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“番”との出会い
しおりを挟むマールエ医師の説明の後、私はシリルの事を聞くのをやめた。
黙々とカーラとリハビリに励んだ。
実家の両親、兄夫婦、親友のエリザがお見舞いに来てくれた。
とにかく家に帰りたかった。
私が今いるのは王宮の離宮、今は使われていない陛下の側妃が使う離宮の一つにいる。
事故当時、私達を治療する為に離宮に運ばれたが今はシリルはここにいない。
王宮で暮らしていた頃に使っていた自室に戻ったらしい。
同じ王宮敷地内にいると思うと、一刻も早くここから離れたいその一心で、食欲なんかこれっぽっちもないのに吐き気に堪え、痛くて泣きそうになるリハビリに耐え、漸く実家に帰る許可が出た時、ホッとして涙が出た。
王族の方々には体調が優れないのを理由に挨拶を両親に任せ、逃げるように実家に帰った。
シリルは一度も会いには来ていない。
実家の自分の部屋に入ってカーラにお茶を入れてもらい、一息つくと涙が止まらなかった。
「お嬢様!」
駆け寄るカーラに抱きしめられながらただただ泣いた。
婚約破棄も考えた。
口も聞きたくない、会いたくもない時もあった。
泣いて怒って喧嘩も沢山した。
ケネスを側に置く理由も説明された。
何度も話し合って、私の事が一番大切で愛していると何度も言ってくれた。
私がケネスの代わりになるからと泣いて頼んだ時もある。
どう説得してケネスと離れたのか私は知らない。
予定より大分早く決まった結婚式までの半年間、一度もケネスを私は見ていない。
あれだけ一日中シリルとケネスは一緒にいたのにあの半年間は一緒にいる姿を見る事はなかった。
ただシリルの兄、王太子のサーシャ様がケネスの身元を預かったとだけ聞いた。
それまでの献身を無碍には出来ないとの事で何処でケネスが暮らしているのか教えてはくれなかったが、王宮に囲われているのはなんとなく分かった。
私達が結婚して王宮を出れば会う事もないだろうと思っていた。
結婚式をあげ、ようやく落ち着いた半年後、新婚旅行に行こうと出掛けて事故にあった。
平穏だったのはたったの一年半。
記憶をなくしたシリルは私の存在を消した。
婚約していた事も忘れた。
もちろん結婚した事も、私を愛していた事もなにもかも忘れた。
婚約したのはシリルと私が16の時だが、シリルは私より半年誕生日が早い。
婚約したのは私が16になってから。
だから私と婚約した事も覚えていなかった。
たった3年の付き合いでも初めて会った時にお互い運命を感じすぐ婚約した。
喧嘩しながらも濃い3年間だったはずなのに、シリルは番の私との事だけを忘れた。
もうあの苦しかった時期をもう一度味わう気力なんかない…。
所謂竜の番として私を伴侶と選んだのにケネスを手放す事をギリギリまで迷っていたのを知っている。
だったらもうケネスに返そう…
番としては私を大事にしてくれたが、心の底から愛していたのはケネスだけだ。
ケネスは私に一度も文句を言う事などなかった。
シリルとケネスが二人で仲睦まじくいる姿を私が見つけると、必ず申し訳なさそうにシリルから離れた。
シリルも気まず気に私を見ていた。
我がユーハンク王国の始祖は竜王だった。
何千年も前の話だが、竜の血が流れる王族には先祖返りなのか、武力に長け、竜力が使える王子が何百年に一人生まれる。
それがシリルだ。
年若い時から騎士団で剣の鍛錬を続けると12歳で騎士団団長と同等の剣士になった。
それと同時期に精通したシリルは竜力が身体に溜まり、眠れないようになった。
まだ12歳のシリルは閨教育をしていなかった。
自分の身体が熱くて苦しくてどうしていいのか分からないシリルに医師団は一人の少年をシリルの従者にした。
それがケネス・ミラー。没落したが子爵家の嫡男だった12歳の華奢で儚気な様子のおとなしい少年。
赤髪で水色の瞳の小柄な少年は見目も良く、少女のようにも見える可愛らしい男の子。
シリルの溜まった熱の発散の為だけに選ばれた従者だった。
最初は拒否していたシリルもケネスの為人を知り、ケネスならと受け入れた。
それから熱が溜まればケネスはシリルに献身的に尽くした。
穏やかで優しいケネスをシリルが溺愛するのに時間はかからなかった。
そしてシリルが16歳になる頃そろそろ婚約者を、という話しがで始めるとシリルは結婚なんかしないと抵抗した。
ケネスがいれば良いと聞く耳ももたなかった。
先祖返りが出ると何故か異形の獣“魔獣”が出始める。
竜力は微力ながら高位貴族にも使える。
なので高位貴族の次男三男は騎士団に入るものが多く、その力を使い魔獣を倒す。
シリルは先頭に立ち魔獣を屠り続けた。
竜力が豊富なシリルは力を使い、熱を溜める。
そしてケネスと熱を散らす。
一晩中。
そんなある日、一晩中二人で乱れに乱れてようやく眠りについた朝方、痺れを切らした陛下は眠っているシリルを捕まえ、身を清めさせ、正装させると陛下の私室に入れられた。
そこにいたのが、両親に連れられたスケイル侯爵家の長女で16になったばかりのなにも知らないブリジット・スケイル、私とシリルの出会いだ。
突然飛び込んできたシリルに私達は驚いたが、父マーカスが挨拶をした。
「竜王リューク様に忠誠を。」
そう言い、片膝をつけ右手を胸に当て頭を下げた。
私も母もそれに倣い、礼をした。
「頭を上げよ」
三人で頭を上げ、私もシリルを見た。
シリルも私を見た。
その時私達二人は、生涯を共にするのはこの人なのだと分かった。
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