揺り籠の計略

桃瀬わさび

文字の大きさ
上 下
30 / 40

空と横顔 後 〚葵〛

しおりを挟む


陸上部の練習が終わって片付けが始まる頃には、あたりは真っ暗になっていた。
ハードルなどの用具ががちゃがちゃと用具入れに運ばれてくる。
そんな日常風景も撮影しながら、今日撮った写真を思い出す。
たぶん、すごくいいのが撮れた。
―――現像するのが楽しみだ。




「お待たせー!」
「お前が言うなよ!」


撮影機材をしまって侑生を待っていたら、志摩と一緒に競うように走ってきた。
驚いて目を瞬く間も、ふたりのやり取りは続く。


「なぁっ、葵、こいつほんと心狭くない?別に話すくらいいいじゃんなぁ?」
「狭くない!仮に狭くてもいいからさっさと帰れ!」


志摩といると、普通の高校生みたいだって思ったけど、それどころか、子どもみたいだ。
いつもはあんなに余裕たっぷりで、何を考えているか全然わかんないのに。

―――侑生でも、こんな顔するんだ。

ふてくされたり、拗ねたみたいに怒ったり。
ほんとに、子どもみたい。

そう思ったらおなかの底からむずむずと可笑しさがこみ上げてきて、その間も続くじゃれあいにとうとう堪えきれなくなって。


「っ、あはは!!」

声を上げて笑ったら、ふたりが驚いてこっちを見た。
志摩は後ろから侑生に抱きついてるし、侑生はそれを外そうとしてる、そんな姿勢のまま固まる。
ふたりしてぽかんと俺を見るのが可笑しくて、おなかが痛くなるまで笑った。



「―――見るな!減る!」
「なんだよ減らねーだろこのイケメン!」

志摩を無理矢理引き剥がした侑生にぎゅううっと抱き締められて、笑いがおさまらないままそれに抱きつく。

―――こんなの、はじめてだ。



おなかが痛くなるくらいに笑うのも、笑いすぎて涙が滲むのも。
こんなに楽しいことがあるなんて、思ってもみなかった。


―――きっと、ぜんぶ、侑生のおかげ。


あったかくて、優しくて、俺を包み込んでくれる広い胸に、そっと額をこすりつけた。






結局、なぜだか5人で帰ることになった。

「俺、シオ!本名は佐藤!よろしくー!」
「俺は中川。通称ナベ。陸上部だから知ってるかな?」

その言葉にこてんと首を傾げる。
シオとナベという人の名前は侑生からときどき聞いていたけど、このふたりと繋がってはいなかった。
なんのことはない、一番目立つ4人組の残り二人だったけど―――なんでシオとナベ?そういう下の名前?………ナベのつく下の名前なんてあるのかな?

「あはは!下の名前じゃないから!サトウだからシオ。ナベは、中学の自己紹介で好きなものを鍋!って言ったからナベ。わかった?」

志摩が解説してくれて、納得してこくんと頷く。
なるほど、そんなあだ名もあるのかー。
ひねりが効いてて面白いかも。
中学から仲いいんだな、きっと当時も目立っただろうな。

「芹沢葵です。いつもありがとうございます。」

ぺこんと頭を下げたら、シオさんとナベさんがめちゃくちや驚いた顔をした。
―――なんでそんな顔してるんだろ?
不思議に思って侑生を見上げたら、頭をぽんぽんと撫でられた。
優しい撫で方に自然と頬が緩む。
天から二物も三物も与えられて、かっこよくて天才で、なのにこんなにも優しいなんて、すごい。

侑生の考えてることはよくわからないけど、こんなにもたくさん、色んなものを与えてくれて。
揺り籠みたいに俺を包み込んでくれて。



―――何か、お返しできたらいいのにな。






前に志摩とシオさんとナベさん、後ろに侑生と俺が続く形の帰り道。
だんだんと空気は冷たくなって来てるけど、胸の中はぽかぽかとあたたかい。

「今日はうちの撮影だったね、いいの撮れた?」

その言葉に、ひとつ頷く。
まだフィルムを撮りきってないから現像は先だけど、確実にいいのが撮れた自信があった。

「跳んでるとき、何が見えるの?」


気になっていたことを聞くのは今しかないと思ってそう尋ねる。
侑生が、少し微笑んで空を見上げた。
つられて見上げると、夜空。
街灯の明かりで星はあまり見えないけど、一番星だけがきらりと光って見える。


「空。上手に跳べると、空に落ちていく気がする。」


焦がれるような声に、きゅうっと胸がしめつけられた。
横を見れば、侑生が街灯の明かりに縁取られて。
それが、見惚れるほど、綺麗で。

―――この横顔を、撮りたい。


きっと今、侑生の目には空が見えてる。
星のない夜空じゃなくて、晴れ渡った青空が。
焦がれるような、愛しむようなこの顔を、撮りたい。

撮って、切り取って、灼きつけたい。





空を見ていた侑生が、ちらりと俺に視線を戻して。



少し照れくさそうに笑った顔が、強く網膜に灼きついた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したらBL学園ゲームのモブでチャラい会計に愛されることになった件

