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母の激昂

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シリル視点

父と母が待っている部屋のドアの前で深呼吸をする。
ノックして返事を待つと「入れ」と低い声で入室の許可が出て部屋に入ると、
既に母は鬼の形相だった。

「スケイル侯爵から昨日連絡があった。お前がブリジットとの会談中急に熱が溜まりケネスを呼んで欲しいと頼まれたが、婚約者として、番としてブリジットがお前の熱を散らす事になったと。
そして先程お前よりも早くスケイル侯爵から報せが来た。
無事ブリジットは務めを済ませたが、どうやらお前のお気には召さなかった様で申し訳なく思い、ブリジットが目覚める前に帰したので詳しい報告はお前から聞いて欲しいとな。
ではお前が昨日の朝早くから侯爵家で何を話し、何をしたのか一切隠し事なく全て話せ。
ちなみに侯爵と侯爵家の嫡男は隣りの部屋で全て聞いていたそうだ。
そして議事録として、私に、お前の、言動を、事細かに、文書で報告を受けた。
隠し立てしようものなら私がお前とケネスを処分する。
さあ最初から話せ。お前があの鉄壁の守りをどうやって潜り抜け、ブリジットに訪の許しを得たのかもな!」

全て父にも母にも俺の所業はバレているらしいが、医務室での事から話し始めた。
その時母の扇子はパキッと音がしていたが、ブリジットに俺の体質やケネスとの関係の説明の時に完全に扇子は折れ、父が握っていたソファの肘掛けがギシッと軋む音がした。

俺がケネスを呼んで欲しいと頼んだ件は父も母も奥歯が折れそうなほど食いしばっていた。

今朝、侯爵からリジーを傷付けないでくれと頼まれ、絶対傷付けないと言ってすぐケネスの名前を出して叩き出されたと言った時に母が折れた扇子を俺に投げつけた。そして、母はあの時のリジーの様に泣きながら怒鳴った。

「これほど愚かな男とは思わなんだ!
ブリジットの、侯爵の、侯爵家の皆の優しさをこうも見事に踏みつけるとは、お前は何様だ!
ブリジットはどんな思いで、倒れた医務室でお前とケネスの話しを聞いたのだろう…。
どんな思いでお前の話しを聞こうと決めたのだろう。
そして浅ーいお前の言い訳をブリジットはどんな顔で聞いていた!
挙句にケネスを呼べ?
自分の家で事に及ぼうとしようとする婚約者にどれだけあの優しい家の者達がお前に失望したのだろうな!
ブリジットは…悲しくて悔しかっただろうに…それでも、なけなしのお前への愛情をお前にぶつけたのだろう…。なのに、お前はあの家で依にもよってケネスが心配しているからなどと良くも言えたものだ!
私は今日この時からお前を息子だなどと思わない!」

母のあんなに激昂した姿を見た事がなかった俺は反論すら出来なかった。

母に言われた言葉一つ一つが胸に刺さる。
母の言葉は侯爵の侯爵家の言葉だと思った。

俺が泣くのは間違っているのは分かっているが、今更ながら自分の数々の失態にもう取り返しがつかないのが分かり、涙が出た。

「シリルよ、ローザは事のほかブリジットを可愛がっておる。
サーシャの婚約者のマリアは次の国母としてどうしても厳しく接してしまう。
マリアは賢い娘だからローザの想いを汲んでくれているが、やはり将来の義理の娘としてローザも優しく接したいのをグッと堪えているのだ。そこに素直で明るいブリジットがお前の婚約者になった。
ブリジットはローザにも懐き、ローザも可愛がっていた。
お前の苦労も分かるが、ケネスを優先するのであればブリジットはもう解放してあげても良いのではないかと思う。
慰謝料はあの子が一生苦労しないほど渡しても良い…あの子が可哀想過ぎて、私もお前を切ってしまいそうだ…。
スケイル侯爵にはブリジットの体調が戻り次第今後の話しをしようと伝えてある。
お前達にブリジットに会わせるつもりなどないが、隣りの部屋でブリジットが何を言うのかしっかり聞いておれ。
もし万が一少しでもブリジットにお前らの気配を察知されなどしたら、ケネスもお前も私がその場で処刑する。
お前はもう戻りなさい。
日が決まり次第連絡する。」

動けない俺を立たせて、頭を軽く叩くと俺の背中を撫でながらドアを開けてくれた。

肩を落とし、トボトボ歩く俺をケネスが迎えに来てくれていた。
ケネスの顔を見て一瞬ホッとしたが、さっきの母の言葉が何度も頭に浮かび、リジーが目覚めて俺に呆れている姿を想像したらダメだった。
ケネスに肩を抱かれながら俺はずっと泣いていた。
部屋の前に着くと今度は兄が待っていた。
また怒鳴られるのかと憂鬱になった。

