揺り籠の計略

桃瀬わさび

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残酷な現実 前 〚葵〛

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中間も期末も2位だった。
大学こそ茜と離れるため、成績は良ければ良いほどいい。
やりたいことはまだわからないけど、どの道を選ぶにも邪魔にはならないだろう。大学の学費も、もらえるかわからないし、もらえない場合は奨学金とバイトで賄う必要があるし、国公立は必須条件だ。このまま、この成績をキープしたい。

首位は、いつかインタビュー写真を撮った会計サマだった。そういえば、新入生代表だったっけ。
天は二物も三物も与えるらしい。
会計サマも陸上部だ。競技はハイジャンプ。
インターハイは辛くも逃したものの、かなりいいところまで行ったと噂になっていた。大会も撮っていたから当然知ってるけど。
部長からの指示で、できるだけ彼をたくさん撮ることになっているからよく撮るのだけど、男子校なのにギャラリーがたくさんついている。
男子校なのに、彼が飛ぶと黄色い悲鳴があがる。
とにかくやりにくくて、あまり好きな撮影ではない。
大会のときの売上がすごかったから、頑張って撮るんだけど。





夏休みに入っても、毎日学校に行く。
図書室と暗室とグラウンドを行き来する毎日。
太陽に焼かれてこんがり焼けていく陸上部の部員たちの前で日陰にいるのは申し訳なくて、帽子を被って撮影しているから俺もかなり焼けた。
青白かった手が少し健康的な色になって、自分でも見慣れなくて驚く。
長袖も帽子も日焼け止めもやめれば、部員たちのように真っ黒になるのかもしれない。




来月に迫る新人戦を前に、練習にはいよいよ力が入っている。
朝早くから暗くなるまで続くそれを、比較的涼しい朝と夕方だけ撮影する俺でもバテそうなのに、本当にすごい。

できるだけ色んな様子を撮るため、今日は水場に陣取っている。
汗を流しにきた部員たちが、上着を脱いで濡らして絞ったり、頭から水を被ったり。

―――指定されたシチュエーションだけど、どこに需要があるんだろうか?

そんな思いは、志摩が来て納得に変わった。
他の部員と同じようにスパイクの音を立ててやってきて、俺に「毎日お疲れー。ここはちょっと涼しいな」なんて言いながらがばりと服を脱ぐ。
蛇口の下に頭を突っ込んで、短い髪をわしわしとかき混ぜて。
きゅっと蛇口を締めて、前髪を雑にかき揚げてぶるぶると首を振る。
跳ねる心臓をなだめながら撮影していたら、ファインダーの中の志摩がふいにこっちを見た。

「わりー!カメラ、濡れなかったか!?」

焦ったような顔。
こんな顔は初めてだ、と思ったらシャッターを切っていた。
きょとんとした志摩が、こんなとこ撮んなよ、なんて言って照れくさそうに笑う。
その笑顔も切り取ったら、こつんと頭が叩かれた。

―――志摩のことが、好きだ。

胸にじんわりとあたたかさが広がって、自然と笑みが浮かんでいた。





大会当日は、緊迫した雰囲気だった。
そこそこ強いうちの高校でも、いやだからこそ、ピリピリとした緊張感が肌を刺す。

たくさんの生徒が走り、たくさんの生徒が跳ぶ。
その中でも、志摩のフォームはすごく綺麗だ。
ハードルなんてなんの障害でもないみたいに。
宙に辿るべき軌跡が描かれているかのように、すいすいと走っていく。
競技のことはよくわからないけど、かなり速い方だというのは一目でわかった。
いつもより集中して撮影しながら、心の中で応援する。

毎日、どれだけ志摩が頑張っていたか。
図書室のやり取りも、少し間隔が空くようになった。
『部活で疲れ切って、あまり読めない。』
付箋には愚痴をこぼすかのように書いていたけど、それだけハードルが好きなんだと知っている。
朝も早く、夕方も遅く。くたくたになるまで毎日走って。
一度忘れ物をして戻ったら、他の部員が帰ったあとも自主練をしていた。
その頑張りが、報われてほしい。


届け。


―――とどけ。






走りきった志摩が、軽く慣らして戻ってくる。
ふーっと大きく息を吐いて、部員の方に笑顔を向ける。

―――駄目だったのか。

その笑顔は、たぶん部員には普通の笑顔に見えただろう。
だけどファインダーを通せば、悔しさと苦さが見えてしまって。
結果は、4位。
すごい、おめでとうって騒ぐ部員たちの中で、志摩が悔しそうに笑った。


ずきんと胸が痛んだけど、部員たちに肩を組まれる志摩を、見ていることしかできなかった。







家に帰り、 小さな部屋でノートをめくる。
たくさんの、付箋。
最後のページに挟んだ写真。
―――水場で撮った、焦った顔と照れくさそうな笑顔。
そこに、早速焼き付けた今日の写真を加える。
悔しそうな笑顔は心が痛んで仕方ないから、スタート前の真剣な横顔。
家にいるとふとした拍子に凍りつく心が、このノートを見ているときは緩くほどけた。

この恋が叶うなんて、思っていない。
俺は男だし、弟のように美人でもない。

ただ、これからも見ていられたらいい。
こっそりと付箋をやり取りして、太陽みたいな笑顔を切り取って。


そう、思っていた。




『追伸:芹沢は、好きな人いる?』

本の感想のあと、そう付け加えられていた言葉にびしっと固まった。
うろたえて本を取り落とし、誰にともなく謝りながら表紙を払う。

―――なんだこれ、なんだこの質問。

かあああっと熱くなる頬を抑えて、本を借りるのも忘れて、付箋を握って逃げ出した。




真意がわからないながらも、本を借り忘れたことに気がついて、次の日の朝イチで図書室に向かった。
昨日は貸出記録ごと持って帰ってしまっていたし、もし誰かが借りようとしたら困るだろう。
そう考えつつ図書室の扉を開けたら、ちょうど出てきた志摩とぶつかりそうになった。
ごめん!と謝ってきた志摩が、俺を認めて目を丸くする。

「あおいも、図書室来るんだ。俺も結構来るよ。数少ない利用者仲間だな。」


―――そうか、俺は志摩にとっては青井くんで、芹沢葵とは思われていない。
だからきっと、あの質問に深い意味なんてない。


それを裏付けるかのように、昨日の本を借りれば、『ごめん!昨日の追伸、やっぱなし!』と書いてあった。

安心しつつも少し寂しく思いながら、また普段の生活に戻っていった。


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