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二人で朝を

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ヴィクター・シェラードがクタクタになりながらも、ようやくリーネが今日から自分のプライベートルームにくる!と喜び勇む足取はいつもの何倍も軽い。

ルンルンで廊下を歩くヴィクターに微笑ましそうな使用人たちの目線が飛ぶのも、もちろん気にならない。


しかし、部屋の扉を開いたヴィクターの目に飛び込んできたのは、暖炉に向かって(火がついている!)ゆっくりと倒れるリーネであった。


「リーネ!!!!!!」

悲鳴のようにリーネと名前を叫びながら、ヴィクターはリーネの元へと素早く近づき、彼の体を力いっぱい自分の方へと引っ張る。

アドレナリンがドバドバ溢れ、瞳孔が開き、心臓の音がうるさい。


「頭、突っ込むところだった…リーネ?」


腕の中でくたりとするリーネは意識がなく、汗でびっしょりだ。張り付く前髪をは優しく払うと、暖炉に目を向け、そして落ちている火かき棒をみて何が起きたかを悟った。


(火が、トラウマなのか…ロイが火傷のあとがたくさんあったっていた…くそっ!)

ヴィクターはリーネをそっと揺らさないように抱き上げると、ベッドへと向かいそっと横たえた。
部屋に備え付けてあるバスルームに向かい、タオルを冷水で濡らして戻ると、リーネの汗を拭っていく。


「すまないリーネ…見つけるの、遅くなって」

スヤスヤと眠るリーネの顔は、先程よりは穏やかになって呼吸も落ち着いている。
その様子にほっとしながら、ヴィクターはタオルをローテーブルに投げ、自分もリーネの側に横たわった。

「愛してるよ、リーネ…あの日、一目見たときから」


ヴィクターの蕩けるようなささやき声は、深く眠るリーネには届かない。

「まだ言うつもりは無いけどね…だって、僕だけが君を一方的に好きなんて面白くないだろう?」

ヴィクターはリーネをそっと引き寄せ、布団をかけて、今日はこのまま寝てしまおうと上着だけ脱ぐ。

「おやすみ、リーネ」

リーネの高い体温を感じながら、ヴィクターはゆっくりと眠りに落ちた。

こんなに穏やかに眠れるのは久しぶりだと思いながら。







ちゅんちゅん、と様々な鳥の鳴き声が聞こえ、リーネは目を覚ます。


(あれ、俺いつのまに…)


ふわふわとした感触。重くないのに、暖かい布団。自分を抱きしめる、男…?


「ごしゅ…!んっ!」

自分を抱きしめて眠るのは、ご主人様であるヴィクターであることに気がついたリーネは、ドバーッと冷や汗が出るのを感じた。
慌てて叫ぶのを己の手で押し殺し、リーネはドキドキしながら、ヴィクターが目を覚ましてないか恐る恐る確かめる。


目の前にある美しい顔に、思わずほぅとため息を零してしまう。出会った時から、綺麗な人だと思っていたが、こうも近くでまじまじと見ると、迫力が違うなぁ…とリーネは感心した。きっと恋のお相手は引く手数多選り取りみどりだろうと、ちょっと羨ましく思ってしまう。

「えっと」


起こすべきか、それとも何か仕事があるかと、身を起こしキョロキョロ見渡すも、どうしたらいいか全く分からない。これならば、ロイから具体的に仕事の内容を確認すればよかったと肩を落とす。(ちなみにロイからはここに居るのが仕事、と言われていた)



「あ、あの、ご主人様?」


意を決して、肩を揺らしてみるもヴィクターはかなり疲れているのか、全く起きる様子がない。ならば、無理に起こすこともあるまい、とリーネそっと自分に回された腕を外し、ベッドからおりる。

絨毯のおかげで全く冷たくない!とリーネは少し感動しながら、ヴィクターに布団をかけ直す。

さて、どうしようかと部屋の中を見渡していると、控えめなノック音がドアから聞こえ、リーネは恐る恐る扉をあけた。


「おはようございます。リーネ様。モーニングティーをお持ちしました」

何度か顔を見た事があるメイドがサービスワゴンにポットとカップをのせ、持ってきたようだった。メイドが深々と主にするかのようなお辞儀をするのに、慌ててリーネも頭を下げる。


