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31. まかせておけ
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「え! 緑川さんって結婚してるの?」
「うん、そうだよ。去年だったかな? 相手は大学のときの先輩だって言ってた。国家公務員なんだって。やっぱり可愛い子は若いうちから堅実な相手つかまえてるよねー」
あのメールを送ってきた容疑者の一人、商品開発部の緑川さんがすでに既婚者であることを教えてくれたのは総務の日南さんだ。彼女は総務という特性上、他の部署とも関わりがあって顔が広い。
逆に琴子は会社では極力目立たないことを心がけている。
商品開発部には何人か知っている人もいるにはいたが、特別な理由もなく緑川さんについて聞いてまわるのも不自然だし、どうしたものか……と悩んでいたところ、偶然にも日南から目当ての情報を引き出すことに成功したのだった。
「じゃあメーカーへの連絡は私がしておくから、修理屋さんが来たら咲坂さんのほうで対応しておいてもらえるかな?」
日南はそう言って、目の前にある古い複合機を指さした。
最近、琴子たちのフロアに設置されている複合機の調子が悪くて困っていたのだ。いいかげん修理しないと……ということで総務に連絡したら、運よく日南がやって来てくれたというわけである。
「わかった。助かったよ日南さん、ありがとう」
「ううん、大したことじゃないから。それより、こちらこそ『ういろう』ありがとね。私、大好きなんだ、これ」
日南が嬉しそうに薄いピンク色の「ひとくちういろう」を掲げてみせた。琴子があげたものだ。余った名古屋土産を日南にもおすそ分けしたら、思いのほか喜んでくれたのである。ピンク(さくら)が残っていてよかった。色白の彼女にその色はよく似合う。まぁ別に似合わなくてもいいけれど。「ういろう」だし。
「ちょっと聞いてよー。あいつってば、お土産に『カエルまんじゅう』しか買ってこなかったんだよ? 名古屋のお菓子といえば『ういろう』でしょ。まったくセンスがないんだから。ねぇ?」
琴子としては別に名古屋土産にカエルまんじゅうを選んだからと言ってセンスがないとは思わないけれど、否定するのも面倒なのでとりあえず作り笑いで同意しておく。
ちなみに日南の言う「あいつ」とは琴子たちの同期である松風颯斗のことを指している。
日南と松風は入社一年目の頃から付き合っており、同期のあいだでは「おしどりカップル」として知られている。もう五年ほど前の話になるが、すでに新人研修の頃からイイ雰囲気で、いまや長年連れ添った夫婦のような雰囲気すら醸し出しはじめている。まだ正式に結婚しているわけでもないのに。
したがって、松風が犯人なわけないのだ。
あの出張の日だって、深夜ではあったものの、ちゃんと当日中に帰宅したことも日南から裏付けを取った。鴻上は疑っていたようだけれど、松風が犯人でないことは琴子には最初からわかっていた。
そしておそらく緑川も容疑者から外していいだろう。
エリート夫をゲットした新婚の彼女が、あの後わざわざ名古屋に残って隠し撮りしたり、脅迫めいたメールを送ったりなんて手間のかかることをするとも思えない。まさかお金目当てでもあるまいし。
ということは――
やはり経営企画部のあの二人が怪しいということになる。
麻生さんと新堂くんだ。
直人くんに聞いてみようか、と琴子は思案する。
もちろん単刀直入に聞くわけにはいかない。さりげなく探りを入れなければ……。
琴子はいったんトイレに向かうと、人目に付かないように注意しながら鴻上へ捜査報告のメッセージを送る。
――やっぱり麻生さんと新堂くんが怪しいと思います。
ほどなくして鴻上からの返信が来た。
――麻生さんは絶対にない。
「なんなの、その絶大な信頼は……」
鴻上に断固否定されて琴子はたじろいだ。どう返そうかと迷っているうちに、鴻上からぽん、ぽん、ぽん、と新しいメッセージが届く。
――俺が探る。
「ん?」
――明日の昼、小田桐さんと新堂と三人でメシ食いに行くことになった。
「んん?」
――まかせておけ。
「展開早いな!」
鴻上から送られてきた一切の経緯説明もない端的すぎる状況報告に、琴子は呆れつつも感心してしまう。
これまで琴子は彼のことを「夜のサクちゃん」としてしか認識していなかったが、「昼の鴻上課長」はフットワークの軽いなかなか頼れる上司である。
そういえば、「使いづらい」と文句を言いながら誰も根本的に改善しようとしてこなかった、あのクソめんどくさい「社内申請システム」にメスを入れてくれたのも鴻上だ。いま他の部署も巻き込んでの刷新プロジェクトが進んでいるらしい。
――わかりました。よろしくお願いします。
いろいろ気になることはあるけれど、とりあえず全て飲み込んで琴子も簡潔に返信した。
鴻上課長を信用しよう。ただし、
――余計なこと言わないでくださいね。直人くんに
追加で送ったメッセージはすぐに既読となったものの鴻上からの返信はなく……。
直接、念を押そうにも、鴻上はその日ほとんど外回りでそのまま直帰したため捕まえることもできず……。
