上 下
263 / 263
二年目 駐屯所

寄り道 ヘタレな従兄がやらかした

しおりを挟む
 予定よりも早くにリエらんが帰ってきた。
それは、まあ、いいんのよね。
ただ、一緒に出掛けて行ったラー兄と叔母様が一緒にいないというのが、ちょっと謎。
ター兄に大急ぎで話さなきゃいけないと言うリエらんと、夜にお土産話をしてもらう約束をしてから、執務室に向かって駆け出す彼女の背中を見送る。

「なあ、ルナ。リエラが帰ってくるのって、まだ三~四日はかかるはずじゃなかったっけ?」

 ター兄の車に繋ぐヤギを捕まえて戻ってきたスルとんは、リエらんのおさげが扉の中に消えていくのを目敏く見つけたらしい。
不思議そうに首を傾げつつ、猫耳がピコピコ。
すんなりとした形の良い艶やかな黒い毛におおわれた尻尾がフルンフルンと揺れる。
やだ、私の婚約者、めっちゃ可愛い!
可愛いは正義よね。
ニヨニヨと口元が緩むのを感じながら、ヤギを牽いているのと反対側に身を摺り寄せる。
ふふふ。
し・あ・わ・せ~!
恥ずかしそうに視線を逸らしつつも腰に巻き付けてくる尻尾は、猫系の獣耳じゅうじ族や獣人族にとって本能のようなもの。
自分がつがいとして認めている相手に、無意識にやっちゃう行動なのよね。
スルとん自身は気が付くと、工房の近くにいる時は慌てて私から離れてしまう。
私にとっては嬉しい行為だから、距離を取られるのは寂しいんだけど……
その時に浮かべる、恥ずかしそうなくせに残念だと思っていることが丸わかりな表情も捨てがたい。

「そのへんは、夜にお土産話を聞かせてもらう予定。それよりも、ラー兄と叔母様が一緒じゃないんだよねぇ……」

 今も、その表情を浮かべてちょっぴり離れてしまったことに内心でガッカリしながら、いつも通りに何でもないフリをした。
二人きりで迷宮に入ったり、お部屋でくつろぐときはいいのに、なんで工房のそばだと駄目なんだろうなぁ……?
工房の仲間にからかわれるのも、私にとっては『どーだ、羨ましいでしょう?』って言いたくなるくらいに誇らしいことなんだけど。
男の子だから嫌なの?
それとも、スルとんが特別恥ずかしがり屋さんなの?

「ええ? 師匠がリエラから離れる訳ないだろ」

 ギョッとして声を張り上げるスルとんに、私は真面目な顔をして頷く。

「だって、リエらんが工房に入って行ってしばらく経つけど、未だにラー兄が姿を現さないんだもの。叔母様にてこずっているにしたって、遅すぎるじゃない」
「いや、それこそその叔母様? を置き去りにしてくるよな。いつもだったら」

 まあ、そうだよね。
心持ち背伸びをして砦の方向に視線を向けるスルとんを見ながら、心の中で同意する。
ラー兄がリエらんを大好き――というか、将来の伴侶として見ているのは工房内では暗黙の了解。
気付いていないのはリエらん本人だけって状態なんだもの。
リエらんは、どうにも女の子としての自己評価が低いから「自分は妹扱いだ」なんて言って否定するんだけどね。
妹と恋人繋ぎなんてしないでしょう……!

「なんかあったんだろうけど、夜までお預けかなぁ」
「? 昼飯の時にチラッとなら聞けるんじゃね?」
「多少の体力づくりはしてるけど、リエらんってほぼ工房に閉じこもって生活してるじゃない」

 私の言葉に、一度は納得したように頷いたスルとんが「あれ?」と首を傾げる。

「でも、山道の視察って馬で行ったんだろ?」
「だとしても、結構きつかったんじゃないかな。ちょっと、顔色悪かったのよ」

 私だって普段、ヤギ車が主な移動手段だもの。
馬なんて乗り慣れていないから、絶対にいつもより緊張して変な疲れが出るに決まってる。
自分で騎乗することができないリエらんなら、尚更だろう。
スルとんにもその様子がやっと想像ができたのか、肩を竦めて工房にチラッと視線を向けてから大きなため息を一つ吐く。

