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種火
種火①
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楠ノ瀬家の和室で古い天井を見つめていた。
薄暗い部屋に黒檀の梁が浮かび上がっている。
俺はいつものように、楠ノ瀬が襦袢姿で現れるのを待っていた。
――このままでいいのだろうか?
祖父さんは「一時の想いなら消してしまえ」と言った。
たしかに「治療」とは言え、このまま楠ノ瀬と睦み合っていたら、ますます彼女の存在が俺の中で大きくなっていく気がしてならない。
それはいずれ、ちょっとやそっとじゃ消せないくらいの大きな火になって、心の内でずっと燃え続けていくんじゃないのか……?
「神様を制御する」……それはつまり、「自分を制御する」ということなのだと……俺は理解したけれど。
燃え上がった火を、自分の意志で鎮火させるということも、含まれるのだろうか……。
「ごめん、遅くなっちゃったね」
とりとめもない思索にふけっていた俺を、楠ノ瀬の鈴のような声が現実に引き戻した。
急いで来てくれたのか、少し息を切らした楠ノ瀬が襖を開けて入ってくる。
「忙しいのに、いつも悪いな」
楠ノ瀬家の次期当主として、すでに巫女の修行を始めている楠ノ瀬は俺なんかよりずっと忙しい。いろんな儀礼の形式を覚えたり、舞や笛やの練習をしたりと、とにかくやらなくちゃいけないことがたくさんあるらしい。
膝をついて息を整える楠ノ瀬の背中に向けて話しかける。
「この間、お婆さんに言われたこと……祖父さんに聞いてみた」
俺がそう言うと、
「そう……」
小さく呟いた楠ノ瀬が目を伏せた。
長い睫毛が白い頬に影を落とす。
俺は俯いた楠ノ瀬の白い横顔を見つめた。
「湖が干からびたとか、町に災厄が降りかかるとか……ほんとなのかな?」
「どうだろう……お祖母ちゃんや町の人たちは信じてるみたいだけど」
俺の疑問に、楠ノ瀬が首をかしげながら答える。
「お婆さんとか町の人たちの意見じゃなくて……お前は、信じてるのか……?」
俺は、楠ノ瀬の考えを知りたいと思った。
楠ノ瀬は長い髪を左耳の下で緩く束ねながら、静かに首を振った。
「……わからない。そんなのただの迷信じゃないかとも思うけど……でも、」
「でも……?」
「高遠くんの青い目や、私自身の力のことを考えると……ないとは言えないと、思う」
「そうか……そうだよな……」
俺は俺自身に起こった現象を思い起こして、黙るしかなかった。
楠ノ瀬も何かを考えるように、じっと俯いている。
遠くで車のブレーキ音が聞こえた。
「始めよっか」
重い空気を変えるように、楠ノ瀬が明るい声で言った。
いつものように畳に額をつけると、小さな声で何事かを唱えている。
これも、彼女が覚えなくてはいけない儀礼の一つなんだろう……。
「脱がすね」
楠ノ瀬の細い指が臍のあたりに伸びてきて、カットソーを捲り上げた。
俺の胸が外気に晒される。
楠ノ瀬の指が、コードを齧る鼠みたいに、爪の先でカリカリと俺の小さな乳首を弄っている。
「ん……くすぐったい、って……」
俺が身を捩ると。
楠ノ瀬が微笑みを零しながら顔を寄せて、今度はミルクを舐める猫みたいに、舌の先でペロペロと俺の乳首を転がしはじめた。
「んぅ……ん」
だらしなく開いた俺の口から、鼻にかかった声が漏れてしまう。
「ちょ……楠ノ瀬! 俺で遊んでるだろ?」
身を起こして抗議すると、
「へへ……バレた?」
ちょろっと舌を出した楠ノ瀬が、悪戯に成功した子供みたいに笑っている。
「お前なぁっ……」
お返しとばかりに、俺が彼女の胸元に手を差し入れたところで――
何の前触れもなく、襖が開いた。
薄暗い部屋に黒檀の梁が浮かび上がっている。
俺はいつものように、楠ノ瀬が襦袢姿で現れるのを待っていた。
――このままでいいのだろうか?
