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母だった人
しおりを挟む土曜日の午後3時、隼ちゃん御用達の小料理屋に、本田家の3人、慎吾、西山、雄大が集まった。
お店は貸切にしてくれたようで、他のお客は一人もいない。
「貸し切りってのが、あの人、特別感があって、好きなんだよ。自分は特別って思ってるから。」
そう言ったのは隼ちゃん。
確かに好きそうだ。
「さあ、そろそろスタンバイしようか。」
カメラはもうセットしてあり、隣りの部屋で、モニタリング出来るようにしてある。
モニターには親父と隼ちゃんは座敷でまったりしている。
音声もちゃんと拾っている。
パソコン2台に親父と隼ちゃんが映っている。
俺達4人はイヤホンを片耳ずつはめる。
準備は整った。
後は母親を待つだけだ。
慎吾達には予め親父達の事は説明した。
昔、慎吾に起こったような事を母親にされて俺を身籠った事を聞いて、3人は“うへぇ”って顔をした。
約束の午後3時の5分前、1人で母はやってきた。
薄いピンクのワンピースに薄手の白いカーディガンを羽織り、白いハンドバッグを持った母は、昔よく見た色使いで、何も変わっていない事が分かる。
カレーうどんもミートソースも食べれないような服が好きだった母。
俺の口周りが汚れるのも嫌がってたくらいだ。
店の女将さんの案内で、親父達が待つ部屋に来た母は、隼ちゃんを見つけ、顔を歪めて言った。
「宗さん、お久しぶり。あら貴方も来たの?相変わらず邪魔ね。」
「雅さんも変わりないようです。
相変わらず白とピンクを好むのは、お姫様に憧れる幼稚園児のようで、可愛らしいですね。」
と嫌味を言ったのは隼ちゃん。
「さっさと終わらせたいので、話しを進めましょう。
昨日、蓮の所に言ったそうですね、離婚する際に蓮に近付かないと約束したのを忘れましたか?」
「あら?私は蓮に会いに行ったんじゃないわ、荒川慎吾さんに会いに行ったのよ。」
「普通、会社員は平日家にはいない事も分からない非常識な方だったのを忘れていたよ、申し訳ない。
なら、どうして慎吾に会いに行ったのか教えてもらえるよね?」と父。
「あら、娘の友人の旦那様なのよ、それに息子の友人でもあるのですもの、私が荒川さんに会いに行っても何も問題ないと思うのだけれど?」
「君は何も関係ないよね?夫婦間の事なんだから。君が慎吾に会って何を話すの?伝えてあげるから言ってもらえる?何を慎吾に言おうと思ったの?」
親父は無表情で母に問い詰める。
「子供を放ってるって聞いたから一度美咲さんに会ってお話ししても良いんじゃないのと思ったから会いに行ったのよ。何がいけないかしら?」
「雅さんは本当に話しを理解出来ない人ですね、夫婦間の問題に他人が割り込むなと宗は言ったんですよ、聞き取れませんでした?お年を召されたから耳の調子が良くないようだ。」
隼ちゃんの嫌味は止まらない。
「貴方こそ関係ないのではなくて?」
イライラしてきた母。
「君は周りを不愉快にさせる天才だよね。
慎吾もそんな事他人に言われたら、余計なお世話だって思うよ。
“貴方には関係ありません”で会話は終了すると思うけど、君、その後何て言うつもりなの?俺が慎吾だと思って、話してくれる?」
親父の返しに、
「貴方は宗さんですもの、荒川さんだとは思えないわ。でも、息子とお付き合いしていたようだけど、結局は女性を選んだのなら最後まで責任持ったらどうなの、とは言うかしら。」
ツンとして答えた母。
次のターンは隼ちゃん。
「面白い事を言うね、雅さん。
佐藤美咲を唆して慎吾に托卵させたのは貴方でしょ?慎吾が選んだんじゃない。
慎吾は嵌められただけだ、宗みたいにね。」
隼ちゃんの言葉に慎吾が目を瞠る。
「はあ⁉︎貴方、何の証拠があってそんな事言うのかしら?失礼よ!」
「だって貴方がした事とそっくりだったので、てっきり教えてあげたのかと思いましたよ、雅さん、佐藤美咲とよく会ってたらしいじゃないですか、銀座のお店で。
そのお店、実は私の店なんです。
従業員が教えてくれましたよ、山口の社長の奥様が若い女性の方とよく来店されますって。義理の娘さんを連れてくるのは分かるんですけど、どうしてあのタイミングで佐藤美咲と頻繁に会っていたんですか?気になって気になって仕方ないんですけど、教えて頂けますか?」
隼ちゃん高級レストランのオーナーさんなんだぁ…とこちらの4人が感心していると、
「・・・近くのスポーツジムの会員なのよ、私達。だから帰りに寄っただけなのに、私が嫌いだからって言いがかりはやめてほしいわ!」
「ああ、あそこのスポーツジムは友人が経営しててね、私も宗も会員なんだ。
宗の友人でもあるんだけど、一度も君の事は言われた事がないな~。だって宗の元奥さんが来たら連絡が来るから。
元奥さんが来たから今は来ないでって。
だから調べれば分かるよ、いつジムに行って、その後レストランに行ったのか。」
「仲良しになったらレストランに行く事もあるでしょ?ジム帰りではなくレストランに行く事もあるわ。」
段々言い訳が怪しくなってきた母。
「君は精神年齢が低いから、若い子とも話しが合うのかもしれないけど、どんな話しをしたのか僕に教えてくれる?…雅。」
突然親父が母を名前呼びした!
