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ていむスライム1
しおりを挟む自分のくしゃみで目が覚めた。
寒い。なんでこんな寒ぃんだ、とぶるりと身を震わせながら目を開けると、元凶が隣ですぴょすぴょと眠っている。
「お前の野生はどこ行ったんだ」
思わずこう漏らしたのも無理はないだろう。
宿屋のベッドで枕を抱き、毛布に包まって緩んだ顔で寝ているのは、俺と出会うまで野で暮らしていたはずのスライムで。
俺のくしゃみでも言葉でもまったく起きる様子もなく、ちっせー唇から油断しきった寝息をこぼしている。
スライムも寒いと感じるのかどうかは知らないが、毛布を取った犯人は間違いなくこいつだろう。小さな身体ぜんぶに毛布を巻きつけ、ころりと丸くなる姿はあたたかそうで何よりだ。
俺は今にも風邪を引きそうだが。
うーん、と少し考えてから、スライムごと毛布を持ち上げた。着地先は俺の上。
これなら、気持ちよさそうに眠るスライムから毛布を引き剥がさなくていいし、俺も暖が取れるとしたもんだ。
以前より少し重くなったのが難点ではあるが、まあこういうのも、悪くはない。
「んゅ……?」
「まだ寝てていいぞ。俺も寝る」
「……ごしゅ、……ま…………」
ぎゅううっと抱きついてきたスライムが額をぐりぐりと擦りつけてきて、そのままぱたりと動かなくなった。
もちもちの頬を俺の胸に乗せたまま、もう一回眠りに落ちたらしい。前髪を少し掻き分けると幼げな寝顔が垣間見えて、自然と頬が緩んでしまう。
―――ほんと、野生はどこ行ったんだよ。
軽く頬を摘んでから、しっかりと毛布で包んでやる。
少し冷たいスライムの肌は、重ねるとなぜか温かかった。
✢
「つかいまけーやく?」
くるりと目を丸くしてこてんと首を傾げて、スライムが聞き返してくる。
俺に説明を求めるときのこいつの癖だ。
出会ったばかりのころは「これなあに」「それなあに」とよく聞いてきたものだが、その機会も最近はめっきり減った。
だがいくら言葉が分かってきても、こいつはちょっと強いただのスライム。
人間の常識なんていうものはまだまだ知らないことのほうが多いし、思考回路も人とは違う。
新しい言葉を説明するのは、これでなかなか骨が折れる。
「使い魔契約な。前にケットシーを連れた冒険者がいたの覚えてるか?」
「あるくねこさん!」
「ああそうだ。……それ、ケットシーの前では言うなよ。引っかかれっから」
「はぁい」
まあケットシーに引っかかれたところで、まったく痛くも痒くもないんだろうけどな。
ヌシの核を吸収してからのこいつは、そんじょそこらのヌシには引けを取らないくらい強くなったし。
物理攻撃も魔法攻撃もほとんど効かないとなると、もうどうやって攻略したらいいのかわからない。
S級の俺が全力で戦っても、持久戦に持ち込まれて魔力切れになるのが目に見えている。
……こいつに剣を向けられる気はまったくしないが。
そんなえぐいくらいに強いスライムだが、見た目はただの少年―――というよりは、ちっこくて弱そうで守ってあげたくなるような美少年ってやつだ。
ギルドに連れていけば新米冒険者がほうっと見とれるし、街を歩けばやたらめったら食い物をもらう。
ちょっと目を離せば人さらいに遭って、犯される寸前までいっていたりする。
S級冒険者の俺と行動していればそうそう手出しされないだろうと思っていたんだが、あのとき、考えが甘かったと痛感した。
俺と一緒にいる姿を見せつけるより、こいつに警戒心を教え込むより、使い魔契約をするのが手っ取り早い。
もちろん色々と難点はあるから、こいつがそれを許せばだけど。
「あのケットシーが、使い魔だ。人間が魔物をテイムして契約することで、使い魔にできる」
「ぼくが、ご主人さまのつかいまになるってこと?」
「お前が良ければ、だけどな」
使い魔契約は、人間にとっては便利な制度だ。
使い魔にした魔物の居場所がすぐにわかるし、召喚だって簡単にできる。強制的に命令に従わせることもできるし、何より、使い魔は主を攻撃できないという利点もある。
魔物を弱らせた状態で使い魔契約さえ結んでしまえば、その魔物をいいように使えるようになるということだ。
その上、契約の破棄ができるのは主である人間だけ。
それ以外では、どちらかが死なない限り契約が破棄されることはない。
だが、魔物の立場で考えてみると、ずいぶんひどい契約だと思う。
使い魔契約を結んだが最後自由はなく、どんな扱いを受けても反撃もできない。
契約を解除したいと思っても、主が望まない限りそれも叶わない。
今まで使い魔契約をして来なかったのも、これが原因だ。
俺だったら絶対にお断りだし、こいつをそんな立場に置きたくはない。
こいつが攫われたりしなければ、きっと話を持ちかけはしなかっただろう。
「っつーわけで、使い魔になると相手の居場所がわかったりして便利だが、その代わりにお前の自由がなくなる。俺に嫌なことをされても逆らえなくなる。わかるか?」
「うんうん」
「よし。なら、俺の使い魔になるかならないかよく考えとけ。返事はいつでも―――」
「つかいま、なる!」
言い終わる前ににぱっと笑って宣言されて、一瞬思考が停止した。
―――何言ってんだこいつ。
この契約がどれだけ不当で不平等なものか、さんざん説明しただろう。
今の関係のままなら、嫌になったら森に帰れる。俺を殺すことだってできる。
そうそう簡単に殺られるつもりはもちろんないが、そういう自由があるってことだ。
……なのになんで即答なんだ。
ちゃんと言ってる意味がわかってんのか。
「あの、なぁ……もっとちゃんと考えろ。俺に嫌なことされても、逆らえなくなるんだぞ? わかるか?」
「んんんー、よくわかんない。ご主人さま、ぼくにヤなことしないもん」
「これからするかもしれねぇだろ」
「ヤなこと、するの?」
「……しねぇけど…………」
ああ、くそ、そんなくりくりした目で見つめてくるな。そんなに嬉しそうにふにゃふにゃ笑うな。
犯すぞてめぇ。
「ねーねー」
「………………なんだ」
「つかいまになったら、まいごになってもすぐに会えるね!」
内緒話をするように耳元で囁いて、なぜか得意気にへらりと笑う。
その顔が妙にかわいくってムカついて、そのままベッドに押し倒した。
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