「なんにせよ、さっさとヤギを繋いどかないとアスタール様がでてきちまうな」
「あ、忘れかけてた!」

 スルトんに手綱を牽かれたまま放置されていたヤギはすでに、自分の用事はないのだろうと決めつけて近くの雑草をモグモグしながら遠くを眺めて耳をピクピクさせている。
いやいや、これから車を牽いてもらうお仕事があるから!
呑気に食事を続けようとするヤギを二人がかりでヤギ車に繋ぎ終えたところに、まるで待ち構えていたようなタイミングでター兄が姿を現した。



 ちなみに、夜になってから山道視察であったことについてリエらんから話しを聞いたんだけど……
私が、心の中でラー兄をタコ殴りにしたのは当然だと思う。
ラー兄!
なーーーーにやってんのよ!!
「妹と思ったことがない」だけじゃ、リエらんがアホな誤解をこじらせるなんてわかり着たことでしょう!?
そこで言葉を止めずに、ちゃんと「女性として見てるから」なりなんなり言わなきゃダメじゃない……!
とりあえず、私の方からは義務感だとかそーゆー方向じゃないってのは説明したんだけど。
どの程度納得したんだろ?

 とりあえず、リエらんが今まで見ないふりをしていた自分の気持ちを自覚したらしい。
だから、多少はなんらかの変化があると思う。
それが良い方向でか、悪い方向でかは微妙なところなんだけど……
なにはともあれ、ラー兄が帰ってきたら『妹じゃない』発言の誤解を早めに解くように言わないと。
そっちの誤解に関しては、何をどう言っても溶けなかったんだもの。
リエらんも、妙なところが強情なんだよね……
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(44件)

砂原 行
2020.05.16 砂原 行

誤字報告。アスラーダさんをアスタールさんって呼んじゃってますよ。
早くも嫁(予定)の尻に敷かれて(物理)いますね。

解除
ましん
2019.07.21 ましん

2年目をそのまま読んだら、知らないキャラだらけで???となりましたが、
迷宮都市を読み始めて、なるほど!となりました。

面白いので2巻以降も出て欲しいです。

霧ちゃん→霧聖羅
2019.07.21 霧ちゃん→霧聖羅

ましんさん

書籍の方をお買い上げくださっているようで、ありがとうございます^^
2巻が出せるように頑張ります^^

2年目の最初は、新ヒロインのコンカッセのターンからなので戸惑わせてしまって申し訳ありません。
迷宮都市までの間のお話にするつもりだったのですが……。
今のところは、1年目から2年間がすっとばされたIFストーリーとしてお楽しみいただけたらと思います。

解除
あくありお
2019.07.17 あくありお

91頁 勘違いな願い事 に同じ文章が2回(/・ω・)/
ペースト連打( ゚д゚)?

霧ちゃん→霧聖羅
2019.07.21 霧ちゃん→霧聖羅

あくありおさん

ありがとうございます><;
確認したつもりなのですが、2回張り付けしてしまったようです。
余分を削除致しました!

解除

あなたにおすすめの小説

神様に加護2人分貰いました

琳太
ファンタジー
ある日白い部屋で白い人に『勇者として召喚された』と言われたが、気づけば魔法陣から突き落とされ見知らぬ森の中にポツンと1人立っていた。ともかく『幼馴染』と合流しないと。 気付けばチートで異世界道中楽々かも?可愛いお供もゲットしたフブキの異世界の旅は続く…… この世界で初めて出会った人間?はケモ耳の少女いろいろあって仲間になり、ようやく幼馴染がいると思われる大陸へ船でやてきたところ…… 旧題【異世界召喚、神様に加護2人分貰いました】は改題され2018年3月書籍化、8巻まで発売中。 2019年7月吉祥寺笑先生によるコミカライズ連載開始、コミック1巻発売中です。 ご購入いただいた皆様のおかげで続刊が発売されます。

