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回り道

アスタールの求人旅行 2

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 ヤギ車が止まったのは、ほんの二時間ほど進んだ頃のことだ。
どうやらそこは、どういう訳だかすでにトンネルが開通済みだったらしい。
高さは岩石喰らいが刳り抜いたトンネルと同程度だがその幅は太く、床部分も概ね平らだ。
これはどうも自然にできた空洞ではなく、人の手によるものに見える。
ただ、周囲の様子からすると人が入らなくなってから随分と時が経っているようだ。

「ふむ……?」

 進む方向に食うものが無くなった為に、その場で指示を待っている岩石喰らいを入れ物従魔の園に戻しながら首をひねる。

「……ああ、そう言う事か」

 風の魔法で探ってみると、この空洞はまっすぐにエルドラン領に向かって伸びているようだ。
と、言う事は、この空洞―トンネル―は百年ほど前にあった大陸統一戦争の頃にでも掘られたものなのだろう。
おそらく、グラムナードに攻め込むために。
ここまで掘り進んでいるという事は、戦争が起きるよりも以前からこのトンネル作りは進められていたのではないだろうか?
ああ。
もしかしたら、大陸統一戦争の前に鉱石を求めて掘り進んでいたものを有効利用しようとしたのかもしれない。
カツカツとトンネルの中に響くヤギの足音を聞きながら、このトンネルが掘られた経緯に空想を巡らす。
ああだろうか、こうだろうかと考えるうちに大きなあくびが口から飛び出した。
よく考えずとも、もう、深夜だ。
今日は仕事を終えることにして、ひざ掛けを被ってから座面に横になる。
横になったものの、なんだか妙に隣が広くて落ち着かない。
座面は寝台と違って、決して広くなどないのにおかしな話だと考えてから隣が寂しい理由に思い当る。
そう言えば、アストールをグラムナードに置いてきたのだった。
彼女が生まれてから、眠るときには必ず一緒だったから一人で眠るのは随分と久しぶりだ。
隣に柔らかなぬくもりを感じられないのは寂しいものだと思いつつ目を閉じると、どこからともなくやってきたサビ猫の、お日様の匂いがする毛深い体が額のあたりに押し付けられる。
そのぬくもりに、心安らぐものを感じながら私は眠りにつく。
ヤギのお弁当と水筒の中身も補充したし、適当に休みながら進んでくれるはずだから、目が覚めるころには大分目的地が近くなっている事だろう。



 翌日、ひどい寒さのせいで目が覚める。
目を開けると、昇りだした太陽によって美しいグラデーションを描く空と共に、切り立った崖が目に入った。
私が起きたのは、丁度、トンネルの中を抜け出したところだったらしい。
岩肌から吹き降ろしてくる風が、グラムナードで感じるものとは全く違う。
まるで、刃で切り付けられているかのように冷たく鋭い風に、ぶるりと身が震えた。
山を一つ越えただけで、これほどまでに空気が変わるというのは驚きだ。
ヤギがくしゃみをするのと同時に、自分の口からもくしゃみが飛び出す。
大慌てでヤギとヤギ車の周囲の空気を魔法で周囲より五度――十度ほど上げてやっと人心地がつく。
ふぅ、中々鮮烈な目覚めだった……
どうやらここは、長い間放置されている廃坑のようだ。
周囲に目を向けると、半ば以上朽ちた小屋や精錬所だったに違いない廃墟が点在している。
廃鉱を有効利用――という考えは、自分で思ったよりも的を射ていたのかもしれない。
ごつごつとした地面にまばらに生えている草を、見てそう判断する。
成長の遅いハリの木がある程度成長しているところを見ると、何十年程度ではなく百年近くは放置されているに違いない。
軽く見まわしただけでも、地面はデコボコ。
固くなった雪が残っている挙句に、ポツポツとハリの木が生えており、ヤギ車が通ることは無理そうだ。
ヤギを車から解放してやると、車と共に入れ物従魔の園へと送り込む。
ヤギ車につけた回収用の”賢者の石”は、入れ物従魔の園に一緒に送れない。
取り外して、念の為に持ってきていた背負い袋にしまい込む。
改良のしようがないから諦めるしかないのだが、何か良い方法が無いものかと、ついつい考えてしまう。
ぼんやりと立ち止まって物思いに耽りかけたところで、視界を何かが通り過ぎて我に返る。
何はともあれ、こんな廃坑でのんびりと考え事をしていても仕方がない。
ヤギ車が使えないのだから、散歩がてら暫く歩いていくことにしよう。
誰も、私を知らない場所を好きに歩いてみるのは妙な開放感がある。
なによりも、一日中歩き続けても果てがないというのが、また素晴らしい。
私は意気揚々と、領都エルドランへと向かって足を踏み出した。
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