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13. じゃあ業務命令だ
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――今までみたいに『サクちゃん』って呼んで。
え、そんなことでいいの?
琴子は拍子抜けするとともに、では「いつ、どこで、どのタイミングで、そう呼べばいいのか?」という単純な疑問が浮かぶ。
まさか会社で?
いやいや、それはあり得ない。
「呼ぶのは構いませんけど。でも……」
「もちろん仕事中は呼ばなくていい。それは俺も困る。だから外で会うときだけでいい」
鴻上が先回りして口を開いた。
ホッと安堵した琴子が「なんだ、それだったら……」と答えかけて、はたと気づく。
ん? 外で会う?
「えーと。それはもしや、この関係をこれからも続ける……ということですか?」
鴻上の顔色を窺いながら琴子がぼそりと尋ねると、
「さすが、飲み込み早い。そう、今までみたいに『サクちゃん』って呼んで。そんで、今までみたいにサキちゃんのこと抱かせて」
「えぇ……」
琴子は思いっきり顔をしかめた。
もはや外面を取り繕おうともしない琴子のあからさまな表情に、鴻上がぷっ、と小さく吹き出す。
「そんなにイヤそうな顔すんなよ。さすがに傷つくだろ!」
「でも課長だったら、私なんかにこだわらなくても、いくらでも相手いますよね。うちの会社でも、ちょっと声かければ喜んでついてくる女の子がいっぱいいると思いますよ」
琴子がそう言うと、
「ヤダ。社内の人間なんてめんどくさい」
鴻上が子供みたいな仕草で口を尖らせる。
「だったらなおさら私とは関わらないほうがいいと思います。直人くんはともかく、社長に知られたら……」
たぶん面倒くさいことになる。琴子というより……鴻上が。転職してきたばかりだというのに、どこかへ飛ばされてしまう可能性だってあり得る……。思いがけず暗い未来が頭に浮かんで、琴子はぶるりと身を震わせた。
「直人くん……ね」
鴻上が憮然として呟くと、琴子の背に回していた手を離してベッドから身を起こした。ネクタイをシュルっと外して、シーツの上に放る。赤地に細かな白いドット模様のそれは、白いシーツによく映える。
琴子が何とはなしにそのネクタイを見つめていると、
「まぁいっか、その話は。それより、一緒に飲みなおそうぜ」
鴻上はそう言うと、ベッドから立ち上がって部屋の奥へと向かった。
琴子が彼の後ろ姿を目で追っていくと、窓際のテーブルの上に無造作に置かれたビニール袋が目に入る。一体どれだけ買い込んできたのか、その袋は今にも破れそうなくらいパンパンに膨らんでいた。
「悪酔いしたんじゃなかったでしたっけ?」
琴子が呆れたように言うと、鴻上が眉を下げる。
「まぁまぁ。俺にとってはビールなんてジュースみたいなもんだからな、全然飲んだ気がしないんだよ。そっちもだろ?」
「まぁそうですけど。でも……」
琴子は返事を濁した。
たしかに本当なら今ごろ家で飲みまくっているはずだった。
「じゃあ業務命令だ。付き合いなさい」
急にあらたまった口調で言われて「これってパワハラじゃないの?」と琴子は思いつつ、目の前の「鴻上課長」がただの「サクちゃん」だった頃を懐かしく思い返す。
琴子にとって、サクちゃんとは「違う世界線」に存在するひとだった。
面倒な人間関係なんて何も気にしなくてよくて、代わり映えのしない日常から少しだけ逃避できて、気まぐれに身体を重ねて気持ちよくしてくれる――ただただ、それだけの存在だったのだ。
鴻上がずっしりと中身の詰まったビニール袋を持ち上げると、その拍子に袋からチューハイの缶が一本落ちて、コロコロとカーペットが敷かれた床の上を転がっていった。
「しまった」
壁にぶつかって止まった缶チューハイを鴻上が拾い上げて、琴子に差し出す。
ストロング系のレモン味。無糖。
アルコール度数のやたら高いそれを、琴子は迷いつつも手に取った。
――手に取ってしまった。
え、そんなことでいいの?