「大変申し訳ないのですが、この部屋には私どもは入れません。なので、リーネ様…ヴィクター様にモーニングティーをご用意していただいてもいいですか?」

ニッコリと笑うメイドに、リーネはコクコクと頷く。

「では、よろしくお願いいたしますね」

そう言って、ワゴンを残しメイドは元きた廊下を戻って行った。

リーネはこれまた高そうな食器だ…と恐る恐るワゴンを部屋の中へと引き入れ、ベッドの側へと移動させる。用意しろと言っても、後はカップに紅茶をそそぐだけだ。やり方はシャルドン家にいた時に学んだため、特に問題は無い。

問題があるとすれば、ヴィクターを、起こすかどうかだった。まごまごしていれば、どんどん紅茶は冷めてしまう。


「ああーもう!仕方ない…!ご主人様!ご主人様!朝です」

リーネは思いきって、ヴィクターの肩を揺らし起こしにかかる。


「んんー…」

「ご主人様…起きてください。モーニングティーの用意がありますから」

声をかけながら、リーネは紅茶の用意をする。


「んー、んーー、リーネがキスしてくれたら起きる」


「んな!?」


な、何を言ってるんだ、この主はと、落としそうになるカップをそっとワゴンに戻し、リーネは布団の中から目元だけを出して、期待するようにこっちを見てるいるヴィクターに目を向けた。


「おはようのキスしてくれる?」


「あ、あの、俺は…」

奴隷なので、という言葉はもごもごと悠仁の口の中に消えていく。

そうさせたのは、ヴィクターの、瞳だった。

リーネがこの世で一番美しいものは?と今聞かれたら、真っ先にヴィクターの瞳と答えるくらい、彼の瞳は美しいアイスブルーをしていた。いや、アイスブルーなんかじゃない。この色は、この世界の色じゃ表せない。ヴィクター・シェラードの瞳色だ。

初めて会ったときは目を見つめ返すのは失礼だと思って、目を伏せていたのが災いした。

こんなにも暴力的なまでに美しいなんて知らなかった!


「ん?どうしたの?」

「あ、いや、その」


貴方の美しい瞳から目が離せないんですと。言うけにもいかず、リーネはオロオロしながらも紅茶を差し出し、モーニングティーです…と、小さな声で言いながら差し出す。

それを受け取り、ヴィクターは目をパッと輝かせる。どうやらキスのことはどこかに吹っ飛んでいったようだとリーネはホッとする。

「リーネがいれてくれたの?」

「えっと、カップについだたけです」

「嬉しいな!ほら、自分のも用意して一緒に飲もう?」


カップふたつあるでしょ?と言われ、リーネはキョトンとする。予備のためにわざわざメイドが用意したものだと思っていたからだ。


「ダメですご主人様…さすがに…怒られます」

リーネの言葉に今度はヴィクターが首を傾げる

「誰に?」

「え?」

「誰に怒られるの」

そう問うヴィクターの瞳はぞっとするほど冷たい。リーネは自分がご主人様を不機嫌にさせてしまったと、血の気が引いていく。


「も、申し訳ございません!」


慌てて謝るリーネに、ヴィクターは違う!と首を振る。

「謝らせたいわけじゃない。この屋敷の主は僕だよ、リーネ。

僕がいいって言ってるんだから、リーネは気にしなくていんだ…好きにすごしていい。もっと自由にしていいんだよ」




優しく諭すようなヴィクターの言葉に、リーネは思わずポロリと涙を零す。

自由。なんて、自分から最も遠い言葉。



(俺は奴隷だよ…いらなくなったら捨てられる、人間以下の存在なんだよ…優しくしないで。傷つくこと、思い出しちゃうから)


「リーネ?なんで泣いて…すまない!嫌なこと言ったかい?」

ヴィクターはカップを近くのテーブルに置くとリーネを抱きしめ、よしよしと背中を撫でる。

「ご、ごめんなさ」


「大丈夫、大丈夫だから…ゆっくりでいいよ」

ゆっくりと、俺に慣れていって

(そしていつか愛して)


ヴィクターはリーネが泣き止むまでの間、ずっとその震える体を抱きしめていた。


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