禁じられた逢瀬

スケキヨ

文字の大きさ
上 下
73 / 100
開眼

開眼③

しおりを挟む
 藍原あいはら朔夜さくやの『治療』が終わるのを待つという祖父じいさんと父さんを残して、俺はひと足先に山を下りた。

 楠ノ瀬くすのせが……俺に対するのと同じような行為を、自分のすぐ側で藍原にも施しているかと思うと……大人しく待っていることなどできなかったからだ。

 興奮して乱暴につけてしまった「痕」を、楠ノ瀬はどう思っただろうか?
 あの赤い痕は俺の小っさな独占欲の塊だ。

 楠ノ瀬は泣いてるようにも笑っているようにも見える不思議な表情で胸元の痕をひと撫でしてから、俺の胸を離れていった。自分の「役目」を果たすために……。

 俺は悶々としながら、山道を下った。
 ちょっとでも立ち止まると頭の中に楠ノ瀬とあいつの絡み合う姿が浮かんできてしまう。

 雑念を振り払うように、ひたすらに山を駆け下りた。
 ますます天高く昇った月だけが、俺の後を追いかけてきていた。





 *****

 父さんに担がれて戻ってきた藍原は、「開眼かいがん」した際の記憶を失っていた。

 ――俺の時と同じだ。

「……祖父さんの力、なのか? 記憶を操作するなんて…」

 父さんに引きずられるようにして高遠たかとおの家を後にする藍原を見やりながら、俺は声を潜めて祖父さんに尋ねた。

わしの力ではない…………神の力、だ」

 祖父さんも彼らの後ろ姿に目をやったまま、隣に立つ俺にだけようやく聞こえるくらいの小さな声で呟いた。

「お前もいずれ出来るようになるだろう。神の力を制御できるようになれば、」

「俺で……いいのか?」

 祖父さんの言葉を遮るように、俺はずっと気になっていたことを口にした。

「……何が、だ?」

 片方の眉をつり上げて、祖父さんが俺に視線を向けた。怪訝そうに俺の顔を見つめている。

「あいつも……藍原も『開眼』した。それはあいつにも、資格があるってことじゃないのか……?」

 語尾が消え入りそうに、弱々しく震えた。

理森よしもり……。照森てるもりが何と言おうと、高遠の跡継ぎはお前だ。儂が決めた。誰にも文句を言わせはしない」

 祖父さんが俺の目を見て、言った。力強い声だった。

 ――だけど。

『照森が何と言おうと』

 祖父さんが何気なく言った一言が気になった。

 ――父さんは、あいつに継がせたがっているのか……。

 胸がずきり、と軋んだ。

 父さんが俺よりもあいつに愛情を注いでいることに……俺は自分でも意外なほど傷ついているらしかった。

「あいつの方が俺より先に生まれてる。高遠家の長男は……あっちだ」

「なに馬鹿なことを言ってるんだ!」

 祖父さんが鋭い声で一喝した。

「本家の嫡子はお前だけだ。しっかりしろ」

 俺の顔をまっすぐ射抜くように見つめてそう言った祖父さんの声は……抑えているのに、有無を言わせない威厳に満ちていた。

「年明けにも町の人間に公表する。高遠の跡継ぎはお前だと。すでに開眼もしておる……と」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...