兄は部屋へは入らず、「お前は良いな、唯一の番を傷つけても最愛の恋人に慰めてもらえるなんてな。
もう一人の番はたった一人で泣いてると思うとお前を助けようとは思わないな、自業自得だ。そろそろ今までの様にはいかないって事を覚えろ。」
そう言って兄は戻っていった。


「シリル…俺どうしたらいい?」
静かに問いかけるケネスに、
「お前がいないと俺が困るの知ってて言ってる?」と言うと、
「でも俺のせいでお前結婚なんか出来ねえぞ…ましてやブリジット様の信頼を裏切ったのは俺だ…。
あんなに慕ってくれてたのに…。
俺、お前の事も好きだけど、ブリジット様の事も好きだ。こんなただの平民にも懐いてくれてたのにな…辛い…あの子をお前が抱いた事よりも、あの子が俺のせいで泣いてるかと思うと辛い…。」
ケネスはそう言って泣いていた。

「今日はもう休もう…何も考えられない…」

泣いてるケネスをおいて寝室に入りそのままその日は何もせず翌日まで眠った。

夜明け前に目覚めた俺はシャワーを浴び、ふと思い出した。
あの時は汚れを取らないとと急いでいたが、リジーと風呂に入った時、細くて柔らかくてグニャグニャのリジーをこの手で洗ったなと思い出すと中心が熱くなった。
リジーの中の感覚を思い出したらもうダメだった。
久しぶりに一人で処理した熱は散ったが、鮮明に思い出したリジーの姿にまた熱くなりそうなのを冷水を浴びて落ち着かせ、風呂場から出ると、ケネスがタオルを持って立っていた。
「お前も入るか?サッパリするぞ、ってどうした?」
ボォーッと俺を見るケネスの視線を辿ってみるとハッとした。
「これは、媚薬のせいで…リジーは…初めてだから…」なんだかケネスには見られたくなかったなと思ってケネスを見ずに身体を拭いてると、
「ずっと想像してた。お前がいつか他の人を抱く時が来たら俺はどうなるんだろうって。
こんなに激しいのは想像してなかったけど、意外と冷静に観察出来ることが分かった。
どうやら俺はまだ望みがあるんだなと思えた。良かった…俺はお前に捨てられてもやっていけそうだ。」
なんだかやけにスッキリした顔のケネスを見ているとムカついたが、
「ふん、縋りついて泣いても知らんからな。」
と言うと、
「アハハ、多分縋りつくのはお前だよ、相手は俺じゃなくブリジット様にだろうけど。」
と楽しげにケネスが笑うから、一昨日からのたくさんの暗い気持ちが少し明るくなった気がした。

着替えて朝食を食べているところに父から今日の午後スケイル侯爵夫妻とリジーが来るので時間よりも早く待機している様にと連絡が来た。
俺とケネスは顔を見合わせ、食事を終わらせた。
「なんで俺も一緒に行くんだろ…」とケネスは不安そうだ。
「俺とお前が原因だからこの騒ぎの結末を見届けろって事だろうな。」
「そうか…ブリジット様は大丈夫だろうか…ちゃんと休んで食べてるんだろうか…」
「お前が心配しなくとも侯爵家の皆んながリジーの為に動く奴らだから大丈夫だ。
お前やけにリジーを心配するんだな、他から見たらお前とリジーはライバルみたいな感じなんじゃねえの?」と言うと、
「お前は馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ホントに馬鹿なんだな。
友達を心配するのは当たり前だ!
ブリジット様はもう俺の事を友達とは思ってないだろうけど…。」
そう言うケネスは悲しそうな顔している。
「お前よりも俺の方が嫌われてるだろうけど…多分…」
言葉に出すと結構キツイ。

2人で暗くなり、食欲もなくなった。
今日も学院は休む事になるので連絡を入れてもらい、午前中は2人で執務をこなしていた。
早めの昼食を済まし、待機部屋に2人で行くとそこには近衛騎士団の団長がいた。
「何故ここに?」と聞くと、

「陛下にお二人の監視をしろとの命をお受け致しました。
こちらの壁から皆様がご会談される応接セットまでは距離があるとはいえ、物音や気配を察知されないとは言えません。
スケイル侯爵令嬢に少しの不安も与えるなと言われております故、少しでもお二人が声を出したり、物音をたてたりすれば拘束する場合もありますのでお気をつけください。」

昨日の父の話しを思い出した。
父は本気で俺とケネスがここにいる事をリジーに悟らせたくないのだろう。悟られた瞬間、団長に拘束されるのは確定だ。

「分かった。決してリジーや侯爵御夫妻に悟られる様な事はしない。ケネスも分かったな。」
ケネスは無言で頷くと近くに椅子を持ってきてその時を待った。














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