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許嫁

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これは夢だ。炎に包まれた夢。


「逃げて、誰にも見つからないように、幸せに」


「お前を心から愛する人にきっと出会えるはずだ。必ず幸せになれ」



夢の中で誰かの声が聞こえる。みんな悲しそうな声をしていた。

(幸せだよ)


リーネは声に答える。

色んなことがあった。親に捨てられ、シャルドン家に拾われた。ロナウドは自分を兄弟のように接してくれたし、両親も本当の子供のように接してくれた。
幸せだった。この家に迎え入れてもらえたのは。10歳の日に、シャルドン家に「仕える」ことに決めたのは、リーネ自身だった。

これからもずっと、シャルドン家を支えたい。守りたい。それがリーネにとっての幸せとなった。

それもまた消え去る。

灰になって、塵になって、風に飛ばされて、簡単に。


お前は結局守れなかった。
  



役立たず。




お前だけ生き残った。




裏切り者。




『早く死んじまえ』





「あっ…はぁ、あ…っ…」


リーネは冷や汗を流しながら飛び起きる。

床の上で丸まって寝ていたリーネは、今がまだ明け方であることをチラと確認して、ほぅ息をつく。

嫌な夢を見た。夢、というより現実を突きつけられたような…そんな感じだった。

部屋にヴィクターはいない。

ヴィクターとロイは、国王からの緊急の仕事を投げられ、2日前からこの屋敷を留守にしていた。

いつ帰れるかは分からない。そう言って、残念そうに出立するヴィクターたちを見送ったのが随分前の出来事のように思える。

リーネはゆっくり起き上がり、身なりを整える。

朝ごはんは、リーネの希望で厨房に取りに行くことになっている(わざわざ自分のために食事を運んでもらうのは申し訳なかったから)。

その時間にはまだ早すぎるだろう、と、リーネは部屋の掃除から始めた。

しばらく使われていない主のベッドのホコリをはらい、机をふき、窓をふく。


そもそもヴィクターはリーネに掃除のひとつさえさせたくなかったようだが、そうなるといよいよやることが無くなると、リーネはヴィクターにせめてこの部屋の掃除だけさせてくれと頼み込んだのだ。



そうやって時間を潰していると、屋敷の中はだんだんと使用人たちの声が聞こえ始めてくる。

「もうそろ取りに行こうかな」

 そう思って雑巾を片付け、ドアを開けた時だった。

ガヤガヤと廊下の奥から騒がしい声が近づいてくる。

「いけません!」

「ご主人様のお許しがないと!」

「メアリー様!!お止まり下さい!」


リーネが驚いてそちらの方をみると、なんとも高貴そうな女性が、これまた高級そうなドレスの裾を翻しながらこちらを鬼の形相で睨みながらドカドカとやってくるではないか。


「あ、あの」


「あなたが新しくヴィクター様の買った奴隷?」


自分より頭2つは小さいその女性は、きっと顔を上げリーネを睨む。


「そうです」
 
リーネは膝をおり、頭を下げて肯定する。

「あら、態度の取り方くらいは分かっているのね。わたくしは、ヴィクター様の許嫁です。あなたの女主でもあります。さて、奴隷さん?なんで貴方のような下賎の物がヴィクター様の寝所にいるのかしら」

「申し訳ございません」


ヴィクターに許嫁がいたことに驚きながら、リーネは必死に頭を下げる。

(いや、でも当たり前か)

たしかに、あのヴィクター・シェラードだ。家柄よし、顔よし、さらには国王の信頼熱い補佐官様である。許嫁の1人や2人いたっておかしくない。


「メアリー様!リーネ様は、奴隷として確かにご主人様に買われこの屋敷に来られましたが、ご主人様のとても「黙りなさいアン。誰に物を申してるの?」」

使用人の1人であるアンにも冷たく当たるヴィクターの許嫁に、リーネはそっとアンに自分は大丈夫だからとアイコンタクトを送る。

それを見たアンはぐぅと黙り、頭を下げた。

「まったく使用人の質も悪いんだから。結婚した暁には、あなた達は全員クビにしてやるわ。私の使用人たちのほうがよっぽど優秀。ヴィクター様も喜ぶわ」

ゴミでも見るような目で、アンたちを見渡したあと、彼女はリーネを見下ろした。
その視線の鋭さに、肩がびくりと震えた。

「それでいつまでここに居るつもり?奴隷は馬小屋で寝泊まりするといいわ。雑用なり、なんなりしてなさい」

目に入れるのも不愉快と、メアリーはしっしっと手を振る。

彼女の言葉にリーネはただ深く頭を下げると、彼女の横を抜け、その場を立ち去った。


「さすがに、おかしいもんな」


奴隷の自分が主の部屋で図々しくも寝泊まりすること自体おかしいのだ。

リーネはアン達にも頭をあげた後、裏口からすぐに屋敷を出た。


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