生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら
BL
【2024/06/01 更新再開しました】 目の前に飛び出して来た高校生を轢きそうになった瞬間、異世界に引っ張られた主人公は、神様のルールに則って異世界に転移する事になった。 今までの生活を振り返り、自分に正直に生きる事を目指すのだが、その境遇に同情し絆された神様たちがくれた加護の相乗効果でセカンドライフは波乱の幕開け? 「親にも捨てられたんだ、誰かの役に立ち続けないと生きることも許されない」 ずっとそういう気持ちを抱え、自身のセクシャリティからも目を背けていた主人公が、実は昔から彼を見守り続けていた神様の世界で幸せになるための物語。 □■□ ●たまに戦闘やグロいシーンがあります。注意喚起※付けます。苦手な方はご注意ください。 ●物語の舞台となる世界の設定上、同性婚でも子供が授かれるようになっています。 ●恋愛&ラブHは第4章92話以降~。 ●作中に出て来るイヌ科やネコ科といった獣人族の分類は地球のものとは異なります。異世界ファンタジーだと割り切って頂けますようよろしくお願い致します。 2022/05/13 タグ編集 2022/05/22 内容紹介編集 2022/06/27 タグ・内容紹介編集 2022/07/03 タグ編集 2022/09/06 タグ・内容紹介編集 2022/09/20 本編タイトル表記統一等調整しました

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

最狂公爵閣下のお気に入り

白乃いちじく
ファンタジー
「お姉さんなんだから、我慢しなさい」  そんな母親の一言で、楽しかった誕生会が一転、暗雲に包まれる。  今日15才になる伯爵令嬢のセレスティナには、一つ年下の妹がいる。妹のジーナはとてもかわいい。蜂蜜色の髪に愛らしい顔立ち。何より甘え上手で、両親だけでなく皆から可愛がられる。  どうして自分だけ? セレスティナの心からそんな鬱屈した思いが吹き出した。  どうしていつもいつも、自分だけが我慢しなさいって、そう言われるのか……。お姉さんなんだから……それはまるで呪いの言葉のよう。私と妹のどこが違うの? 年なんか一つしか違わない。私だってジーナと同じお父様とお母様の子供なのに……。叱られるのはいつも自分だけ。お決まりの言葉は「お姉さんなんだから……」  お姉さんなんて、なりたくてなったわけじゃない!  そんな叫びに応えてくれたのは、銀髪の紳士、オルモード公爵様だった。 ***登場人物初期設定年齢変更のお知らせ*** セレスティナ 12才(変更前)→15才(変更後) シャーロット 13才(変更前)→16才(変更後)

馨の愛しい主の二人

Emiry
BL
瑞峰 柚羽音 ずいほう ゆうね (瑞峰組 調教師兼情報管理担当) 瑞峰 虎龍 ずいほう こりゅう (瑞峰組若頭後に組長になる予定) 瑞峰 馨 ずいほうかおる (元 澤野組の次男) 馨は澤野組の次男として自由に遊んでいたが、ある日 馨の父 澤野組組長から電話で呼び出される その後 裏SM店の店長の彬の息子 柚羽音に引き合わされ 柚羽音のモノになる

虹かけるメーシャ

大魔王たか〜し
ファンタジー
己だけのユートピアを作るために世界征服を企む邪神ゴッパは、 異世界だけでなく地球にまでその手を伸ばそうとしていた。 生物だけでなく、世界そのものを滅ぼしかねない邪神のチカラを目の当たりにした主人公のメーシャは、 その野望を阻止するために龍神のチカラを持つ勇者となり、地球と異世界ふたつの世界を救う旅に出る。

天涯孤独になった僕をイケメン外国人が甘やかしてくれます

波木真帆
BL
日本の田舎町に住む高校生の僕・江波弓弦は、物心ついた時には家族は母しかいなかった。けれど、僕の顔には父の痕跡がありありと残っていた。 光に当たると金髪にも見える薄い茶色の髪、そしてグリーンがかった茶色の瞳……日本人の母にはないその特徴で、父は外国人なのだと分かった。けれど、父の手がかりはそれだけ。母に何度か父のことを尋ねたけれど、悲しそうな顔をするだけで、僕は聞いてはいけないことだと悟り、父のことを聞くのをやめた。母ひとり子ひとりで大変ながらも幸せに暮らしていたある日、突然の事故で母を失い、天涯孤独になってしまう。 どうしたらいいか途方に暮れていた時、母が何かあった時のためにと残してくれていたものを思い出し、それを取り出すと一枚の紙が出てきて、そこには11桁の数字が書かれていた。 それが携帯番号だと気づいた僕は、その番号にかけて思いがけない人物と出会うことになり……。 イケメンでセレブな外国人社長と美少年高校生のハッピーエンド小説です。 R18には※つけます。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。