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回り道
アスタールの求人旅行 16
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一人に戻ってからも三日ほど面接を行ったものの、結局ろくな成果もない。
その上、やたらとりりんと交わす文字だけのやり取りが恋しい。
グラムナードを出てからまだ九日目。
予定よりも随分と早いのだが、私はさっさと見切りをつけて帰路につくことにした。
なにせ、最初に面接をしたリエラという赤毛の少女は必ずグラムナードまでやってくるという確信がある。
理由なんてない。
なんとなく、だ。
その日の面接を終えるとすぐに求人の取り下げ手続きを行い、町を出るための準備を始める。
この旅で、荷馬車も巡回馬車も体験したから帰りは乗り慣れた車で帰る予定だ。
準備と言っても車上でつまめるものを買い込むだけで済む。
「そんな形相で、こんな時間に出るのか?」
「うむ。歩いても、大した距離ではない」
「……領都から離れると獣や物盗りが増えるから、気をつけてな」
夕刻を過ぎてから街を出るのは珍しいようで、街道に出る門で衛兵には訝しがられた。
それでも特に引き止められることはない。
わざわざ忠告の言葉をくれるとは、あの衛兵は親切な人物だったのだろう。
そう思いながら、人気のない石畳の道を黙々と歩く。
山からはそこそこはなれているはずだが、道を外れた辺りにはまだ雪がチラホラ見える。
この辺りはまだ、完全な春とは言いづらい季節のようだ。
三十分も歩いていると、前方に長く伸びていた自らの影が近づいてきた宵闇に溶けていく。
完全に日が落ちたところで”従魔の園”からヤギとヤギ車を取り出した。
ヤギを車に繋ぐと、お弁当と水を用意してやってから足元を灯りで照らしてやる。
コレで準備は完了だ。
車に乗り込み、石畳の道をまっすぐグラムナードへと向かうようにとヤギに指示を出した。
気がついたら朝だった。
昨日はどうやら、ヤギ車に乗った後すぐに眠ってしまったらしい。
私は普段、夢の代わりに押し込まれるソレが嫌で、普段は可能な限り睡眠時間を削っている。
だが、宿では普段よりも近い場所に人の気配がして落ち着かず、熟睡出来なかったために心身共に疲労が溜まっていたらしい。
きっと、久しぶりに自分のヤギ車に乗ったことで気が緩んだのだろう。
乗り込んだ後の記憶が殆どないところを見ると、随分と早い時間から眠り込んでしまったようだ。
普段よりも流れ込んできた知識が多くて気分が悪い。
輝影の支配者としての知識など、知りたくなどないのに……
大きなため息を吐いてから身を起こすと、腹の横から茶と黒の斑模様の猫が顔を出した。
妙に温かいと思っていたら、今日も私が寝ているところに潜り込んできたようだ。
どこからやってくるのか、この旅の間はずっと一緒だったなと、暖かくて柔らかな毛並みを一撫でする。
途中で村や町に寄って食事などの休憩を挟みながら、ヤギを交代させつつ移動を続けたお陰でもうすぐグラムナードに向かう山道に差し掛かる。
この山道は、本来ならグラムナードに入るためには必ず通らなくてはならない場所だ。
行きに通らなかったのだが、折角だから一度は通ってみたいと思う。
しつこいようだが、次の機会がいつくるかまるで見当がつかないのだから。
「にゃーん?」
「なぜ、ウガリに泊まるのか不思議かね」
いつもならば朝起きると同時にどこかに姿を消す猫だが、今日は一緒にいてくれるつもりらしい。
話しかける相手がいるのが嬉しくて、独り言であるのは理解しつつもついつい口をついて言葉が出てきてしまう。
なにより、この猫。
まるでこちらの言葉を理解しているのではないかと思うほど、タイミングよく鳴き声を上げるのだ。
「にゃーん」
「ウガリというのは、エルドラン領とグラムナード領を繋ぐだけでなく、王都クレスタやら部下料にもつながっているのだ」
「にゃう?」
「もしかしたら、気が変わって王都方面なり、ラブカ領なりに行く気分になるかもしれない」
「にゃーうん」
半眼になって疑わしそうな鳴き声を上げる猫に、思わず吹き出す。
「本当は、もう少しだけ自由な時間を楽しみたい気分になっただけなのだ」
予定していたのは一月だったが、正直なところもう限界だ。
グラムナードに戻れば、りりんとの交流が再開できる。
十日以上も連絡を取らずにいたことがないから、彼女とのやりとりが恋しくて仕方がないのだ。
我ながら精神的に依存し過ぎだとは思うのだが、どうしようもない。
