上 下
23 / 263
回り道

アスタールの求人旅行 6

しおりを挟む
 昨日の祭りは、なかなか楽しかった。
グラムナートの祭りは夜に行われるものが多いのだが、エルドランでは一昼夜通して行われていた。
それに、運ばれてくる供物ではなく、自分で好きなものを屋台で買って食べるという経験は初めてのことだ。
少し悪いことをしているような気分になりつつも、それがまた楽しくて、ついつい買いすぎてしまった。
幸いなことに、温め直せば美味しく食べることができたから今日の朝食として楽しんだのだが、次の機会があったら気をつけることにしよう。
買いすぎに注意、だ。

 昨晩泊まった宿を出ると、まずは祭り見物をしながら目をつけていた宿に空きがないか訪ねてみる。

「ああ、お祭りも終わったから空いてますよ」

 幸いなことに、良さそうだと思っていた宿に部屋が空いていた。
ありがたい。
昨日の宿は壁が薄くて隣の音が筒抜けな上、部屋に戻ったあとに何度もドアを開けようとする人物がいて迷惑していたのだ。
部屋を間違えたのだろうが、酒を飲みすぎだと思う。
酒を楽しむのは良いが、他人に迷惑をかけない適度な量にとどめてもらいたいものだ。

「では、とりあえず三日ほど滞在したい」
「宿泊料は先払いで、三万九千ミルになります。朝食と夕食をご用意することもできます。別料金になりますが、いかがですか?」
「では、朝食だけ頼みたい」
「朝食は五百ミルなので、千五百ミルを追加して四万5百ミルになります」

 宿帳に記入してから、代金を渡しつつ身分証を提示すれば宿泊手続きは終了だ。
部屋を確認させてもらうと、昨日とは比べ物にならない清潔な部屋でホッと胸をなでおろす。
やはり昨日の宿はないな、と改めて思う。
なにせ、ベッドは足が折れるし、窓にも鍵がかからなかったのだ。
客を泊めるような部屋ではないだろう。
大方、祭の最中にやってきた世間知らずからぼったくってやろうと思って、物置にでも泊めたのに違いない。
あれで二泊5万ミルだとは、なんともひどい話だ。
他に泊まる場所がなかったから、仕方がない部分はあったのだが………

「お祭りはもう終わってしまいましたけど、この街にはどのようなご用件でいらしたんですか?」

 受付をした上に、部屋まで案内してくれた女性がそう言って私を見上げる。
少し、顔が赤いようだが熱でもあるのだろうか。
私は問いに答えるついでに、兄上が言っていた弟子の募集を行う施設の場所を尋ねる。

「実は、弟子を採ろうと思っているのだが――」
「ああ、職業斡旋所に行かれるんですね」
「うむ」
「今は新卒の子達がお仕事を探しに奔走する時期ですし、お仕事を探している人も大勢いますから、きっと応募が殺到しますよ」

 殺到するのも困るなと思いつつ、女性の言葉に頷くことを返答の代わりとした。



 新たにとった宿で職業斡旋所の場所を教えてもらい、早速、そちらへ足を向ける。
特に人数は決めていないものの、あまり大勢を相手に教えられる自信はない。
一人か、せいぜい二人。
それ以上は必要ないだろう。
辿り着いた先にあった職業斡旋所は、クリーム色のレンガで作られた三階建ての建物だ。
屋根が傾斜のきつい三角形になっているのは、冬場の雪を落とすためだろうか?
だから、建物の間に雪の残滓があるのかと納得しつつ内部へ入った。
中に入ると開きっぱなしになっている扉があり、そこに多くの人がいるのが見える。
宿の女性が受付は一階にあると言っていたから、私もその部屋に入ればいいのだろうと検討をつけて中へと踏むこむ。
部屋の入口からぐるりと見回すと、どうやら一番人気がない窓口に兄の用意した書類を提出すれば良いようだ。

『弟子の募集をしたいのだが……」

 とりあえず、何やら書き物をしている窓口の男性に声をかけてみる。

「あ、はい――」

 返事をしつつ顔を上げた彼が、続きを口にする前にポカンと口を開けて目を瞬く。
一回、二回、三回。
それからゆっくりと口の開け締めを同じ回数繰り返す。
……何かの儀式なのだろうか?
そうしてから、ようやく受付業務に取り掛かる。
受付を始めてくれたのはいいのだが、今度は全く瞬きをしないというのはなんなのだろう。
正直なところ、少し怖い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。