陌屋
BL
嶋崎御形(しまざきおがた)27歳はブラックなゲーム会社に勤めるエンジニアだった。 その日も日課の残業をこなし、自宅へ帰る途中であったが信号無視をしたトラックに轢かれ意識を手放す……次に目を覚ますとそこは勤め先から販売されたヒット作BLゲーム【青薔薇学園物語】通称青学の世界で… 何故かモブなのに攻略対象のチャラい会計から愛されながら学園生活を送る事になった、平凡の非凡な物語。

学級委員長だったのにクラスのおまんこ係にされて人権がなくなりました

ごみでこくん
BL
クラスに一人おまんこ係を置くことが法律で義務化された世界線。真面目でプライドの高い学級委員長の高瀬くんが転校生の丹羽くんによっておまんこ係堕ちさせられてエッチな目に遭う主人公総受けラブコメディです。(愛はめちゃくちゃある) ※主人公総受け ※常識改変 ※♡喘ぎ、隠語、下品 ※なんでも許せる方向け pixivにて連載中。順次こちらに転載します。 pixivでは全11話(40万文字over)公開中。 表紙ロゴ:おいもさんよりいただきました。

そう言えばの笹岡くん。

織緒こん
BL
 全寮制のなんちゃって王道学園に在籍する笹岡くんは、『そう言えば、成績はそこそこだよね』『そう言えば、地味だけど整った顔してるよね』とふと気づかれる、埋没系地味男子である。  チャラ男会計伊集院は、そんな笹岡くんに突然のフォーリンラブ。どこか抜けた笹岡くんを、なんとか振り向かせたい残念イケメンである。  妄想を現実にしたい伊集院と、華麗にスルーする笹岡くんのお話です。  R 18は番外編で→番外編表記を『それから編』に変更いたしました。   ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂  スマホのメモに残っていた昔の作品のサルベージ。『ヤマト〜』が進まないので、申し訳なくて⋯⋯。  作中『連れ子同士の兄弟』を『継兄弟』と表記しています。『継兄弟』の正しい意味は『異母兄弟』ですが、ニュアンス重視の地方ルールでそのままにいたします。ご了承くださいませ。

BlueRose

雨衣
BL
学園の人気者が集まる生徒会 しかし、その会計である直紘は前髪が長くメガネをかけており、あまり目立つとは言えない容姿をしていた。 その直紘には色々なウワサがあり…? アンチ王道気味です。 加筆&修正しました。 話思いついたら追加します。

目黒くんの夏休み

二藤ぽっきぃ
BL
美人×美形/腐男子攻め/スピンオフ作品 都塚学園(みやこづか)、高等部2年、恋人(男)ができました。 目黒環(めぐろ たまき)17歳。腐男子であることを隠し中高一貫の都塚学園に通う。現在は風紀副委員長も務め、怒涛の1学期を過ごす。 問題の1つ。 風紀と敵対していた生徒会の会計、先輩である西條辰也(さいじょう たつや)のストーカー(もどき)事件の際、護衛として行動を共にしていた。 事件解決後も、懐かれたのか行動を共にするようになったある日。 寮の自室で西條先輩に襲われる。 童貞を奪われそうになるが、逆に据え膳食わぬは男の恥と臨戦する。 西條先輩の処女を貰い、その後聞かされる愛の告白。 そんな可愛い告白に自分の気持ちに素直になり、受け入れる。 可愛い恋人のトラウマ解決を心に決めて… 「環ちゃん大好き♡」 「僕もですよ、辰也さん。」 恋人同士となった2人のはじめての夏休み。 ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ ♢♦︎ こちらの作品は『世話焼き風紀委員長は自分に無頓着』 に出てくる目黒環と西條辰也のスピンオフ作品です。 この作品だけでも読めるようにはしています。 誤字脱字のご報告、感想などお待ちしております。返信はネタバレ防止のためしません。コメント同士で盛り上がってくれると嬉しいです。 投稿は20時に基本1話更新を予定。 ごめんなさい不定期更新になります……_:(´ཀ`」 ∠):

ボクに構わないで

睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。 あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。 でも、楽しかった。今までにないほどに… あいつが来るまでは… -------------------------------------------------------------------------------------- 1個目と同じく非王道学園ものです。 初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。

僕の学園奮闘記

さかえ
BL
生徒会役員で会計をしている、東堂湊人様に恋をした僕。 親衛隊には入らずこっそりと湊人様を見ているだけで良かったのに.......。 チャラい男子(実はヘタレで真面目)×一途(会計様の為ならなんでもします系)男子 旧題名 好きという2文字が言えない R18要素あり(*) お気に入りありがとうございます!☆ 現在本編31話、番外編5話まで制作完了中

傷だらけの死にたがり、恋をする

神代天音
BL
家族からの虐待を受け、心に傷を負った高校2年の水無瀬葵。家族から逃げるように高校に入ったが、トラウマ、フラッシュバックが消えず、腕は傷だらけ。誰かに助けも求められないままダラダラと生きていた。普段は生徒会の会計として明るく、だが、汚い自分で他の誰かを汚してしまわない様に、人との接触を減らしながら生活している。葵は自分のことを隠す様に細心の注意を払って生活していたが、2年に上がった春ある日、生徒会顧問の教師、氷室海に傷を見られてしまって……。受けを甘やかしたい教師攻め×死にたがりな生徒会会計受け 初投稿です。お手柔らかにお願いします。素人ですのでおかしいところが多々あるとは思いますが、優しく見守っていただけると嬉しいです。

処理中です...