祖父さんは「一時の想いなら消してしまえ」と言った。
たしかに「治療」とは言え、このまま楠ノ瀬と睦み合っていたら、ますます彼女の存在が俺の中で大きくなっていく気がしてならない。
それはいずれ、ちょっとやそっとじゃ消せないくらいの大きな火になって、心の内でずっと燃え続けていくんじゃないのか……?
「神様を制御する」……それはつまり、「自分を制御する」ということなのだと……俺は理解したけれど。
燃え上がった火を、自分の意志で鎮火させるということも、含まれるのだろうか……。
「ごめん、遅くなっちゃったね」
とりとめもない思索にふけっていた俺を、楠ノ瀬の鈴のような声が現実に引き戻した。
急いで来てくれたのか、少し息を切らした楠ノ瀬が襖を開けて入ってくる。
「忙しいのに、いつも悪いな」
楠ノ瀬家の次期当主として、すでに巫女の修行を始めている楠ノ瀬は俺なんかよりずっと忙しい。いろんな儀礼の形式を覚えたり、舞や笛やの練習をしたりと、とにかくやらなくちゃいけないことがたくさんあるらしい。
膝をついて息を整える楠ノ瀬の背中に向けて話しかける。
「この間、お婆さんに言われたこと……祖父さんに聞いてみた」
俺がそう言うと、
「そう……」
小さく呟いた楠ノ瀬が目を伏せた。
長い睫毛が白い頬に影を落とす。
俺は俯いた楠ノ瀬の白い横顔を見つめた。
「湖が干からびたとか、町に災厄が降りかかるとか……ほんとなのかな?」
「どうだろう……お祖母ちゃんや町の人たちは信じてるみたいだけど」
俺の疑問に、楠ノ瀬が首をかしげながら答える。
「お婆さんとか町の人たちの意見じゃなくて……お前は、信じてるのか……?」
俺は、楠ノ瀬の考えを知りたいと思った。
楠ノ瀬は長い髪を左耳の下で緩く束ねながら、静かに首を振った。
「……わからない。そんなのただの迷信じゃないかとも思うけど……でも、」
「でも……?」
「高遠くんの青い目や、私自身の力のことを考えると……ないとは言えないと、思う」
「そうか……そうだよな……」
俺は俺自身に起こった現象を思い起こして、黙るしかなかった。
楠ノ瀬も何かを考えるように、じっと俯いている。
遠くで車のブレーキ音が聞こえた。
「始めよっか」
重い空気を変えるように、楠ノ瀬が明るい声で言った。
いつものように畳に額をつけると、小さな声で何事かを唱えている。
これも、彼女が覚えなくてはいけない儀礼の一つなんだろう……。
「脱がすね」
楠ノ瀬の細い指が臍のあたりに伸びてきて、カットソーを捲り上げた。
俺の胸が外気に晒される。
楠ノ瀬の指が、コードを齧る鼠みたいに、爪の先でカリカリと俺の小さな乳首を弄っている。
「ん……くすぐったい、って……」
俺が身を捩ると。
楠ノ瀬が微笑みを零しながら顔を寄せて、今度はミルクを舐める猫みたいに、舌の先でペロペロと俺の乳首を転がしはじめた。
「んぅ……ん」
だらしなく開いた俺の口から、鼻にかかった声が漏れてしまう。
「ちょ……楠ノ瀬! 俺で遊んでるだろ?」
身を起こして抗議すると、
「へへ……バレた?」
ちょろっと舌を出した楠ノ瀬が、悪戯に成功した子供みたいに笑っている。
「お前なぁっ……」
お返しとばかりに、俺が彼女の胸元に手を差し入れたところで――
何の前触れもなく、襖が開いた。
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