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秘事
秘事③
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「私の大切な『お客様』の治療ですからね。立ち合わないわけにはいかないでしょう?」
俺の質問に男が答えた。
喉元に突きつけられていた刃先が離れる。
振り向いて上目遣いに睨みつけると、その男――徳堂は、いつものように人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて、俺を見下ろしている。
「どういうことだ……お前じゃないとしたら、いま楠ノ瀬と一緒にいるのは誰なんだよ……?」
俺が困惑しながら尋ねると、
「言ったでしょう……私の大切な『お客様』だと。個人名は君が知る必要もないことです」
徳堂がにべもなく言う。
「……なんで、楠ノ瀬が、お前の客と……」
「性行為をしているか、って? 『治療』ですよ、『治療』。君だってしているでしょう?」
言い淀む俺の言葉を継いで、徳堂はまるで子供に言い聞かせるように言った。
そういえば……あやちゃんにも以前同じことを言われた気がする。
「……あんたは、なんでそんなに平気でいられるんだ? 自分の許嫁が他の男に抱かれてるんだぞ!?」
食ってかかる俺を、
「ふっ……かわいいですね」
徳堂が鼻で笑った。
「それが楠ノ瀬家の巫女の『役目』です。古代より巫女と売春は切っても切れない関係なんですよ。性欲を満たすためではなく、性交渉を通じて男たちに力を与える、あるいは神の声を聞く……それが巫女の役割ですから」
涼し気な顔で講釈を垂れる徳堂に、
「そんなの、昔の話だろ……。楠ノ瀬は、納得しているのか!?」
楠ノ瀬の暗い顔を思い出した。俺の前で泣いたこともあった。
きっとあいつは……こんなこと望んでなんかいないんだ。
「清乃は聞き分けのいい娘ですから。わかってるんじゃないですか、自分に課せられた『お役目』を。せっかく天から授かった能力だ……使わなければ、それこそ大きな損失ですよ。その力で多くの人を救えるんですから」
一見正論を言っているようで、その実、楠ノ瀬個人の意思なんてまったく無視したこいつの発言に腹が立ってしょうがなかった。
「私の家は病院を経営してましてね。医者の嫁としてぴったりだと思いませんか、清乃の能力は」
俺の反応を楽しむかのように、徳堂はつらつらと自分勝手な話を並べる。
「おまけに楠ノ瀬家が所有する広大な土地も手に入る。清乃が管理するより、私が管理した方がよっぽど有効活用できると思いますよ。私なら現在の資産より何倍も増やしてみせます。うちにとっても、楠ノ瀬にとっても……お互いにウィンウィンな関係というわけです」
何がウィンウィンだよ……!
まるでプレゼンでもしているみたいな冷静な口調に、俺は込み上げる苛立ちを抑えることができない。
偉そうな御託を並べても、結局こいつは楠ノ瀬を利用しようとしているだけじゃねぇか……!
「楠ノ瀬を、お前のいいようにはさせない……!」
「ほぅ」
徳堂は片方の眉を上げて、面白そうに呟く。
「いくら貴方たちが好き合った所で……高遠と楠ノ瀬が結びつくことは許されないはずですよ」
「……なんのことだ……?」
徳堂の思わせぶりな言い方に俺が噛みつくと、
「おや、知らないんですか? 呑気な跡継ぎですねぇ……まぁ私もそんな古くさい言い伝え、本気で信じてるわけじゃないですけど」
相変わらず人を食ったような物言いに我慢できなくなった俺が掴みかかろうとすると――
「……誰かいるのか?」
障子の向こうから嗄れた声が聞こえた。
「場所を変えましょう」
徳堂は声を潜めて言うと、俺の襟の後ろを思いっきり引いた。
ひょろりとした細身な身体からは想像もできないほど強い力に引き摺られて、俺はその場から離れざるを得なかった。
俺の質問に男が答えた。
喉元に突きつけられていた刃先が離れる。
振り向いて上目遣いに睨みつけると、その男――徳堂は、いつものように人を馬鹿にしたような薄笑いを浮かべて、俺を見下ろしている。
「どういうことだ……お前じゃないとしたら、いま楠ノ瀬と一緒にいるのは誰なんだよ……?」
俺が困惑しながら尋ねると、
「言ったでしょう……私の大切な『お客様』だと。個人名は君が知る必要もないことです」
徳堂がにべもなく言う。
「……なんで、楠ノ瀬が、お前の客と……」
「性行為をしているか、って? 『治療』ですよ、『治療』。君だってしているでしょう?」
言い淀む俺の言葉を継いで、徳堂はまるで子供に言い聞かせるように言った。
そういえば……あやちゃんにも以前同じことを言われた気がする。
「……あんたは、なんでそんなに平気でいられるんだ? 自分の許嫁が他の男に抱かれてるんだぞ!?」
食ってかかる俺を、
「ふっ……かわいいですね」
徳堂が鼻で笑った。
「それが楠ノ瀬家の巫女の『役目』です。古代より巫女と売春は切っても切れない関係なんですよ。性欲を満たすためではなく、性交渉を通じて男たちに力を与える、あるいは神の声を聞く……それが巫女の役割ですから」
涼し気な顔で講釈を垂れる徳堂に、
「そんなの、昔の話だろ……。楠ノ瀬は、納得しているのか!?」
楠ノ瀬の暗い顔を思い出した。俺の前で泣いたこともあった。
きっとあいつは……こんなこと望んでなんかいないんだ。
「清乃は聞き分けのいい娘ですから。わかってるんじゃないですか、自分に課せられた『お役目』を。せっかく天から授かった能力だ……使わなければ、それこそ大きな損失ですよ。その力で多くの人を救えるんですから」
一見正論を言っているようで、その実、楠ノ瀬個人の意思なんてまったく無視したこいつの発言に腹が立ってしょうがなかった。
「私の家は病院を経営してましてね。医者の嫁としてぴったりだと思いませんか、清乃の能力は」
俺の反応を楽しむかのように、徳堂はつらつらと自分勝手な話を並べる。
「おまけに楠ノ瀬家が所有する広大な土地も手に入る。清乃が管理するより、私が管理した方がよっぽど有効活用できると思いますよ。私なら現在の資産より何倍も増やしてみせます。うちにとっても、楠ノ瀬にとっても……お互いにウィンウィンな関係というわけです」
何がウィンウィンだよ……!
まるでプレゼンでもしているみたいな冷静な口調に、俺は込み上げる苛立ちを抑えることができない。
偉そうな御託を並べても、結局こいつは楠ノ瀬を利用しようとしているだけじゃねぇか……!
「楠ノ瀬を、お前のいいようにはさせない……!」
「ほぅ」
徳堂は片方の眉を上げて、面白そうに呟く。
「いくら貴方たちが好き合った所で……高遠と楠ノ瀬が結びつくことは許されないはずですよ」
「……なんのことだ……?」
徳堂の思わせぶりな言い方に俺が噛みつくと、
「おや、知らないんですか? 呑気な跡継ぎですねぇ……まぁ私もそんな古くさい言い伝え、本気で信じてるわけじゃないですけど」
相変わらず人を食ったような物言いに我慢できなくなった俺が掴みかかろうとすると――
「……誰かいるのか?」
障子の向こうから嗄れた声が聞こえた。
「場所を変えましょう」
徳堂は声を潜めて言うと、俺の襟の後ろを思いっきり引いた。
ひょろりとした細身な身体からは想像もできないほど強い力に引き摺られて、俺はその場から離れざるを得なかった。
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