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「――持って行く荷物は、これで全部かしら」

「問題ないわ。何だかここに来た日を思い出すわね」

セリアは懐かしそうに、自分が過ごしてきた部屋を見回した。彼女にとっては、聖女の務めが終わるその日まで、この瞬間も俗世で過ごす最後の時。


昨日は授業がなかったため、寮の談話室で「お別れ会」が催された。3年生が集まり、歌や踊りや、様々な遊びで大いに盛り上がった。
皆が心を尽くした餞の品を一つ一つ手に取りつつ、セリアは目頭を押さえていた。
談話室にはオーウェンも姿を見せ、話の輪には加わらなかったものの、楽しむ皆を穏やかに眺めていた。

また、先生も大目に見てくれたのか見回りはなく、アンジェラたちは自室で夜通し語らったのだった。


夜明け前に荷造りを終えたセリアの様子を、ハンナはじっと見つめていた。今にも泣き出しそうな面持ちで。
アンジェラは努めて明るい声を出した。

「いけない、すっかり忘れていたわ。昨日セリアが言っていたけど、聖女として名乗る新しい名前、まだ決めていないのよね?  あれを聞いて、私も考えてみたの――セレスティア、なんて名前はどうかしら」

セリアはまず、目をぱちぱちと瞬いた。両手をついて身を乗り出したかと思うと、花が開いたような笑みを満面に浮かべた。
普通の少女がするような気取ったところのない仕草に、アンジェラとハンナは心が和らいだ。

「セレスティア……!いいわ、とても……素敵。初めてしっくりくる名前に出会えた。私、この名前にするわ! ありがとう、お礼になるか分からないけど」

彼女は鞄から1枚の小さな絵を取り出した。
描かれているのは――

「ハンナと約束していた、私の絵よ」

アンジェラが受け取った絵の中で、セリアは淡い色の海を背景に微笑んでいた。

「私の方こそ、ありがとう。独りだった私の側にいてくれたあなたを、最後に喜ばせられて良かったわ。これでいつでも思い出せるわね、セリアのことを……本当に綺麗な絵」

「帰国が決まってから頼まれて描いたので、それは急ぎましたよ……アンジェラさんに贈るんですね」

「もともとそのつもりだったわ。ハンナには、これを」

目元を拭っていたハンナの方を向いて、セリアは瑠璃色の細長い箱を取り出すと、蓋の金具をパチンと外して渡した。

「わあ……!」

箱に入っていたのは、絵筆。艶やかな軸や滑らかな毛は、一目で上質なものと分かる。

「魔獣の毛が使われているの。絵の具は良く含むし、長く使えるわ」

「ありがとうございます! ずっと、大切にします」

セリアは頷いて、ずっと、と繰り返した。そして二人の親友に歩み寄り、抱擁した。アンジェラとハンナも迷わず抱擁を返す。セリアは言った。

「私たちはずっと、お友達よ」

自分に言い聞かせているようでもあった。僅かに見えたセリアの口元はわなないていたが、やがて優しい微笑みに変わった。

「また、会いましょう」

誰からともなく三人で言い合った。

この朝、セリアはクインス校に別れを告げた。
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