揺り籠の計略

桃瀬わさび

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夢みたいな幸せ 前 〚葵〛

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まだこんなに明るいのにお風呂なんて、変なかんじ。
ふたりの家にようやく帰りつけば、時刻は昼を回っていて。
ご飯作るからお風呂入ってきなよ、と勧めてくれた侑生の言葉に甘えてお風呂にきて。
シャワーを浴びながら、今日のことを反芻する。


茜。
ずっと、嫌われていると思っていた。
でも、それも少し違ったみたい。
初めて見る、泣き崩れる姿。
“なんで俺じゃないんだ”と叫ぶ悲痛な声。
茜にも人を羨む気持ちがあったことに驚いて、初めて茜が弟に見えた。
いつから俺に執着していたのかわからないけど、今日みたいなことになったのはきっと家を出たことがきっかけで。
もし家を出なかったら、茜の気持ちに気づくことはなかった。
それでももし気づいていたら、―――もしかしたら、ただひとり俺を見てくれることを嬉しく思ったかもしれない。

なんのことはない。
俺も、茜も、同じだけ歪んでいる。
歪んだ家で産まれ育って、歪んだ兄弟にしか、なれなかった。


―――侑生がいてくれて良かった。

あんなことがあっても冷静でいれたのも、離れる道を迷いなく選べたのも、侑生のおかげだ。
侑生はいつも俺に、色々なものをくれる。





『好きだよ』

突然耳に蘇ったその声にかぁっと顔が熱くなった。

普通に話してたら突然キスされて。
想いを自覚したばかりだからすごく狼狽えてたら、次から次へと質問されて。
『芹沢葵。君をもらうことにしたから。……覚悟してね?』
改めて思い出した最初のキスのときの言葉に、ありえない期待が膨れ上がってじっと見つめていたら、侑生がとろけそうに笑って。

『あおい。………俺のこと、そんなに好き?』

ちょっとからかうような口調に、見惚れるほどの笑顔に混乱のまま涙がこぼれた。
まさかこんなことで、と思いながら顔を隠せば自然と気持ちがこぼれてしまって。
ぎゅうっと抱き締めてくれた侑生が、耳元で信じられないことを囁いて。
驚いて顔を上げれば、また、とろけそうな笑顔がそこにあって。

―――夢だったのかな。

さっきまではふわふわしてたけど、冷静になってみるとありえなさすぎて夢としか思えない。
だって、あの、侑生だ。
頭が良くて格好良くて、運動もできる。
性格も良くて、人気者。
そんな会計サマと、地味な俺。
釣り合わないどころか並べるのも申し訳ない。


「―――葵?大丈夫?」
「だっ、大丈夫っ!すぐ出る!」


タイミングよく侑生が来て声がひっくり返った。
よくわかんないけど、まずはお風呂出なきゃ。
侑生が待ってる。







お風呂から出たら、美味しいごはんと救急箱が待っていた。
なんとなく気恥ずかしくて目を合わせなれないままごはんを食べて、前みたいに手当をしてもらう。

「忌々しいね。………せっかく、綺麗に治ったのに。」

するりと熱い指先が首筋を撫でて、体が震える。
患部を確かめるみたいに、首筋、鎖骨、とたどる指先に、ぞくぞくとした何かがはしる。
―――茜のときは、あんなに不快だったのに。
そっと首元に頭が寄せられて、ちくりと痛みが走った。
前はわからなかったけど、たぶん、これ、キスマークだ。
茜にこうされたところが、鬱血になってたから。

「うん。キレイ。―――あいつのつけた傷が消えたら、もっとたくさんつけるから。これは予約ね。」


たくさん、つけるって………それって、つまり…………
恥ずかしい想像にかぁぁああっと顔が赤くなった。

それを見た侑生が、弾けるように笑って。
細めた瞳のまま、また、キスをひとつ。
ぺろりとくちびるを舐めて、妖艶に微笑む。


「―――あの号外、事実にしちゃおうか?」


『会計サマのふしだらな生活』
号外のでっかい見出しが頭をよぎり、ぼんっと顔が熱くなる。
色気たっぷりに笑う侑生を見ていられず、慌てて自室に逃げ込んだ。







それからは、意識しすぎてぎくしゃくしてしまった。
夜はいつもの習慣で『抱き枕』になったけど、どきどきしすぎて心臓が破れるかと思った。
なのに、侑生はいつもみたいにすうっと寝ちゃって。
綺麗な寝顔を見ながら、むうっとくちびるを尖らせる。
―――侑生ばっかり余裕で、ちょっと悔しい。


なんでもないふうにまた朝が来て、いつもどおりふたりで支度して家を出て。
昨日の今日で、ちょっとびくびくしながら登校してみたらいつもどおりの学校が待っていた。
あの号外のことなんて、何事もなかったみたいな………なんでだろ?

「生徒会が介入してね。昨日のうちに訂正とお詫びの記事が出てるはずだよ。新聞部の活動もしばらくは休止。」

なんでも、昨日の朝の呼び出しは担任の事実確認だけで、さらっと無実が認められたんだとか。
そのうえで生徒会の事情聴取で記者の私怨の記事だってわかって、そのまま活動停止命令。
―――うーん、すごい。
侑生は、ぜったい、敵に回しちゃいけない。


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