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空と横顔 後 〚葵〛
しおりを挟む陸上部の練習が終わって片付けが始まる頃には、あたりは真っ暗になっていた。
ハードルなどの用具ががちゃがちゃと用具入れに運ばれてくる。
そんな日常風景も撮影しながら、今日撮った写真を思い出す。
たぶん、すごくいいのが撮れた。
―――現像するのが楽しみだ。
「お待たせー!」
「お前が言うなよ!」
撮影機材をしまって侑生を待っていたら、志摩と一緒に競うように走ってきた。
驚いて目を瞬く間も、ふたりのやり取りは続く。
「なぁっ、葵、こいつほんと心狭くない?別に話すくらいいいじゃんなぁ?」
「狭くない!仮に狭くてもいいからさっさと帰れ!」
志摩といると、普通の高校生みたいだって思ったけど、それどころか、子どもみたいだ。
いつもはあんなに余裕たっぷりで、何を考えているか全然わかんないのに。
―――侑生でも、こんな顔するんだ。
ふてくされたり、拗ねたみたいに怒ったり。
ほんとに、子どもみたい。
そう思ったらおなかの底からむずむずと可笑しさがこみ上げてきて、その間も続くじゃれあいにとうとう堪えきれなくなって。
「っ、あはは!!」
声を上げて笑ったら、ふたりが驚いてこっちを見た。
志摩は後ろから侑生に抱きついてるし、侑生はそれを外そうとしてる、そんな姿勢のまま固まる。
ふたりしてぽかんと俺を見るのが可笑しくて、おなかが痛くなるまで笑った。
「―――見るな!減る!」
「なんだよ減らねーだろこのイケメン!」
志摩を無理矢理引き剥がした侑生にぎゅううっと抱き締められて、笑いがおさまらないままそれに抱きつく。
―――こんなの、はじめてだ。
おなかが痛くなるくらいに笑うのも、笑いすぎて涙が滲むのも。
こんなに楽しいことがあるなんて、思ってもみなかった。
―――きっと、ぜんぶ、侑生のおかげ。
あったかくて、優しくて、俺を包み込んでくれる広い胸に、そっと額をこすりつけた。
✢
結局、なぜだか5人で帰ることになった。
「俺、シオ!本名は佐藤!よろしくー!」
「俺は中川。通称ナベ。陸上部だから知ってるかな?」
その言葉にこてんと首を傾げる。
シオとナベという人の名前は侑生からときどき聞いていたけど、このふたりと繋がってはいなかった。
なんのことはない、一番目立つ4人組の残り二人だったけど―――なんでシオとナベ?そういう下の名前?………ナベのつく下の名前なんてあるのかな?
「あはは!下の名前じゃないから!サトウだからシオ。ナベは、中学の自己紹介で好きなものを鍋!って言ったからナベ。わかった?」
志摩が解説してくれて、納得してこくんと頷く。
なるほど、そんなあだ名もあるのかー。
ひねりが効いてて面白いかも。
中学から仲いいんだな、きっと当時も目立っただろうな。
「芹沢葵です。いつもありがとうございます。」
ぺこんと頭を下げたら、シオさんとナベさんがめちゃくちや驚いた顔をした。
―――なんでそんな顔してるんだろ?
不思議に思って侑生を見上げたら、頭をぽんぽんと撫でられた。
優しい撫で方に自然と頬が緩む。
天から二物も三物も与えられて、かっこよくて天才で、なのにこんなにも優しいなんて、すごい。
侑生の考えてることはよくわからないけど、こんなにもたくさん、色んなものを与えてくれて。
揺り籠みたいに俺を包み込んでくれて。
―――何か、お返しできたらいいのにな。
✢
前に志摩とシオさんとナベさん、後ろに侑生と俺が続く形の帰り道。
だんだんと空気は冷たくなって来てるけど、胸の中はぽかぽかとあたたかい。
「今日はうちの撮影だったね、いいの撮れた?」
その言葉に、ひとつ頷く。
まだフィルムを撮りきってないから現像は先だけど、確実にいいのが撮れた自信があった。
「跳んでるとき、何が見えるの?」
気になっていたことを聞くのは今しかないと思ってそう尋ねる。
侑生が、少し微笑んで空を見上げた。
つられて見上げると、夜空。
街灯の明かりで星はあまり見えないけど、一番星だけがきらりと光って見える。
「空。上手に跳べると、空に落ちていく気がする。」
焦がれるような声に、きゅうっと胸がしめつけられた。
横を見れば、侑生が街灯の明かりに縁取られて。
それが、見惚れるほど、綺麗で。
―――この横顔を、撮りたい。
きっと今、侑生の目には空が見えてる。
星のない夜空じゃなくて、晴れ渡った青空が。
焦がれるような、愛しむようなこの顔を、撮りたい。
撮って、切り取って、灼きつけたい。
空を見ていた侑生が、ちらりと俺に視線を戻して。
少し照れくさそうに笑った顔が、強く網膜に灼きついた。
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