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執着
しおりを挟む馬を走らせ実家へと急いだ。
一刻も早くシシーの所へ帰りたいから。
実家に着き、馬を門番に頼み、邸へ入った。
父の執務室へ行き、引っ越しの事を話した。
「何があった?」
言いたくなかったが、信頼している父に聞いてもらいたいとも思った。
媚薬を盛られた事。
シシーにそれを見られた事をざっと説明した。
微かに握った拳が震えているのに気付いた父は、立ち上がり俺の側に来て、
「ブライアン、男だから傷付かないなんて俺は思わない。
辛かったら私を頼れ。友人には言えなくても男親になら言えるだろう?
辛い事があったらここに来なさい。
シシリーに見られた事、辛かったな。
シシリーは大丈夫なのか?」
「ありがとう、父さん。シシリーは大丈夫です。俺を支えてくれています。
自分も辛いのに俺を優先してくれる優しい人だと改めて実感しました。俺の唯一無二の存在です。」
「そうか、二人ともいつでも相談にのるから遠慮なく帰っておいで。」
「はい、父さん。」
「母さんの顔も見て行きなさい。」
「母さんに挨拶したら帰ります。シシリーが待っているので。」
執務室へ出て、母さんの部屋へ向かっている時、
「あら、ブライアン、久しぶりね。」
「義姉上、お久しぶりです。」
俺はこの人が嫌いだ。
俺に寄ってくる女性達と同じ匂いがする。
でも幼い時から兄の婚約者だったこの人は何かと俺に擦り寄ってきていた。
兄との婚約、結婚も反対だったが、兄はこの人と結婚した…俺の為に。
だからこの人が来てる時は部屋から出なかったし、会わなければならない時は母や兄から離れなかった。
学生の時は寮に入り、長期休暇も数日過ごしてすぐ寮に戻ったし、
騎士団に入ってからは滅多に帰らなかった。
兄が結婚してからはさらに帰らなくなった。
「シシリーさんは今日はいないの?ようやく別れたのかしら?」
「それはどういう意味ですか?」
「フフ、私、知ってるわ。」
「何を知ってるんですか?」
「あの人、ブライアンを裏切ったでしょ?」
「は?何の事ですか?シシリーは俺を裏切ったりしません!」
「嘘よ、貴方以外の人とあの子寝たでしょ。」
「何を言ってるのかさっぱり分かりません。シシリーは任務から帰ってきてからずっと俺と一緒です!」
「嘘よ、あの子は貴方のとこの団長と寝たはずよ!」
「ハア?どうして団長とシシリーが一緒に寝なくちゃいけないんですか!
それにどうして貴方がそんな断定するような言い方をするのか、是非教えて頂きたい。」
「だって聞いたもの。」
「誰に何を?」
「本当にあの女と団長は寝てないの?」
「お前、何を知ってる。」
「あの、ごめんなさい、私の勘違いだったみたい。じゃあ、私は行くわ。」
「待て、話しは終わっていない!お前がカールを唆したのか!それとも何処かの令嬢か!」
「し、知らないわ!」
俺達の声を聞いた父と母が出てきた。
「どうした?何かあったのか?」
「ブライアン、どうしたの?大きな声が聞こえたわ。」
「すみません、少し義姉上から今関わってる事件について話しが聞きたいので、父さんの執務室をお借りしてもよろしいでしょうか?父さん、母さん、兄さんも同席して頂きたいです。」
「構わないが、ナタリアが事件に関わってるのか?」
「それは今から確認します。」
俺の唯ならぬ様子に父も母も戸惑っている。
四人で執務室に行くと、すぐに兄も執務室へ来た。
「ブライアン、どうした?何があった?」
「兄さん、すみません。今から義姉上を尋問させて下さい。」
「尋問?」
「はい、今から昨日あった事を説明します。出来れば他言無用でお願いしたいのですが、母さんもお願いします。父さんにはさっき説明しました。」
「分かった。」
「分かったわ。」
兄と母が了承してくれたので、昨日の事を説明した。
怒りが勝り、震える事なく説明出来た。
「ブライアン…」
母は泣き出してしまい、
兄は、厳しい顔をして黙っている。
おそらくこれから何が起きるのか分かっているのだろう。
「義姉上、貴方はどうしてシシリーが俺を裏切ると思ったのですか?それも団長が相手だと。」
「それは…だから勘違いだったと言ったでしょう。」
「だからどうして勘違いしたのですか?」
「それは…弟に聞いたのです…。弟がエドワード団長とシシリーさんが仮眠室に入ったと…。」
「いつ?」
「昨日です…」
「貴方の弟というとヤコブですね。いつも貴方はシシリーの事を報告させていたのですか?」
「いつもでは…。」
「改めて聞きます。シシリーは一番隊のリーダーです。団長の執務室に行く事は立場上多いのに、何故、団長とシシリーが仮眠室で情事に耽っていると思ったんですか?」
「それは…以前からエドワード様の執務室に出入りする事が多いと聞いていたので…。」
「ですから、今説明したように立場上、団長の執務室に行く事は当たり前なのに、どうして断定した言い方をしたのかと聞いているんです。貴方がカールに媚薬を渡したのですか?それとも私に懸想している令嬢に媚薬を渡したのですか?貴方が黒幕なんですか!」
「違うわ、私は渡していないわ!ただシシリーの部下とフランシスにシシリーに媚薬でも飲ませて浮気させればあの二人が別れて自分のものになるんじゃないのって教えただけよ!私は何もしてないわ!」
「貴様が唆したか!」
全部こいつが唆してたのか!
