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儀式を巡る対話
永和が書庫で見つけた「契りの儀式」の巻物は、二人の関係をさらに深める鍵となる重要な存在だった。文月は巻物を見つめながら、しばらく黙った後、静かに口を開いた。

「この巻物は、山神が私をあやかしに変えたときに残したものだ。百年間、私はこれを開くことさえしなかった」

永和は驚きながら問いかける。
「どうして? 呪いを解く方法が書かれているのに、見ようとしなかったの?」

文月の琥珀色の瞳が揺れる。彼の声には、深い後悔と諦めが込められていた。
「それは……恐れだ。もし儀式が失敗すれば、私はさらに酷い罰を受けるかもしれない。それに、人間に手伝わせるわけにはいかない。儀式には、人間の命が関わるからな」

永和の心臓が大きく跳ねた。儀式に伴う代償について、彼はすでに知っているようだった。

「でも、文月さん。百年も孤独に耐えてきたのよね? その痛みをこれ以上引きずる必要はないわ。私が手伝う。もし代償が必要だとしても、私は構わない」

永和の真っ直ぐな視線を受け止めながら、文月は苦しそうに眉を寄せる。

「お前は本当に愚かだな。私のために、自分の命を賭ける必要などない。それに……私はもう、人間としての幸せを求めてはいない」

「本当にそう思っているの?」

永和の問いに、文月は何も言えなかった。彼の瞳の奥には、寂しさや孤独だけでなく、どこか救いを求める気持ちが隠れているように見えた。

文月の秘密の庭
その夜、永和は文月の案内で屋敷の中庭に入った。そこは驚くほど美しい場所だった。月明かりに照らされた庭には、まるで星屑のように輝く白い花々が咲き誇っていた。

「この庭は……?」

「ここは、私が唯一心を休められる場所だ。この花は“月華”と呼ばれる特別な花で、山神の力を受けて咲いている。触れれば人間には毒となるが、その美しさに誰もが惹かれる」

永和は慎重にその花を見つめながら問いかけた。
「これも、山神が作り出したものなの?」

「そうだ。山神が私をこの姿に変えるとき、この花を私の象徴として与えた。美しいが、誰も近づけない存在――私そのものだ」

文月の言葉に永和の胸が締め付けられた。この庭の花々は、文月が抱えてきた孤独や痛みそのもののように感じられた。

永和はそっと膝をつき、月華の花を見つめた。
「たしかに、この花には毒があるのかもしれない。でも、それでも私はこの花が好きよ。だって、あなたの優しさや美しさを感じるもの」

その言葉に文月は驚いたように永和を見つめた。そして、初めて本当の笑みを浮かべる。

「君は、本当に変わっているな。普通の人間なら恐れるはずなのに……」

永和は微笑みながら答えた。
「だって、あなたを恐れる理由なんてないもの」

その一言が、文月の心に小さな光を灯した。

儀式の準備
翌朝、永和は儀式を行うことを提案した。
「文月さん、やっぱり儀式を試してみましょう。あなたの呪いを解くことができれば、もっと自由になれるはずよ」

文月はしばらく考え込んでいたが、最終的に頷いた。
「分かった。ただし、私の指示に従うこと。絶対に無理はしないと約束してくれ」

永和は笑顔で頷いた。
「約束するわ」

二人は巻物に記された指示をもとに、儀式の準備を始める。特定の薬草を集め、供物を用意し、満月の夜に行うための祭壇を庭に設置した。

準備を進める中で、二人の距離はさらに近づいていった。永和が文月のそばで手伝いをするたびに、文月の冷たかった態度は徐々に柔らかくなっていった。

「文月さん、私、あなたを救えるのが嬉しいの」

「救えるかどうかは分からない。だが、君がここにいてくれるだけで、私は十分に救われている」

その言葉に永和は少し赤くなりながら微笑んだ。

満月の夜に向けて
満月の夜が近づくにつれ、永和は儀式への期待と不安を抱えていた。一方で、文月もまた、儀式に伴うリスクが永和に及ぶことを恐れていた。

「永和、もし儀式が失敗したらどうする?」

「そんなの考えないわ。文月さんを助ける。それだけよ」

永和の強い意志を前に、文月はそれ以上何も言えなかった。ただ、彼女の手を握りしめることで、自分の不安を抑え込むしかなかった。
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