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トレルリ神民国~『普通』を体験してみよう~

『普通』って大変なのかな?

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 朝食後に向かったのは、冬の門から秋の門へと向かう外壁沿いにある、ちょっぴり大きめの施設だった。
この町の建物は、どれもみんな背が高くって頑丈そう。
平屋しかなかった村はモチロンのことながら、聖域にある二階建ての畜舎よりも、もっと高い建物ばかりが並んでる。今、宿泊しているお宿が八階建てで、屋根の高さが同じ位置にあるように見えるから、きっとここも八階建てなんだろう。
『斡旋所』は人気の場所なのか、道に向かって開かれた大きな扉をひっきりなしに人が出たり入ったりしている。

――あそこに入るのかぁ……

 出入りする人の多さにゲンナリした気持ちになったのは、ゴチャゴチャと人がたくさんいる場所があまり好きじゃないことにここ数日で気づいたから。
なんというか、露天を開いて店の側から眺める分には問題ない。だけど、お客さん側に入るのは苦手っぽい。
要は、人混みが嫌なんだよね。きっと。
わたしの足が止まったことに気付いたにぃに・・・が振り返る。


「フェリシア?」


 戸惑った表情で顔を覗き込んできたにぃに・・・は、わたしが中に入るのをためらう理由を勘違いした。


「フェリシアのこと、お願い。中にはいったら、背の高い人に潰されちゃいそう」


 頼まれたクリナムさんは、快く引き受けてわたしをサッと抱き上げる。
にぃに・・・のお耳がへニョンとなったのは、きっと、自分がやっても人混みに埋もれることに変わりないと思ったからだろう。


にぃに・・・……」


 違うんだよと言いたかったけど、背伸びしてわたしの頭を撫でたにぃに・・・は『分かってる』って顔をして、先に立って斡旋所の中に入っていった。





 『斡旋所』の扉をくぐってすぐの場所は、広いホールになっていた。

――あ、ここってホントは住民用の施設なんだ。

 というのも、ホールの中央あった大きな立て看板に『住民用窓口』と『滞在者用窓口』で左右別々の矢印があったから。住民用の窓口には■在住者専用 日雇い募集受付■・■在住者専用 臨時雇募集受付■・■在住者専用 従業員募集受付■の他に■雇用主様専用窓口■なんてものもあって、それぞれに専用の部屋があてがわれているみたい。
ソレに比べて『滞在者用』に割り当てられているのは大きめの部屋が一つだけだ。 


「とりあえず先に、住民用のトコをチラッと覗こっか」

「うにゃっ!? そっち行ってもいいの??」


 わざわざ『住民用』と銘打ってあるのに、住民じゃないわたし達が行ったらダメなんじゃないかと思ったけど、ピエリスさんは部屋の外から覗く程度なら大丈夫だとニヤニヤしてる。


「……なんか、ピエリスが言うと本当かどうか疑わしく聞こえるんだけど」

「グーちゃん、ひどっ!?」

「ただの事実でしょう」


 わたしの気持ちを代弁するかのように、にぃに・・・がピエリスさんに憎まれ口を叩く。ソレに反応して、ピエリスさんが泣き真似をする姿を最近良く見る。
にぃに・・・はピエリスさんと、ずいぶん仲が良くなったなっていうのが素直な感想。
冬ごもりの前は、あんなにトゲトゲしてたのに。

 あーだこーだといいつつも連れてこられた住民用のお部屋の外の通路には、募集内容が書きつけられた板が何枚もぶら下がっている。
受付してくれるお部屋の中にも似た感じの木札がかかっているから、スペースが足りないんだろう。
 日雇い専用のお部屋の外には『手紙の配達 十件 銅貨 五枚』だの、『小包の配達 一件 銅貨 五枚』など、お小遣いレベルのものから『荷運び要員 一日 銅貨七枚』なんてものまで幅広い。

――なんか、どれもこれも、稼ぎとしてはイマイチだね。

 この感想は、従業員募集用のお部屋の外にあるものでもあまり変わらない。
『宿の掃除係 一名 銀貨八枚/月』という求人には、昨日だけで稼いだ金額を思い浮かべて首を傾げた。

――露店で稼いだほうが、実入りがいいのでは?

 実際には露店を開けない天気の日だってあるだろうし、思うように売れないことだってあるかもだけど……わたしの思う『普通』は、普通じゃないのかも。
昨日、ミルギューの乳を絞る場所を貸してくれたお宿の女将さんも『ミルギューを連れた旅人は初めてだ』って言ってたし。女将さんに、今日は露店をお休みするって話したら、朝に絞ったミルクを買いとってくれた。
本当は四頭いるけど、一頭しか見せていないので一頭分を全部。
ミルクの代金としてもらった大銅貨六枚は、お手紙を百二十軒に届けた分と同額だ。それに、誰かが一週間(十二日間)同じ値段で買ってくれたら、銀貨七枚を超えてしまう。

――ってことは、町中で『普通』に稼ぐのって、本当はすごく大変なのかも。
  『普通』というのは、なかなか難解だ。


「クリナムさん……」

「うん?」


 あんまり大きな声で聞かないほうがいいような気がして、抱き上げてくれているクリナムさんの耳元でコソッとささやく。


「『普通』って、どんな?」

「それは――なかなか、抽象的で難しい質問だな」


 自分で聞いといてナンだけど、わたしもそう思う。
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