シシーに媚薬を飲ませたのはあの公爵令嬢で、カールが媚薬を盗んだのはこの女のせいだったのだ。
昔から嫌いだったが、心底この女が嫌いになった。
「ナタリア、今すぐこの家から出て行ってくれ。今まで我慢してきたが、顔も見たくない。お前とは離婚する。」
「嫌よ、どうして、私は何もしてないわ!」
「お前は昔からブライアンの事が好きだっただろう?シシリーの事も毛嫌いしていたのを知ってるぞ。このままでは弟夫婦に何をするか分からん!
今までは何をするか分からないから側でお前が弟に手を出さないようにと我慢して結婚までしたが、これ以上は無理だ。」
「私も裏表がある貴方が好きにはなれなかったわ。ニールとも本当は結婚なんかさせたくなかった。
でも貴方は小さい時からブライアンへ執着していて…。
ニールはブライアンを守る為にいつも貴方の側にいた。幼馴染みの情があったから一緒いれたんでしょうけど、もうその情もニールはなくなったみたいで安心したわ。
出ていく前に離婚の書類にサインはしてね。
拒否権はないのよ。
婚約する時の婚約誓約書に、ブライアンやブライアンの婚約者、妻に何かしらの危害を加えれば即座に婚約破棄、または離婚と記載されてるのを読まなかった?」
「そんな…私は何もしていないのに!」
「お前はれっきとした“教唆犯”だ!
直接手は出していないが、そうなるかもしれない、なればいいと思っての悪意からの行為だ。
犯罪にならないのならば俺がお前を正式に訴える。訴えられなかったとしてもお前をとことん追い詰める。
謝罪にも応じない。
示談にも応じない。
俺とシシリーの痛みはそんなものでは償えない!
俺が死ぬまでお前の事は許さない、いや死んでも許さない!」
「そんな…。私は小さな時からブライアンが好きなのよ、私達幼馴染みでしょ?あんなに仲が良かったじゃない!」
「俺も兄さんも仲が良いなんて思った事もない。俺の為に兄さんは好きでもないお前と結婚した。
申し訳なくて…謝りたくて…家に帰りたくて…。でもお前がいるから帰れなかった。
小さな時からお前の絡みつくような視線が大嫌いだった。触られると鳥肌が立った。
甘ったるい香水の匂いも大っ嫌いだった。
そんなお前と兄さんを結婚させてしまった自分も大っ嫌いだった。
自分が大っ嫌いでいつ死んでもいいと思っていた俺が、唯一死ぬまで一緒にいたいと思わせてくれたのがシシリーだ。
そのシシリーに、令嬢を使って酷い嫌がらせをさせ、媚薬を盛り、挙句に俺やシシリーへ好意を向けている人を操り、別れさせようと媚薬を使わせるなんて普通じゃない!」
「そんな事までしてたのか、お前は!」
「私はなにもやってない!やってないわ!」
「今からお前を騎士団へ連れて行く。ゆっくり話しを聞きたいので。
俺はお前と同じ馬車には乗りたくないので、ウチの護衛に付いてきてもらう。
父さん、兄さん、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
「私も付いて行こう。まだ夫なのでね。」
「嫌よ、どうして!ニール、助けて!今まで上手くやってきたでしょ!
私の事が好きだったんでしょ!」
「お前を好きになった事は一度もない。」
「そんな・・・ブライアン、助けて!」
丁度護衛が来たので、さっさと馬車に乗せるよう護衛に伝え、兄さんも馬車へと向かった。
「父さん、母さん、俺のせいですみません…。」
「お前のせいではないよ。私がもっと早く手を打っておけば良かったんだな…。
ニールにも無理をさせてしまった…。
今はブライアンの事は諦めたものとばかり…。済まなかった。」
「私ももっと結婚を反対すれば良かったのよね…ニールに甘えてしまった…。
ニールと結婚さえすればブライアンへの執着はなくなると思っていたの…。
ニールを犠牲にしてしまっただけだったのね…」
と言って母は泣いた。
「・・・一番悪いのはナタリアです。
では騎士団に行ってまいります。」
そして騎士団へと馬を走らせた。
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