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愛人を愛する男の妻
しおりを挟む初めて会った時に好きになった。
背が高くて、髪を後ろに撫で付け、整った顔で眩しい笑顔で挨拶した伊藤拓也に一目惚れした。
たくさんパーティーに出たが、今まで会った事がなかった。
拓也の父親の会社は、父の会社と取引しているわけではなかったが、父の会社と取り引きしている会社の本社ビル移転パーティーに招待されて次期社長として父親と出席していた。
拓也は挨拶を済ませると、すぐに行ってしまったが、私はずっと見ていた。
「なんだ、里奈、彼が気になるのか?」
とお父様が聞いてきたから、
「あんな素敵な人と結婚出来たら幸せね」と答えた。
本当にそう思った。
毎日あんな素敵な笑顔で“里奈、おはよう”とベッドの上で挨拶されたらうっとりしちゃうと思った。
だからお父様に、婚約者にして欲しいと頼んだ、何も考えずに。
だって断られるなんて考えていなかったし、お父様がそんな事をしてまで、拓也と結婚させるだなんて思っていなかったから。
お父様に頼んでかなり経ってから婚約出来た時も何も考えていなかった。
ただ喜んでいた。
拓也が我が家に来て、お母様に笑顔で挨拶した時も、拓也が私を憎んでいるなんてこれっぽっちも思わなかったし、何も言ってもニコニコしていた。
今思えば、そうしていないと耐えられなかったんだろう。
最愛の恋人と無理矢理別れさせられ、好きでもない、逆に憎んでいる相手のドレスの事なんて聞きたくはなかっただろう。
だからただニコニコしていた拓也。
どうしておかしいと思わなかったんだろう。
手すら握る事もなく、キスなんてする訳もなく、焦ったくも思っていた自分は今思えばバカみたいだ。
そういえば名前すら呼ばれた事がない。
今の今まで気付かなかった。
呼ばれたのは別の人の名前。
結婚式で聞いた婚約となった経緯は、私をどん底に落とした。
愛されるわけなんかない。
それでも結婚してしまったんだ、これから好きになってもらおう、そう思って初夜を迎えた。
案の定拓也の股間のものは私が裸になっても大きくはならなかった。
だから処女でもない私は拓也のモノをしゃぶった。大きくなった事に歓喜した。
拓也はおざなりに私を抱いた後、すぐシャワーを浴びるとベッドを出た。
だったら一緒に入ろうと言った時の拓也の顔は忘れられない。
唇を噛み、顔を歪ませた拓也は目を合わす事もなく、一人で浴びさせてくれと言った。
涙が出た。
一刻も早くシャワーを浴びたいほど私との行為は嫌だったのかと、涙が止まらなかった。
私の泣き顔を見たら、罪悪感で優しくしてくれるかもと思ったが、全く私を見ずにグラスにお酒を注いでいた。
私はお風呂場に入ると、シャワーを浴びて泣いた。
お風呂から出ると、シーツが汚れたから別の部屋で寝ようと言われ部屋に入ると、ツインルームだった。
さすがに初夜だから一緒に寝たいと言ったが、疲れたからと拓也は寝てしまった。
私は眠れる訳もなく朝方まで起きていたが、いつの間にか眠っていた。
拓也は起きてコーヒーを飲んでいた。
私の分はなかった。
二人で朝食をルームサービスで頼み、無言で食べた。
この時には私は拓也が私をどう思っているのか把握出来たので、無理に愛想は振り撒かなかった。
ほんの少しでも、私に対して可哀想かなと思ってくれるんじゃないかと期待していたのもあったが、新居に着いて家政婦さんの顔を見て、ホッとしていた拓也を見て諦めた。
それからはほぼ仕事ばかりしていた拓也は、朝食も夕食も家では食べない。
私が寝るのを待って帰ってきているようだ。
朝は私が起きる前に家を出る。
余程会いたくないのだろう。
それでも夫婦揃って出席しなければならない催し事はある。
二人で笑顔の仮面を貼り付け、挨拶して回る姿に笑えてくる。
たまに会う友人は、
「素敵な旦那様で羨ましいわ」と皆が言う。
私もそう思っていた。
どんなに素敵だろうと。
でも、その笑顔すら私には向けてくれない。
いっそお父様に言って、叱ってもらおうかと思ったが、やめた。
その時だけの謝罪をし、顔を歪めながら私の相手をするだけだ。
お父様に、どうしてそんな事をしたのと問い正しかったが、言ったらまた拓也のお父様の会社を冷遇すると思い、それもやめた。
私はどうすれば良いんだろう・・・。
そして相手の女性はどうしているんだろう・・
そんな考えをしていた頃、拓也が会社で倒れたと知らせがきた。
倒れたが、ただの過労だから1日病院で休ませれば大丈夫だろうとの事だったので、私が行けば逆に休めないだろうと思い、病院には行かなかった。
それからだった。
何か拓也は変わった。
何処がかは分からない。
気持ちに余裕があるような、前ほどピリピリしたものがなくなった感じがした。
なんだろう・・・。
女?
