告白すんならここだろ。わかってる。わかってるけど!
篠田は好きだ。けどまだ掘られる覚悟は決まってない。つかまだ何も考えてなかった。
いつかヤるなら篠田かなーとは漠然と思ってたけど、具体的なことは何も知らねー。それこそ、ケツを使うことくらいしかしらねー。
まずは告白って思ってたから、こんな流れは想像もしてない!

落ち着け、落ち着け俺。そして考えろ。
なんて返事するか考えろ。

『男に掘られるのはごめんだけど篠田なら……いいよ♡』ハイアウトー! くっそきめぇ!!
しかもこれは即日掘られるコース!
二人っきりの篠田の家、すぐ後ろにはでっかいベッド、想い通じた二人は数ヶ月の友人関係から今卒業し……!?
っていうラブラブ系エロ漫画の導入かよ! やべーよ!

『別に気にしてないから謝んな』
あーこれは、一番楽だけど駄目なコースだ。
『これからは友人として接するよう頑張る』とかなんとか言われちゃって、めちゃくちゃ寂しくなるやつだろ。
この選択肢は選べない。
最低でも今告白はしたい。
すぐ掘られない程度に告白したい。
俺も好きだからまずはお友達から……? って、もう友達なのに何言ってんだ!

頭を抱えてうなってたら、篠田にぽんと頭を撫でられた。
落ち着けって言われたみたいで顔を上げると、篠田が苦く笑っていて――やっべぇ何か嫌な予感が!

「相原の優しさは知ってるから、無理に答えなくてもいい」
「いや、ちょ、待てって」
「今まで優しさに付け込んできて、すまなかっ「あー! もう! ちょっと待てっつってんだろ! 今告白の仕方考えてんだから!!」

…………あ。
やっちまったー。

恐る恐る視線を上げると、篠田が目をまんまるくして驚いてる。

うんうん、気持ちはよくわかるよー、なんて現実逃避したくなりながら、誤魔化すためにへらりと笑った。
    
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