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剣術大会の翌日。授業を終えたアンジェラとセリアは、自室で試験に向けて勉強に励んでいた。

アンジェラはセリアに、昨日知ったオーウェンの過去について話していなかった。
信頼のおける友人であっても、オーウェンがこちらを信用して聞かせてくれたことを黙って教えてしまうのは、失礼だと思ったからだ。 

彼女の方も、あれこれ詮索してくるようなこともなく――今は数学の問題と格闘している。故郷ラパルマンでは、数学を勉強する機会があまり無かったという。

「ちょっとした、星とか植物の呼び方の違いは気合いで覚え直したけど、こればっかりは自分で勉強しないといけないもの。まあ、留学は自分の世界を広げるためでもあるからね」

「楽しんでやっていくのが一番よ。その問題なら、上の数字を下のと合わせて、表に書き入れると、ええと」

「ありがとう、アンジェラ。やっぱりスミス先生に質問に行くから、大丈夫よ」

「……その方が良さそうね」

寮を出た二人は校舎へ向かった。途中の道で、アンジェラは見覚えのある女子生徒が一人、ベンチに座り遠くを眺めているのを見つけた。そっと歩み寄り、声をかけてみる。

「マルサスさん、辛そうだけど、具合でも良くないの?」

「ディライトさん」 

ハンナはこちらを見ると、目を丸くした。
アンジェラが彼女と話すのは、新学期の歴史学の授業以来だ。今はその時の印象よりもいくらか疲れた様子だった。

「最近、あまり眠れていなくて。私、ジャネット・ディランさんと同じ部屋なんです。四人部屋の、他の二人は彼女と仲がいいし夜も賑やかだけど、私はそうじゃないので……」 

「それは、大変ね」

セリアも横で頷いた。確かに、ジャネットと同じ部屋というのは苦労が多そうだ。夜も騒がしくては碌に休めたものではないだろう。

「三人が部屋にいる時は居心地が悪いので、図書館で勉強する息抜きに、お花の絵を」

そう言ってハンナは、手にしていた紙を見せた。そこには可憐なスミレの花がほころんでいた。

「素敵。鉛筆で描かれているのに、色がついて見えるわ」

「愛らしいわね。あなた、いつもこうしてお花の絵を描いているの?」

「は、はい。寮に入る前は、家族を描いたりもしてましたけど、今は描く人もいなくて」

「そう。もし気が向いたら、今度私の絵を描いてくれると嬉しいわ」

「わ、私なんかで、よければ」

セリアの提案に応じて、ハンナは恥ずかしげに微笑んだ。

「ところで、どうしてお二人は、この時間に校舎へ?」

「スミス先生に質問しようと思って」

この問題なんだけど、と言ってセリアは教科書をハンナに開いて見せた。

「なるほど……確かに複雑な計算が必要ですね。でも、ここに着目すると」

教科書を見ながら、ハンナは理路整然と解法を説明してみせた。その分かりやすさに二人は目を見張った。

「マルサスさん、絵だけじゃなくて数学も得意だなんて、知らなかったわ」

「小さい頃、父の会計の仕事を見て、数字に興味が湧いただけです」

「解説もすごく丁寧ね。私でも理解できたし。お陰で助かったわ。何かお礼をしなくちゃ」

「そ、それなら、今日の夕ご飯、一緒にどうですか? 私、学校に友達があまりいなくて。最近は一人で食べてたんです。お二人と一緒なら、楽しいかなと……」

以前のアンジェラと、同じだ。自分の意思でない孤独がどれほど心を蝕むのかは、痛いほど分かる。アンジェラは自然とハンナの手を取っていた。

「もちろん。楽しくないはずないわ。私もハンナさんのこと、もっと知りたいもの。ね?セリア」

「ええ。大食堂が開くまで時間があるし、私の国のお茶を分けてあげるわ。夕食前に一緒に頂きましょう。きっと良く眠れるはずよ」

「ありがとう、ございます……!」

潤んだ目をしばたたいて、ハンナは自身が描いていたスミレのように顔をほころばせた。
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