琴子は拍子抜けするとともに、では「いつ、どこで、どのタイミングで、そう呼べばいいのか?」という単純な疑問が浮かぶ。
まさか会社で?
いやいや、それはあり得ない。
「呼ぶのは構いませんけど。でも……」
「もちろん仕事中は呼ばなくていい。それは俺も困る。だから外で会うときだけでいい」
鴻上が先回りして口を開いた。
ホッと安堵した琴子が「なんだ、それだったら……」と答えかけて、はたと気づく。
ん? 外で会う?
「えーと。それはもしや、この関係をこれからも続ける……ということですか?」
鴻上の顔色を窺いながら琴子がぼそりと尋ねると、
「さすが、飲み込み早い。そう、今までみたいに『サクちゃん』って呼んで。そんで、今までみたいにサキちゃんのこと抱かせて」
「えぇ……」
琴子は思いっきり顔をしかめた。
もはや外面を取り繕おうともしない琴子のあからさまな表情に、鴻上がぷっ、と小さく吹き出す。
「そんなにイヤそうな顔すんなよ。さすがに傷つくだろ!」
「でも課長だったら、私なんかにこだわらなくても、いくらでも相手いますよね。うちの会社でも、ちょっと声かければ喜んでついてくる女の子がいっぱいいると思いますよ」
琴子がそう言うと、
「ヤダ。社内の人間なんてめんどくさい」
鴻上が子供みたいな仕草で口を尖らせる。
「だったらなおさら私とは関わらないほうがいいと思います。直人くんはともかく、社長に知られたら……」
たぶん面倒くさいことになる。琴子というより……鴻上が。転職してきたばかりだというのに、どこかへ飛ばされてしまう可能性だってあり得る……。思いがけず暗い未来が頭に浮かんで、琴子はぶるりと身を震わせた。
「直人くん……ね」
鴻上が憮然として呟くと、琴子の背に回していた手を離してベッドから身を起こした。ネクタイをシュルっと外して、シーツの上に放る。赤地に細かな白いドット模様のそれは、白いシーツによく映える。
琴子が何とはなしにそのネクタイを見つめていると、
「まぁいっか、その話は。それより、一緒に飲みなおそうぜ」
鴻上はそう言うと、ベッドから立ち上がって部屋の奥へと向かった。
琴子が彼の後ろ姿を目で追っていくと、窓際のテーブルの上に無造作に置かれたビニール袋が目に入る。一体どれだけ買い込んできたのか、その袋は今にも破れそうなくらいパンパンに膨らんでいた。
「悪酔いしたんじゃなかったでしたっけ?」
琴子が呆れたように言うと、鴻上が眉を下げる。
「まぁまぁ。俺にとってはビールなんてジュースみたいなもんだからな、全然飲んだ気がしないんだよ。そっちもだろ?」
「まぁそうですけど。でも……」
琴子は返事を濁した。
たしかに本当なら今ごろ家で飲みまくっているはずだった。
「じゃあ業務命令だ。付き合いなさい」
急にあらたまった口調で言われて「これってパワハラじゃないの?」と琴子は思いつつ、目の前の「鴻上課長」がただの「サクちゃん」だった頃を懐かしく思い返す。
琴子にとって、サクちゃんとは「違う世界線」に存在するひとだった。
面倒な人間関係なんて何も気にしなくてよくて、代わり映えのしない日常から少しだけ逃避できて、気まぐれに身体を重ねて気持ちよくしてくれる――ただただ、それだけの存在だったのだ。
鴻上がずっしりと中身の詰まったビニール袋を持ち上げると、その拍子に袋からチューハイの缶が一本落ちて、コロコロとカーペットが敷かれた床の上を転がっていった。
「しまった」
壁にぶつかって止まった缶チューハイを鴻上が拾い上げて、琴子に差し出す。
ストロング系のレモン味。無糖。
アルコール度数のやたら高いそれを、琴子は迷いつつも手に取った。
――手に取ってしまった。
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