それからは疑心暗鬼になった。
拓也は外泊する事もなかったし、今までのように深夜帰ってくるが、香水臭いわけでもない。
ただ、うちで使っているシャンプーやソープの匂いが濃いだけ。
うちで使っているものだから、香っても不思議ではないが、朝より香りが濃くなる事などないだろう。
ならば考えられるのは一つ、女がいる。
用心深く同じ物を使っているんだろうけど、シャワーを浴びれば香りも濃くなるのなんて考えれば分かる事だ。
敢えてなのか?
最愛の人と別れて、妻もいるのに他に女を作るってどうなんだろうか。
だったら私でも良いじゃない!
だから拓也を待ち構え、ベッドに押し倒した。
しゃぶっても、擦っても勃たないから、私の股間を擦り付けたが、自分が気持ち良くなってイっただけだった。
拓也は私がイッたのを確認してからシャワーを浴びて、家を出て行った。
悔しい。
なんで私がこんなに惨めにならなきゃならないの!
こんなの今まで一度もなかった。
みんな私に傅いた。
可愛い、綺麗だと褒め称えた。
拓也は一度も褒めた事がない。
婚約中すらなかった。
この頃から私はおかしくなってたんだろう。
何がなんでも拓也に抱かれようと毎日考えた。
意識があると絶対勃たないだろう。
眠っている時に触った時は、反応した。
すぐに起きて出て行ったが。
だから学生時代の友達に聞いたやり方で拓也を酔わせた。
パーティーに二人で出席した時、拓也には気付かれないようにグラスのお酒に細工した。
すると、拓也はすぐに酔っ払って、パーティー会場のホテルに部屋を取り、拓也を運んでもらった。
ベッドの上で爆睡している拓也。
服をなんとか脱がせても起きる気配はなかった。
段々興奮していた私の下半身は濡れてビシャビシャになっていた。
拓也のモノを握り扱くと、すぐ大きくなった。口に咥えると硬さが増した。
跨って、それを私の中へ入れると拓也は、
「可菜・・・」と私ではない名前を呼んだ。
何度も“可菜”と呼びながら、私の腰を持ち、下から私を突き上げた。
拓也は射精すると、また眠ってしまった。
私は泣いていた。
何やってるんだろう…私…。
もう疲れた・・・
一年経ったら離婚しよう…
そう決めた。
それから2ヶ月後、生理が来ていない事に気付いた。
拓也が抱いたあの時に私は妊娠したのだ。
拓也には言えない。
言ったらきっとキレるだろう。
だって寝込みを襲ったのは私だ。
拓也はいつでも離婚出来るように私に手を出さないんだろうに、私が妊娠したと言っても聞いてもくれないだろう。
でも、妊娠検査薬は陽性だった。
病院に行くのは怖い。
街の産婦人科には行きたくなかった。
幸せな妊婦がたくさんいるそんな場所に行きたくなかったから、大きな病院に行った。
大きな病院であれば妊婦だけではないと思ったから。
診断結果は妊娠2ヶ月。
これからどうすればいいのかと病院の中庭に出ようとした時、見覚えのある人が視界に入った。
見た事もないような笑顔で、手作りのお弁当を女性とベンチに座り、食べている拓也がいた。
まさか私がいるなど思っていない拓也は、幸せそうにお弁当を食べている。
隣りの女性は白衣を着ているから、ここの医者なのかもしれない。
肩までの長さの髪を一つに縛っているが、綺麗な人だった。
二人が並べば、さぞお似合いだろう。
そうかこの人が拓也の最愛の人なのかと合点がいった。
完食した拓也は、手を合わせ“ご馳走様”というと、軽く彼女を抱きしめてから立ち上がってその場を離れていった。
何度も振り返り、手を振る拓也は寂しそうだが、幸せそうでもあった。
私は中庭に出て、その場から少し離れた所で彼女を見ていた。
拓也を見送った彼女は、こちらに向かって歩いてくる。
私は視線を外し、彼女に背中を向けてゆっくり歩き出した。
館内に入った頃を見計らって後を追った。
名前を知りたかった。
この人が“可菜”なんだろうか…それを確認したかった。
離れて後を付いていくと、「高橋先生ー!」と看護師の人がその人を呼んだ。
“高橋”
私は病院の中の各階の診察室の担当医の名前を見て回って、ようやく見つけた。
“整形外科 高橋可菜”
やっぱりこの人なんだ。
その日はどう家に帰ったのか覚えていない。
拓也が帰ってきたのは分かったが、私は何も言えなかった。
何日も考えて、興信所を訪ねた。
鈴代可菜について調べてほしいと。
すぐに分かった。
住んでるマンションは拓也がいる会社のすぐ近くだった。
拓也はほぼ毎日定時で仕事を終わらせ、可菜さんのマンションに行っていた。
可菜さんは、夜勤もあるので毎晩会ってる訳ではないらしい。
だから昼休みにでも拓也は病院に来ていたのだろう。
そしてマンションで二人、愛し合っているのだろう。
そう・・そうね・・・愛し合ってる二人を引き裂いたのは私だもの。
私はそのマンションを見上げていた。
このマンションの10階に彼女の拓也の愛の巣はあるんだそうだ。
行こうか?