結局、琴子はヤキモキしながら一日を過ごしたのであった。
「え! 緑川さんって結婚してるの?」
「うん、そうだよ。去年だったかな? 相手は大学のときの先輩だって言ってた。国家公務員なんだって。やっぱり可愛い子は若いうちから堅実な相手つかまえてるよねー」
あのメールを送ってきた容疑者の一人、商品開発部の緑川さんがすでに既婚者であることを教えてくれたのは総務の日南さんだ。彼女は総務という特性上、他の部署とも関わりがあって顔が広い。
逆に琴子は会社では極力目立たないことを心がけている。
商品開発部には何人か知っている人もいるにはいたが、特別な理由もなく緑川さんについて聞いてまわるのも不自然だし、どうしたものか……と悩んでいたところ、偶然にも日南から目当ての情報を引き出すことに成功したのだった。
「じゃあメーカーへの連絡は私がしておくから、修理屋さんが来たら咲坂さんのほうで対応しておいてもらえるかな?」
日南はそう言って、目の前にある古い複合機を指さした。
最近、琴子たちのフロアに設置されている複合機の調子が悪くて困っていたのだ。いいかげん修理しないと……ということで総務に連絡したら、運よく日南がやって来てくれたというわけである。
「わかった。助かったよ日南さん、ありがとう」
「ううん、大したことじゃないから。それより、こちらこそ『ういろう』ありがとね。私、大好きなんだ、これ」
日南が嬉しそうに薄いピンク色の「ひとくちういろう」を掲げてみせた。琴子があげたものだ。余った名古屋土産を日南にもおすそ分けしたら、思いのほか喜んでくれたのである。ピンク(さくら)が残っていてよかった。色白の彼女にその色はよく似合う。まぁ別に似合わなくてもいいけれど。「ういろう」だし。
「ちょっと聞いてよー。あいつってば、お土産に『カエルまんじゅう』しか買ってこなかったんだよ? 名古屋のお菓子といえば『ういろう』でしょ。まったくセンスがないんだから。ねぇ?」
琴子としては別に名古屋土産にカエルまんじゅうを選んだからと言ってセンスがないとは思わないけれど、否定するのも面倒なのでとりあえず作り笑いで同意しておく。
ちなみに日南の言う「あいつ」とは琴子たちの同期である松風颯斗のことを指している。
日南と松風は入社一年目の頃から付き合っており、同期のあいだでは「おしどりカップル」として知られている。もう五年ほど前の話になるが、すでに新人研修の頃からイイ雰囲気で、いまや長年連れ添った夫婦のような雰囲気すら醸し出しはじめている。まだ正式に結婚しているわけでもないのに。
したがって、松風が犯人なわけないのだ。
あの出張の日だって、深夜ではあったものの、ちゃんと当日中に帰宅したことも日南から裏付けを取った。鴻上は疑っていたようだけれど、松風が犯人でないことは琴子には最初からわかっていた。
そしておそらく緑川も容疑者から外していいだろう。
エリート夫をゲットした新婚の彼女が、あの後わざわざ名古屋に残って隠し撮りしたり、脅迫めいたメールを送ったりなんて手間のかかることをするとも思えない。まさかお金目当てでもあるまいし。
ということは――
やはり経営企画部のあの二人が怪しいということになる。
麻生さんと新堂くんだ。
直人くんに聞いてみようか、と琴子は思案する。
もちろん単刀直入に聞くわけにはいかない。さりげなく探りを入れなければ……。
琴子はいったんトイレに向かうと、人目に付かないように注意しながら鴻上へ捜査報告のメッセージを送る。
――やっぱり麻生さんと新堂くんが怪しいと思います。
ほどなくして鴻上からの返信が来た。
――麻生さんは絶対にない。
「なんなの、その絶大な信頼は……」
鴻上に断固否定されて琴子はたじろいだ。どう返そうかと迷っているうちに、鴻上からぽん、ぽん、ぽん、と新しいメッセージが届く。
――俺が探る。
「ん?」
――明日の昼、小田桐さんと新堂と三人でメシ食いに行くことになった。
「んん?」
――まかせておけ。
「展開早いな!」
鴻上から送られてきた一切の経緯説明もない端的すぎる状況報告に、琴子は呆れつつも感心してしまう。
これまで琴子は彼のことを「夜のサクちゃん」としてしか認識していなかったが、「昼の鴻上課長」はフットワークの軽いなかなか頼れる上司である。
そういえば、「使いづらい」と文句を言いながら誰も根本的に改善しようとしてこなかった、あのクソめんどくさい「社内申請システム」にメスを入れてくれたのも鴻上だ。いま他の部署も巻き込んでの刷新プロジェクトが進んでいるらしい。
――わかりました。よろしくお願いします。
いろいろ気になることはあるけれど、とりあえず全て飲み込んで琴子も簡潔に返信した。
鴻上課長を信用しよう。ただし、
――余計なこと言わないでくださいね。直人くんに
追加で送ったメッセージはすぐに既読となったものの鴻上からの返信はなく……。
直接、念を押そうにも、鴻上はその日ほとんど外回りでそのまま直帰したため捕まえることもできず……。
結局、琴子はヤキモキしながら一日を過ごしたのであった。
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