禁じられた逢瀬

スケキヨ

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閃光

閃光④

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「おい、藍原あいはら! 藍原あいはら朔夜さくや! しっかりしろ……!」

 俺はあいつの背中に向かって叫んだ。 

 俺が同じ状態になった時――いつも楠ノ瀬くすのせがしてくれたのと同じように、何度も何度もあいつの名前を呼んだ。

「早く逃げろぉぉおおお……!」
「邪魔だ、退けよ!」
「……待って…………あぁっ!」

 我先にと逃げ出す町の人たち。飛び交う怒号。
 ――混乱は続いていた。

 早く藍原を……神を止めないと、この山が燃えてしまう。

 俺は立ち上がった。
 逃げ惑う人々を見つめて口の端を上げる奴の肩を掴んで、自分の方へ引き寄せる。

 青い目が俺を映した。
 その目に一瞬怯んだものの、俺は右手を振り上げて藍原の頬を思いっきり殴った。

 奴の頭が大きく揺れる。
 俺に打たれた左頬を押さえて、藍原が呆然と俺の顔を見つめている。その目に光はない。

「ダメだ……こんなやり方はダメなんだ。わかるだろう? 落ち着いて考えてくれ、藍原……」

 俺は藍原の目を覗き込んだ。その奥にあるはずの……奴自身の自我に向かって、懇願する。

「……ぅ、う…………っ」

 突如、藍原が苦しそうに頭を抱えてガクリと膝をついた。

「ぁ……あぁあ…………っ!」

「藍原!?」

 屈み込んだ藍原のかたわらに膝をついて、ガタガタと震える背中をさすってやる。
 きっと今頃、こいつの体内で煮えたぎった血が暴れまくっているはずだ。こいつの体内なかで、神の『声』と自分を保とうとする藍原の自我がせめぎ合っているに違いない。

「よくやった、理森よしもり

 ふらふらと立ち上がった祖父さんが、俺の背後までやって来た。

「祖父さん、大丈夫か?」

「あぁ。わしのことより、此奴こやつを何とかせねばならん。お前のおかげで完全に『奪われる』前に、こちらへ戻ってきた。このまま引き戻すんだ」

「引き戻す、って……どうやって……」

 戸惑う俺をその場に残して、祖父さんが楠ノ瀬の婆さんの前へと足を向けた。

「すまんが、また助けてやってくれないか……」 

 祖父さんが両膝に手を置いて深く頭を垂れた。

「……お前さんがそんなに何度も私に頭を下げるとは……」

 婆さんが寂しそうに溜息をついた。

清乃きよの、手伝いなさい」

「え……ここで!?」

 婆さんから指示された楠ノ瀬がびくりと肩を震わせた。動揺しているのか、目が泳いでいる。

「やむを得ん……急がないと、この山も神社も燃えてしまう」

「……わかりました」

 楠ノ瀬が観念したように唇を噛みながら返事をした。
 ふと俺の方を見やった彼女の表情が、今にも泣き出しそうに大きく歪む。

 ――俺にたすけを求めているのか……?

「待ってくれ……!」

 考えるより先に口が動いていた。
 
「……俺がやる」

「理森殿……何を言っている?」

 楠ノ瀬の婆さんが呆れたように口を開いた。
 祖父さんも楠ノ瀬も目を見開いて俺を見ている。

「俺が何とかします。俺が……あいつを引き戻してみせる」


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