「宗さん・・・。
私、蓮が心配だったのよ!だから蓮にはちゃんとした方とお付き合いして欲しかったの!それは本当よ!
だって蓮は私と宗さんの子供だもの、心配するのは当たり前でしょ?
だからもう男の人とお付き合いするのは満足しただろうけど、優しい子だから別れられないんだろうと思って、少しだけ教えてあげただけよ。」
急にマダム口調から、昔、親父に縋っていた頃の口調に変わった母は、親父と隼ちゃんの誘導尋問にとうとう引っかかった。
「雅、その子になんて言ったの?僕に全部教えてくれるよね?」
「違うのよ、宗さん!決して蓮を苦しめようとは思わなかったのよ!
ただ蓮にいつまでもくっついてる浮気男を蓮から離したかっただけなの!
だって酷いのよ、あの男!蓮がいるのに、バイト先が変わる度、女を作ってたのよ!
私、態々見に行ったんだから!
発情期の猿より酷いわ、あの男!どのバイトにもよ!私の蓮をどれだけ苦しめたか!
だから・・・・」
酷い言われようの慎吾は置いといて、母の言いようが、まるで俺を思っての行動のように話していることに驚いた。
「だから、何?雅」
親父の追求の手は緩まない。
「だから・・・教えてあげたの…どうしても手に入れたい人とセックスする方法を…。
娘に聞いたの…美咲さん…蓮の恋人の荒川さんと結婚したいらしいって…。
だから美咲さんと荒川さんが結婚したら蓮は解放されると思って…私…」
ポロポロ涙を溢す姿は息子を思う母親だが、俺から見たら余計なお世話だって話しだ。
「蓮を心配してって言ってるけど、一番蓮が傷付く事したよね?その事に気付かない貴方じゃないって俺は知ってる。
だって俺を傷付けようと思って、宗と無理矢理寝たんだものね、雅さんは。
今更、息子思いの母親の演技をしたって俺達には通用しないんだけど。」
俺達4人が『え⁉︎』って声は出さなかったが、そう思った顔をして見合わせた。
「あの頃、どんなに宗が貴方を拒否しても諦めないあんたは、大学卒業前の大人数飲み会で、宗に薬盛ったよね?それもバレない様に少しずつ何回も。
だいぶ必死だったんだろうね。
その後誰を使ったのか、どうにか寝込んだ宗をタクシーに乗せて自分の部屋に連れ込んで宗の種を腹に仕込んだんだよね?
犯罪だよ、酩酊状態にして性行為に及んだんだもの、準強姦罪が適用されるんだよ、本来は。
でもあの時、宗はショックでこの事を誰にも知られたくなかった。
俺が入る弁護士事務所に相談しようって言っても嫌だって泣いたんだ。
あんなに泣いた宗は見た事ないよ、悔しいって泣いてる宗をあんたは見てないだろ!
振り向かない宗が気に入らないから執着しているだけ。
蓮も思い通りにならないから気に入らないだけ。
そこにあんたの愛情は欠片もない。
今の旦那は、金だけの繋がり。
反論出来んのか、ストーカー!今度こそ訴えんぞ!」
あーあ、隼ちゃんキレちゃった。
「あんたこそいつまでもいつまでも宗さんにくっ付いてんじゃないわよ!
やれるもんならやってみなさいよ!証拠も何もないくせに、適当な事言ってんじゃないわよ!」
母もキレた。
「そう、分かったよ、雅。次会う時は裁判所かな?俺はもう君の旦那じゃない。とことん戦うよ、覚悟して。
蓮に、蓮と慎吾に手を出そうものなら、君の旦那さんにも相談しようかな。」
そう言う親父に母が、
「違うの、宗さん、売り言葉に買い言葉で言っただけよ。この人はいつも私を挑発してくるのよ。だから宗さん、そんな私が悪いように言わないで!」
とお得意の泣き真似で縋っている。
「隼也、山口さんはお帰りのようだ。女将さんにタクシー呼んでもらって。
山口さん、また連絡する事もあるかと思いますので、その時はよろしくお願いします。」
バッサリ母の言葉をぶった斬った親父は早々にお帰り願った。
隼ちゃんに引きずられていった母は、部屋を出ても親父を呼んでいた。
気持ち悪い・・・・
隣りの部屋で聞いていた俺達は、なんとも言えない空気感の中、一言も話すことなくしばらく呆然としていた。
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