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番外編
兄と弟
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立太子の儀式が行われる、数日前のことだった。
二人の王子は久々にそれぞれの学校から王城に帰参した。一通りの挨拶や儀式の準備を終える頃には、既に日は沈み、空は群青色に染まっていた。
アスターは自室のベッドに寝転びながら、白い天井を眺めていた。食事を済ませた後はこれといった用事もなく、一人の時間を持て余していた。
(兄上は、どうしておられるかな)
オーウェンが珍しく同じ城にいると思うと、何だかそわそわして落ち着かない気持ちになる。
アスターには、兄と過ごした記憶があまりない。
幼いオーウェンが体調を崩せば、生活も遊びも全て分けられた。あの事件が起きると、兄弟は一層引き離され、別の学校に入学した。
(僕は寂しかったのかもしれない)
滅多に会わない兄の様子が気になって、自分のことを伝えたいと思ってしまうのだから。
アスターはベッドから起き上がると、自室から廊下に出た。行き先は言うまでもない。足取りは自然と軽やかになった。やはり、じっとしているのは性に合わない。
(考えすぎず心のままに動けるところがアスターの良さだって、昔兄上にも言われた)
目的の部屋の前に立ったアスターは扉をノックした。
すぐに中から返事があったので、勢い良く扉を開けた。
「兄上!!」
「どうした。こんな時間に」
「勿論、兄上に会いにきたんですよ。食事の間だけでは全く話し足りませんから」
何となく予想していた通り、オーウェンは机で本を広げていた。弟の思いがけない来訪に初めは驚いていたものの、快く入室を許してくれた。
アスターはすたすたと机に近づくと、オーウェンが読もうとしていた本に目を留めた。
「あっ、その本は僕でも知っていますよ。有名な悲恋ものですよね。兄上もこんな物語を読まれる日が」
「詳しい友人に薦められただけだ」
オーウェンは淡々と答え、本を閉じると裏返して置いた。
いつもは訊かれなくても、内容を教えてくれるのに。素っ気ない物言いが、むしろあやしい。
真面目な兄の思わぬ変化にアスターはにやりとしながら、ささやかな悪戯心が芽生えた。
「興味がおありでしたとは。いやあ、兄上に想われるとしたら、どんなに素晴らしい方でしょう。僕も早くお目にかかりたいものです」
「だから違うと」
一向に聞く耳を持たず、うっとりと目を閉じる弟の様子に、オーウェンはわざとらしく咳払いをした。
「アスターこそ、どうなんだ、文通相手とは」
「ベア……ベアトリスとは、ただの友達ですよ。先月のパーティーで知り合ったばかりで」
「気が合ったのか」
「その、何といいますか……」
やや強引に話をはぐらかされている気がするものの、アスターは大人しく答えてしまう。
「彼女はとても寡黙で、実は声を聞いたことはありません。ですが、僕の話をそれは楽しそうに聞いていた顔が何日経っても忘れられず……気がつけば手紙をしたためていました」
「特別な存在なのか」
「それは、認めます。返事を待つ間は何も手につかない時もありますし。先のことは分かりませんが……」
話を聞いていたオーウェンは、何を考えていたのか、机上を見つめながらしばらく黙り込んでいた。これから王太子として重責を担っていく彼には、口には出さない思いや悩みがどれほどあるのだろうか。
「僕にとっては、兄上も大切な存在ですよ? この世界にたった一人の兄弟ですから。兄上が幸福でおられるのが、僕の願いです」
「ありがとう、私も同じだ ――今日は久々にアスターに本を渡そうと思っていたんだ。随分迷ったが」
オーウェンは机に置いていた剣術書を差し出した。古くに書かれたが、実用的な技が多く載っている。
「兄上の……!ありがとうございます! これで技をもっと学びますから、また稽古しましょう!」
「ああ。私も鍛錬せねばな」
目を輝かせて書物に見入る弟の姿に、オーウェンは心が温かくなるのを感じた。
長い間止まっていた兄弟の時間を、ようやく動き出させた二人の王子を祝福するかのように、群青色の夜空には満天の星が瞬いていた。
二人の王子は久々にそれぞれの学校から王城に帰参した。一通りの挨拶や儀式の準備を終える頃には、既に日は沈み、空は群青色に染まっていた。
アスターは自室のベッドに寝転びながら、白い天井を眺めていた。食事を済ませた後はこれといった用事もなく、一人の時間を持て余していた。
(兄上は、どうしておられるかな)
オーウェンが珍しく同じ城にいると思うと、何だかそわそわして落ち着かない気持ちになる。
アスターには、兄と過ごした記憶があまりない。
幼いオーウェンが体調を崩せば、生活も遊びも全て分けられた。あの事件が起きると、兄弟は一層引き離され、別の学校に入学した。
(僕は寂しかったのかもしれない)
滅多に会わない兄の様子が気になって、自分のことを伝えたいと思ってしまうのだから。
アスターはベッドから起き上がると、自室から廊下に出た。行き先は言うまでもない。足取りは自然と軽やかになった。やはり、じっとしているのは性に合わない。
(考えすぎず心のままに動けるところがアスターの良さだって、昔兄上にも言われた)
目的の部屋の前に立ったアスターは扉をノックした。
すぐに中から返事があったので、勢い良く扉を開けた。
「兄上!!」
「どうした。こんな時間に」
「勿論、兄上に会いにきたんですよ。食事の間だけでは全く話し足りませんから」
何となく予想していた通り、オーウェンは机で本を広げていた。弟の思いがけない来訪に初めは驚いていたものの、快く入室を許してくれた。
アスターはすたすたと机に近づくと、オーウェンが読もうとしていた本に目を留めた。
「あっ、その本は僕でも知っていますよ。有名な悲恋ものですよね。兄上もこんな物語を読まれる日が」
「詳しい友人に薦められただけだ」
オーウェンは淡々と答え、本を閉じると裏返して置いた。
いつもは訊かれなくても、内容を教えてくれるのに。素っ気ない物言いが、むしろあやしい。
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「興味がおありでしたとは。いやあ、兄上に想われるとしたら、どんなに素晴らしい方でしょう。僕も早くお目にかかりたいものです」
「だから違うと」
一向に聞く耳を持たず、うっとりと目を閉じる弟の様子に、オーウェンはわざとらしく咳払いをした。
「アスターこそ、どうなんだ、文通相手とは」
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「気が合ったのか」
「その、何といいますか……」
やや強引に話をはぐらかされている気がするものの、アスターは大人しく答えてしまう。
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「特別な存在なのか」
「それは、認めます。返事を待つ間は何も手につかない時もありますし。先のことは分かりませんが……」
話を聞いていたオーウェンは、何を考えていたのか、机上を見つめながらしばらく黙り込んでいた。これから王太子として重責を担っていく彼には、口には出さない思いや悩みがどれほどあるのだろうか。
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「ありがとう、私も同じだ ――今日は久々にアスターに本を渡そうと思っていたんだ。随分迷ったが」
オーウェンは机に置いていた剣術書を差し出した。古くに書かれたが、実用的な技が多く載っている。
「兄上の……!ありがとうございます! これで技をもっと学びますから、また稽古しましょう!」
「ああ。私も鍛錬せねばな」
目を輝かせて書物に見入る弟の姿に、オーウェンは心が温かくなるのを感じた。
長い間止まっていた兄弟の時間を、ようやく動き出させた二人の王子を祝福するかのように、群青色の夜空には満天の星が瞬いていた。
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