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ラパルマン王国には、聖女と呼ばれるひとがいる。彼女たちは神殿で毎日祈りを捧げ、あちこちに巡礼をして瘴気を浄化する。

聖女に選ばれるのは、清浄や治癒の魔法が使える少女。

セリア・カサードもその一人だった。

かつて大聖女と崇められた祖母のマレーナから力を受け継いでいたセリアは、聖女の最有力候補だった。

彼女のもとで、セリアは魔法の訓練や勉強に励んだ。次第に同世代の子どもと遊ぶ時間も無くなっていった。
しかし寂しく思うことは無かった。全ては、聖女となる日のためだった。

さらに、優れた力を王家に取り込むため、聖女の務めを終える頃に、同い年の王子と結婚することも決まっていた。
大恋愛の末、幼馴染と結ばれたマレーナと違い、思い人もないセリアはそれを責務と思って受け入れ、王子ともそれなりに親しい関係を築いていた。

ところが、ダフネが全てをぶち壊した。

ダフネは国中の尊敬を集める聖女となり、高貴な王子と結婚したいばかりに、ライバルだったセリアを次期聖女の座から引きずり下ろした。

証拠と証言をでっち上げ、王女のサファイヤの耳飾りを盗んだという濡れ衣を着せたのだ。
結局セリアの疑いは晴れたが、ごたごたの最中にまんまとダフネが新聖女に就任。王子とセリアの婚約は勝手に破棄され、ダフネとの縁談が進められていた。

たとえ王子と結婚できなくなろうが、構わない。
聖女になることだけが、セリアの生きる意味だった。
セリアは、全てを失ってしまった。自暴自棄になり、私物を壊して、我に返っては泣きながら修復魔法を使った。

荒れては塞ぎ込むセリアに留学を勧めてくれたのは、両親だった。家の名前に泥を塗った自分を厄介払いしたいのか、とも思ったが、どこにいても後ろ指を差される狭い島国から逃がしたかったのだと、今なら分かる。

留学生活はなかなか楽しかった。外国語は教養として長年学んでいたので困らず、今まで勉強する機会の少なかったことを色々と学べた。

何よりも、普通の女の子のように、学校生活というものを満喫できたことが嬉しかった。




語りを止めると、セリアは手紙を拾い集め、静かに見つめた。するとハンナがしみじみと言った。

「――聖女って、本当にいたんですね」

「ふふ、そこから?」

「私たちからすれば御伽話のような存在ですよ。王子様とご婚約までされてたなんて」

「破談になった訳だけど……まあ、未練はないわ、全く。でもこちらの王子様の恋路は見届けたかったわね」

「そっ、それって」

どくん、とアンジェラの心臓が跳ねた。

「心配しないで、アンジェラ。聖女修行の裏でその手の物語を10年読み続けてきた私の目に狂いはないわ。気持ちを、きちんと言葉にして伝え合えれば、きっと上手くいく」

アンジェラは己の想いを隠していたつもりだったが、セリアには全てお見通しだった。一方ハンナは、え、えっ、と目を丸くしていた。少し気恥ずかしくて、アンジェラは咳払いをした。

「ありがとう。私も、頑張るわ」

「『お互い様』ね。改めて実感したけど、ダフネみたいな人ってどこにでもいるのね。負けないように――またダフネに聖女として会うと思うと、頭が痛いわ」

いつものように喋る間に、セリアは普段の調子に戻っていった。留学を途中で終えることを、早くも受け入れてしまっているようにも感じられる。ハンナがそう伝えてみると、セリアは答えた。

「もちろん、まだやり残したことはあるわ。でも、今話していた時に、チャンスがあるのだから、ずっと私が一番大事にしていたことに、また向き合いたいと思ったの。
ダフネの後始末をするのは腹立たしいけど、母国の人たちが大変な状況なのに、解決する力がある私が留学なんて続けていられないわ」

「後始末?」

「今回の瘴気は、ダフネが浄化しきれず一気に広がって、聖女が一人大怪我をしたらしいの。候補者と先代まで集めて、何とか抑えているんですって。大失態よ。なのに、あの人の地位はそのままらしいけど……大聖女の孫わたしを呼び戻すため、神殿は空いた聖女の位を与えると言っているわ」

「そんな……」

最初の夢を諦めてから、ようやく掴んだ新たな幸せまで絶たれて、辛くないはずはない。それでも、人々のために覚悟を決め、前を向こうとしている。

ならば、応援するのが親友の役目だと、アンジェラとハンナも気持ちを固めた。

「なるべく早く帰国しなきゃ。先生と管理人さんに相談しないと」

「私たちも手伝うわ」

三人は頷き合った。
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