揺り籠の計略

桃瀬わさび

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俺が好きになったのは、 後 〚志摩〛

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それから毎日、昼休みは図書室に行った。
昼休みがはじまってすぐメシをかっこみ走っていく俺にシオとナベは不思議そうにしていたけど、早苗に何をどう言われたのか追及されることはなかった。

グラウンドにいるときの葵の様子は今までと変わらない。
図書室のでっぱった本も、動いた形跡はない。
毎日昼休み、二冊のノートを読み返しながら彼を想う。
何度読んでも、繊細で思いやりに満ちた言葉の数々に惹かれる自分がいる。
―――いったいどうして、あんなにも違う相手を彼だと思い込んでしまったんだろう。
『青井』こそが『葵』だったことには始めこそ驚いたけれど、すとんと腑に落ちるものがあった。

控えめで、儚げな笑顔。
華奢で小さな身体。
カメラを覗く真剣な瞳。
………ことばの印象そのままだ。



1週間をそうして過ごしたある日。
いつものように昼休みに行けば、あの本がなかった。
―――葵が借りてくれたんだろうか。
それなら、今日これから、来てくれるかもしれない。

どきどきとしたまま待っていたら、逡巡するようにゆっくりと進んでくる足音。
からりと扉が開いて、葵が一歩入って立ち止まる。
名前を正しく呼べば小さな頭が俯いた。
俺を見たくないかもしれない。
話なんて、聞きたくないかもしれない。
それでもどうか、聞いてほしい。


近づいてもう一度名前を呼んで、顔をあげてくれた葵をじっと見つめる。
大きな瞳に様々な感情が見え隠れして、けれど何も言わずにただ俺を見て。
こうして見ると確かに茜という彼と兄弟だとわかる。
華やかに目を惹く茜と楚々とした可愛らしさの葵の印象はまるきり違うけれど、パーツのひとつひとつはそっくりだ。
顔立ち以上にその性格こそが、きっとふたりを他人に見せている。
傲慢で残酷な茜と、繊細で優しい葵。





返したくて、と言いながらノートを渡せば、きれいな瞳が大きく見開かれた。
どうして、と言いたげなその表情に心が軋む。
何から話せばいいのか。
これを手に入れた経緯を?
俺の愚かさを全部話して、それから……いや、ちがう、まずは謝りたい。

―――ごめん。話を聞いてほしい。

葵の反応は、拒絶ではなかった。
それに安心して勝手に話し出す。

『あおい』を『青井』だと勘違いしていたこと。
だから付箋の芹沢と結びついていなかったこと。
俺もあのやり取りを特別だと思っていたこと。
会いたいと思って、探して、―――間違えたこと。

「好きなひとを間違えるなんて、最低だよな。」

そう自嘲したら、葵が固まった。
信じられないと言いたげな顔に、葵の勘違いを悟る。
きっと、俺がはじめから茜を『芹沢葵』と思って付箋をやり取りしていたと思っているんだろう。
まずはじめに図書室のやり取りがあって、本当の『芹沢葵』を間違えてしまったとは思ってなかったみたいだ。

―――ああ、本当に、控えめで繊細だ。

こんなにも繊細な葵の心を、俺がどれだけ傷つけたか。


馬鹿すぎて、情けなくて、気を緩めたら泣いてしまいそうだ。



俺にこんなことを言う資格なんてない。
でも、葵の勘違いを、解きたい。

俺が好きになったのは、葵なんだと、知っていてほしい。





「芹沢葵さん。些細なやり取りが嬉しくて、ずっと君に会いたかった。………ずっとずっと、好きでした。」



それだけを必死に絞り出せば、葵が切なげに俺を見つめる。
そこにもう熱がないことはすぐにわかった。
切なげな瞳が、過去を見つめているのがわかるから。
葵にとって俺はもう、過去で。
俺が負わせた傷も、少しずつ癒えてきているんだろう。
―――それが早苗のおかげということは、ふたりの様子を見れば容易にわかる。

悲しいし、悔しい。
切ないし、泣きたい。

……でも、葵が傷ついたままでいなくて、良かった。



安心したら少し涙が滲んで、誤魔化すように小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
はじめて触れたことに、やっぱりすごくどきどきして―――ああ、くそ、やっぱり悔しい。
くっそ、早苗のやつ、後でやっぱりもう一回殴る。


かき混ぜすぎて乱れたやわらかい髪を整えながら悪態をつけば、こてんと首が傾げられた。
―――うう、なんでそんなにじっと見るんだ。
大きくてきれいな目で、心の中まで見透かすみたいに。
かぁっと頬が熱くなった感じがして、慌てて目線を逸らして。

―――もし、もし俺が馬鹿じゃなかったら、………この瞳は俺のものだったんだろうか。


あの追伸を取り消さずにいたら、葵はなんと答えてくれていた?
少し躊躇ったけれど、どうしても気になって聞いてしまった。


「ひとつだけ。………もし、あの追伸の頃に告白してたら、結果は違ってた?」



そう聞けば、また葵が切なげな顔をした。
大きな瞳が瞬く間に潤んで。
涙をこぼさないように、何度もまたたいて。
けれど決して目を逸らさず、真摯な瞳で見つめてきて。



「―――俺も、ずっと、好きでした。」



もし、あの『追伸』のころに告白してたら。
そんなもしもの答えは、こんなにも残酷で。
―――こんなにも、嬉しい。


なんとか笑顔を作ろうとした葵の瞳から、ぽろりと涙がこぼれる。
ぱたりと床に落ちたそれに、ぎゅうっと胸が締め付けられて。
華奢な体をきつくきつく抱きしめたら、その体温に涙があふれた。


―――ーーああ、好きだ。


やっぱり、好きだ。




優しくて繊細なこころ。
ひかえめな笑顔。
声を殺して泣く姿さえ。



熱い涙が胸を濡らして、華奢な肩が小さく震えて。

愛しさと切なさに胸が張り裂けそうだ。


二度と触れられない身体を腕の中に閉じ込めて、やわらかな髪にそっと口付ける。



―――早苗。悪い。いまだけは。


いまこのときだけは、喪った恋を弔いたい。







昼休みが終わっても、そのまましばらくそうしていた。

華奢な身体の震えが収まってからも、離れがたくて。


みっともない涙を見られないようにそっと片手でそれを拭って、そのまま小さな頭を撫でる。
最後にひとつ頭にキスを落として、そっと離れた。
……きっと我に返ったんだろう、耳まで真っ赤にして、俯いている。
その小さな頭をぐしゃぐしゃと撫でたら、葵が小さくくすりと笑った。


「―――あおい。こんな馬鹿でもよければ、友達になってくれませんか?」



正直に言えば、まだ全然好きだ。
心の整理なんて、どうやってつけるのかもよくわからない。
やっぱり悔しいし、切ないし、早苗ずりーって思うし。
それ以上に自分の馬鹿さにヘコむけど。




でも、こんなにも綺麗な涙をもらって。

好きだったと、言ってくれて。


―――ーもうこれで、充分だ。





だから、これからは友達として、つながりたい。
おすすめの本を聞いたり教えたり、感想を話し合ったり。
陸上のことを話して、カメラのことを聞いて。
そんなふうに、普通の友達みたいに。




願いを込めてじっと見つめたら、葵がはにかむように笑って。



花がほころぶようなそれが、強く心に灼きついた。






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