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32. 余計なこと、ってなんだ?

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「すみません、お待たせしました」

 後ろから声を掛けられた鴻上こうがみが振り向くと、申し訳なさそうに頭を下げる小田桐おだぎりの姿が目に入った。彼の隣には新堂しんどうの姿もあったが、こちらは特段表情を変えることもなく、つまらなそうに突っ立っている。相変わらず感情の読めないヤツだ、と鴻上は苦々しく思う。

 小田桐と新堂――ふたりが並んでいると新堂のほうが少し背が高い。中性的な容姿と華奢な体型から勝手に小柄なイメージを抱いていた鴻上は少し意外に感じる。

「今日はありがとうございます。誘っていただいて」

 愛想のよい笑顔を浮かべた小田桐が折り目正しく礼を言う。垂れ目がちな目元とつるんとした肌のせいで若く見えるが、実際は鴻上とそう変わらない年齢のはずだった。とは言え、小田桐の態度からは同世代の気安さや馴れ馴れしさといった気配は微塵も感じられない。
 そんな小田桐に対して好印象を持つと同時に「隙のない人だ」と、鴻上は改めて気を引き締めた。

 琴子からは「余計なことは言うな」と念を押されている。ダメ押しのメッセージが何件も来ていたが、なんとなくイラっとしたので返信はしていない。
「余計なこと、ってなんだ?」という若干の反発心が鴻上の胸にはある。今日の午前中も彼女はずっと何か言いたそうな顔で鴻上のことを睨んでいたが、気づかないフリをしてやった。
 そうやって俺のことで気を揉んで、俺のことで頭をいっぱいにしていればいいのだ……と、思っている。自分が子供っぽい独占欲に駆られていることに鴻上本人は気づいていない。

 ふと、「琴子とのをぜんぶ洗いざらい喋ってしまったら、目の前のこの男はどんな反応をするだろう?」と、鴻上は思った。

 怒るだろうか? もし琴子を思って小田桐が取り乱すようなことがあったら、彼女はきっと喜ぶだろう。

 逆に……小田桐がなんの反応も示さなかったら?
 琴子はきっと人知れず落ち込むのだろう。口では「大丈夫」と言いながら。

 鴻上としては、小田桐はおそらく後者の対応をしてくる可能性が高いと見込んでいる。怒るどころか、「そうですか、それでは琴子をよろしくお願いします」と、涼しい顔で言ってきそうだ。

 だから今のところは黙っておいてやろう、と鴻上は思う。琴子のために。そして自分のために。彼女が他の男を想って強がる姿を見るのは……なんかしゃくだからだ。

「こちらこそ、急に誘ってすみません。ちょっとお話があって……新堂くんのことで」

 さっそくカマをかけるようなことを言って鴻上は新堂に強めの視線を投げかけた。しかし、普段からリアクションの薄い彼は、いまの鴻上の発言にも特に表情を変えることはない。

 琴子の報告も踏まえて考えると、いちばん怪しいのは――やはり新堂だ。
 もしあのメールを送ったのが彼だとすれば、鴻上の急な誘いに動揺して何らかの反応を見せると思っていたのだが……。新堂は鴻上の予想どおりには動かない。

 店に入ると、窓際の四人席に通された。鴻上の向かい側に小田桐と新堂が並んで腰かける。

「この店にはよく来るんですか? 私もだいぶ前に連れてきてもらったことがあるんですけど、今日は久しぶりで」

 年季の入ったメニューに目を通しながら、小田桐が鴻上に話しかけた。

「いえ、実は初めて来ました。うちの課のメンバーにここが美味しいって教えてもらったんで、一度来てみたかったんですよ」

 鴻上も同じくメニューに目を落としながら答えた。
 新堂は二人の会話に加わる素振りも見せず、相変わらずマイペースに出されたお冷にちびちびと口をつけている。

「日替わり定食、ごはん大盛りで」

 鴻上が先陣を切って注文すると、小田桐がその後につづく。

「じゃあ私も同じものを。ごはんは普通でお願いします。新堂は? 何にする?」

「酸辣湯麺セット。半チャーハンで」

 小田桐に聞かれた新堂がぼそりと答えた。
 少年のような見た目からは想像できない低音ボイスに鴻上はまだ慣れない。

 ここは会社にほど近い中華料理屋だ。この店の日替わり定食が値段も手頃でボリュームもあって味もなかなか良いのだ、と柿澤かきざわたちが教えてくれた。ガッツリ系なので女性向けではないが、営業の男性社員たちは贔屓にしているらしい。
 鴻上が店内を見回わすと、たしかにほとんどの席が男性客で埋まっている。

「それで、話というのは?」

 運ばれてきた定食に箸をつけながら、小田桐が切り出した。
 今日の日替わり定食のメインは麻婆豆腐である。白ごはんにスープとサラダ、さらに杏仁豆腐まで付いている。

 鴻上は豆腐を掬おうと手にしていたレンゲを置いて口を開いた。

「あぁ、そうでした。実は――――」


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