行ってしまおうか?
ボォーっと立ち尽くしていると、一瞬クラっとふらついた。
「大丈夫ですか⁉︎」と駆け寄り、支えてくれた人がいた。
「ありがとうございます…大丈夫です」
とお礼を言い、顔を見たら、
“鈴代可菜”だった。
私よりも10cmは背が高い綺麗なその人は、心配気に私の顔を見ていた。
「大丈夫…ですか?タクシーを呼びますか?お知り合いが近くにいるのであれば、そちらで休まれては?」
「知り合い・・というか…私、伊藤理奈です…。
伊藤拓也の妻です…」
ハッと息を飲み、目を見開く彼女は、そんな顔も綺麗だった。
「申し訳ございません、私に会いに来られたんですね・・。
マンションの一階にカフェがあります。そちらで構いませんか?」
「はい…」
本当は部屋に行きたかった。
でも、拓也が彼女とその部屋で何をしているのかが生々しく分かってしまいそうで、怖くて言えなかった。
二人でカフェの奥の半地下なような場所の席に座った。
「この場所って、意外と人気があるんですよ。秘密基地みたいで。」
と顔色の悪い私を気遣い、他愛もない話しをする彼女は、優しい人なんだろう。
愛する人を奪われ、名前だけであっても、私は拓也の“妻”なのだから、会いたくなどない相手だ。
ほんの少し前まで愛し愛されていた二人が今じゃ、浮気した旦那と不倫相手になってしまった。
そして私は二人を邪魔した無知なお嬢様。
何を言おうか…。
じゃあ…
「私、妊娠したんです。妊娠2ヶ月です。
拓也とは初夜の時と、お酒に薬を盛って寝込みを襲った時の二回しかやってません。
進んで拓也が私を抱いた事は一度もありません。
本当は離婚しようと思っていました。
ですが、妊娠してしまいました。
正直どうしていいのか分からない…。
でも、私は、本当に、貴方達の事を知らなかったの・・・。
大切な人がいるなんて思いつかなかったの・・・。
お父様が拓也のお父様の会社に圧力をかけるなんて思わなかったの…。
何も知らなくて・・・結婚式の日に拓也とお友達が話しているのを聞いて初めて知って・・・私・・」
拓也に言えなかった事を、初めて会った可菜さんにぶちまけてしまった私は、その後はただ泣いていた。
可菜さんは私を罵る事も、慰める事もしなかったが、
「お腹に赤ちゃんがいるのなら、身体を大事にして下さい。
マンションのクロークでタクシーを呼べますから、お呼びしますね。
タクシーが着いたら知らせてもらいますから。
今日はわざわざお越し下さり、申し訳ございませんでした。
お二人でよく話し合って下さい。」
そう言うと伝票を持ち、カフェを出て行った。
可菜さんはタクシーを呼んでくれていたので、タクシーに乗ったが、近くの駅で降ろしてもらい、時間を潰した。
拓也は定時で仕事を終わらせ、あのマンションにおそらく向かう。
だから私はマンションの入り口の近くでずっと待った。
予想通り拓也はマンションに来た。
私を見つけた拓也は、驚いた後、射殺さんばかりに私を睨んだ。
だから、私も負けずに睨んで言ってやった。
「おかえり、拓也」
そして妊娠した事を告げた。
それからは殺気立った拓也にタクシーに乗せられ、二人で自宅マンションに帰った。
私の妊娠を信じていない拓也に種明かしをした。
それからは溜まっていた私やお父様への恨み辛みを拓也は私に投げつけた。
離婚しようと言われるのかと思っていたが、そうは言わなかった。
ただ私を恨み続けると言う事は分かった。
子供は可愛がるが、母親の私は放置されるらしい。
子供はそれを見てどう思うのだろう。
どんな子供に育つのだろう。
子供は幸せになれるんだろうか。
私は耐えられるんだろうか。
どんなに謝っても許してはもらえない。
泣いても抱き起こしてはくれない。
そして、泣き崩れた私を置いて、拓也は出て行った。
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