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 2人で並んで歩くのは妙に緊張した。厨房が遠く感じて、気づけば早足になっていた。

 「あれ……?」

 やっとの思いで着いた厨房にシェフがいない。もぬけの殻だった。ただ、材料はそのままなので、もしかしたらメイドに力仕事でも任されたのかもしれない。
 しょうがない。自分で作るかと腕まくりをすると、キース様と目が合う。

 「私が作りますので、キース様待ってもらっていいですか?」
 「え。アリア嬢が作るの?」
 「ええ、私が作ります」

 キース様は少し考え込むような仕草をした後、顔を上げると微笑む。

 「じゃあ僕も手伝うよ」

 は?

 「い、いや……、大丈夫よ。私1人で……」
 「2人でやった方が早いしね」

 話を聞かずに厨房に入ってそこら辺のものを触って行く。
 勝手に移動させるなと言いたいが、強くは出れない。

 結局、キース様には手伝ってもらうことになってしまった。自分は押しに弱いことに気づいた。

 「キース様、生地を準備するので、焼くのをやってもらっていいですか? ここに立っててください」

 うろうろしようとするキース様を丸の凹みがたくさんある鉄板の前に立たせ、生地を作り始める。
 
 ミッシェルのメモを見ながらひたすらかき混ぜる。キース様に凄く見られてるせいか、やりにくい。卵を片手で割った時にはおお~、と声を上げていた。キース様料理とかしなさそうね……。

 「キース様、油は塗りましたか?」
 「? 塗ってない」
 「油塗らなきゃ、丸く作れませんよ。塗ってください」
 「へー、そうなんだね」
 「これが油です」

 キース様に油を渡すとそのまま凹みに流し始めた。いや、量が多い!

 「キース様! 油は少しで十分です! このはけで塗ってください!」
 「え? うん、分かった」

 丸い凹みから溢れるほどに入った油を横に移していくキース様を見ながら不安になる。全部私がやりたい……。

 なんとかキース様が油を広げた後、生地を流し込んでいく。横からキース様の声が上がるたび、なんでもないことなのに、妙に緊張する。

 一口大に切ったタコを入れ、キース様が持っていたハケを奪い、丸めるためのピックを持たせる。

 「これで丸めてください、こうやってひっくり返せば出来ます」
 「おお」

 くるりと回して、見本を見せるとまたまた声が上がるので、やりにくい。
 
 「分かった。やってみるよ」
 「じゃあお願いしますね」

 片付けをしながら、皿を出しちらりと横目で様子を見ると、キース様はたこ焼きを回すのに四苦八苦していた。思わずくすりと笑みが溢れる。そんな私に気づいていたようでキース様も苦笑を浮かべた。

 初めてみたキース様のその顔に思わず声を上げて笑った。

 
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