ウガリが見えてくると、猫はスルリと私の手の中を抜け出して何処へともなく姿を消した。
その上、やたらとりりんと交わす文字だけのやり取りが恋しい。
グラムナードを出てからまだ九日目。
予定よりも随分と早いのだが、私はさっさと見切りをつけて帰路につくことにした。
なにせ、最初に面接をしたリエラという赤毛の少女は必ずグラムナードまでやってくるという確信がある。
理由なんてない。
なんとなく、だ。
その日の面接を終えるとすぐに求人の取り下げ手続きを行い、町を出るための準備を始める。
この旅で、荷馬車も巡回馬車も体験したから帰りは乗り慣れた車で帰る予定だ。
準備と言っても車上でつまめるものを買い込むだけで済む。
「そんな形相で、こんな時間に出るのか?」
「うむ。歩いても、大した距離ではない」
「……領都から離れると獣や物盗りが増えるから、気をつけてな」
夕刻を過ぎてから街を出るのは珍しいようで、街道に出る門で衛兵には訝しがられた。
それでも特に引き止められることはない。
わざわざ忠告の言葉をくれるとは、あの衛兵は親切な人物だったのだろう。
そう思いながら、人気のない石畳の道を黙々と歩く。
山からはそこそこはなれているはずだが、道を外れた辺りにはまだ雪がチラホラ見える。
この辺りはまだ、完全な春とは言いづらい季節のようだ。
三十分も歩いていると、前方に長く伸びていた自らの影が近づいてきた宵闇に溶けていく。
完全に日が落ちたところで”従魔の園”からヤギとヤギ車を取り出した。
ヤギを車に繋ぐと、お弁当と水を用意してやってから足元を灯りで照らしてやる。
コレで準備は完了だ。
車に乗り込み、石畳の道をまっすぐグラムナードへと向かうようにとヤギに指示を出した。
気がついたら朝だった。
昨日はどうやら、ヤギ車に乗った後すぐに眠ってしまったらしい。
私は普段、夢の代わりに押し込まれるソレが嫌で、普段は可能な限り睡眠時間を削っている。
だが、宿では普段よりも近い場所に人の気配がして落ち着かず、熟睡出来なかったために心身共に疲労が溜まっていたらしい。
きっと、久しぶりに自分のヤギ車に乗ったことで気が緩んだのだろう。
乗り込んだ後の記憶が殆どないところを見ると、随分と早い時間から眠り込んでしまったようだ。
普段よりも流れ込んできた知識が多くて気分が悪い。
輝影の支配者としての知識など、知りたくなどないのに……
大きなため息を吐いてから身を起こすと、腹の横から茶と黒の斑模様の猫が顔を出した。
妙に温かいと思っていたら、今日も私が寝ているところに潜り込んできたようだ。
どこからやってくるのか、この旅の間はずっと一緒だったなと、暖かくて柔らかな毛並みを一撫でする。
途中で村や町に寄って食事などの休憩を挟みながら、ヤギを交代させつつ移動を続けたお陰でもうすぐグラムナードに向かう山道に差し掛かる。
この山道は、本来ならグラムナードに入るためには必ず通らなくてはならない場所だ。
行きに通らなかったのだが、折角だから一度は通ってみたいと思う。
しつこいようだが、次の機会がいつくるかまるで見当がつかないのだから。
「にゃーん?」
「なぜ、ウガリに泊まるのか不思議かね」
いつもならば朝起きると同時にどこかに姿を消す猫だが、今日は一緒にいてくれるつもりらしい。
話しかける相手がいるのが嬉しくて、独り言であるのは理解しつつもついつい口をついて言葉が出てきてしまう。
なにより、この猫。
まるでこちらの言葉を理解しているのではないかと思うほど、タイミングよく鳴き声を上げるのだ。
「にゃーん」
「ウガリというのは、エルドラン領とグラムナード領を繋ぐだけでなく、王都クレスタやら部下料にもつながっているのだ」
「にゃう?」
「もしかしたら、気が変わって王都方面なり、ラブカ領なりに行く気分になるかもしれない」
「にゃーうん」
半眼になって疑わしそうな鳴き声を上げる猫に、思わず吹き出す。
「本当は、もう少しだけ自由な時間を楽しみたい気分になっただけなのだ」
予定していたのは一月だったが、正直なところもう限界だ。
グラムナードに戻れば、りりんとの交流が再開できる。
十日以上も連絡を取らずにいたことがないから、彼女とのやりとりが恋しくて仕方がないのだ。
我ながら精神的に依存し過ぎだとは思うのだが、どうしようもない。
ウガリが見えてくると、猫はスルリと私の手の中を抜け出して何処へともなく姿を消した。
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