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2巻

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 余計なことをしてしまった自覚のあるリエラは、小さくなるしかない。でも、思いついたら試したくて仕方なくなっちゃって、つい……。こらえしょうがなくってごめんなさい。

「……まぁ、仕方ないね。これは探索者協会に売って、代わりを買うことにしよう」

 レイさんはそう言うと、ひざをポンと叩いて立ち上がる。

「リエラちゃんも来る?」
「――是非ぜひ!」

 お誘いいただいたので、即座に返事をする。リエラがやってしまった失敗の後始末を、レイさんだけにやらせるわけにはいかない。
 レイさんが出かける準備をするのを待ちながら、リエラはちょっとドキドキだ。探索者協会の受付にはまだ行ったことがないんだよ。


 さてさて、やってきました、『探索者協会 グラムナード支部』。
 ここは、すごく大きな木造二階建てのログハウスだ。外町の建物は、大きさこそ様々だけれど、ほとんどがここと同じように丸太材で建てられている。リエラの住んでいたエルドランの町はレンガ造りの建物ばっかりだったから、これはこれでなんだか目新しい。
 中に入ってすぐの場所は小さなロビーになっていて、かすかに木の匂いがただよっている。この前来た時は、ルナちゃんと二人でお茶を飲んだんだよね。
 カウンターまでは入り口から五メートルくらいと、結構な奥行きがある。建物の半分くらいの幅があるカウンターは、十もの窓口に仕切られていた。買い取り窓口が六つに、販売窓口と依頼受付がそれぞれ二つずつだ。
 カウンターの向こうには棚がたくさん並んでいて、依頼受付の後ろにはたくさんの書類が見える。買い取り窓口の後ろには素材類、販売窓口の後ろには商品が保管されているみたい。
 今は、人が来ない時間帯なのか、どの窓口にも一人ずつしか人がいなかった。レイさんが慣れた様子で向かうのは、買い取り窓口だ。

「「「あら、レイさん。今日はどうなさったんですか?」」」

 買い取り窓口以外からも一斉に声が上がって、リエラは驚く。
 レイさんは、それぞれの窓口の女の子に平等に笑顔を振りまきつつ挨拶あいさつしている。
 彼は、人当たりというか……愛想がすごくいい。顔立ちが整っていて物腰も柔らかいから、女の子を勘違いさせちゃいそうかも。


 ある意味、アスラーダさんの対極にいるような人だね。アスラーダさんも顔立ちは整っているけど、無愛想でつっけんどんだから、少し怖がられそうな感じだし。

「ウチの魔力石の在庫に、普段使わないのがあってね。買い取りをお願いしに来たんだ」

 そう言って袋草ふくろそうに入れた魔力石を優しい手つきで置く。
 袋草というのは、その辺に生えている植物の一種だ。葉っぱを二つにちぎると袋状になるから、中に小物を入れることができる。

「拝見しますね」

 買い取り窓口のお姉さんは、袋草の中から透明感のある青い魔力石を取り出し、はかりに似た道具に載せた。

「水の魔力石……内包魔力は二百ですね。こちらを買い取らせていただくなら一万四百五十四ミルになります」
「それじゃ、その金額分の魔力石に交換してもらってもいいかな?」
「大丈夫ですよ。魔力はいつもの九十でよろしいですか?」
「それでお願い。余った分は十で」

 カウンターに置かれた魔力石は九十が十一個に十が七個。
 あれ?? 魔力石の値段って、九十が九百九十ミルで十が百ミルだったはずなのに、数がおかしくない?? 九十の魔力石が十一個だと一万八百九十ミルだから、それだけで買い取り額をオーバーしちゃうよね?

「……で、この子が前に話していた、新人のリエラちゃん。これから、ちょこちょこ魔力石を仕入れに来ると思うからよろしくね」

 リエラが魔力石の値段のことを考えている間に、何やら雑談が進んでいたらしい。自分の名前が出てきてビックリしたリエラは、慌ててお姉さん方に頭を下げながら挨拶あいさつをする。

「リエラです、よろしくお願いします!」
「リエラちゃんね、よろしく」
「よろしくねー」
「この子が来るようになるってことは、レイさんはもう来ないんですか?」

 三人目のお姉さんにとっては、どうやらレイさんが来なくなる方が大問題らしい。リエラの挨拶あいさつは華麗にスルーだ。

「毎日の仕入れには僕も顔は出すよ。この子には、足りなくなった時に補充をお願いする予定」
「なるほど! それなら安心です。リエラちゃんよろしく!」

 レイさんの言葉に、三人ともほっとしたように顔を見合わせる。

「それじゃあ、また来るね」
「「「またのお越しをお待ちしています!!」」」

 レイさんが挨拶あいさつをすると、お姉さん達の返事が綺麗にハモった。リエラもお姉さん方に頭を下げ、レイさんのあとを追いかける。

「詳しい説明は、お昼を食べながらにしようか」

 そう言われて、口から出かかった質問を呑み込んだ。今、この場で話したくはないらしい。
 お店に戻ると中から鍵をかけ、奥の休憩室でお弁当を出して二人でテーブルにつく。セリスさんが用意してくれたお弁当は、袋みたいな形をしたパンと、中に詰め込む具の数々だ。リエラ達は、それぞれ好きな具を詰め詰めしながら食べ始める。
 食べ物って、結構好みが分かれるよね。リエラはお野菜たくさんとでた卵の薄切りを詰めてたっぷりのソースをかけたものだけど、レイさんのお好みは千切りにされた葉野菜と濃い味付けの薄切り肉を詰めたものらしい。
 食べ始めてしばらくすると、やっとレイさんがリエラの聞きたかった話をしてくれる。

「リエラちゃんはさっき、魔力石の値段について聞きたかったんだと思うんだけど……。書くものがないと説明が面倒なんだよね」

 そう言いながらメモ用紙とペンを用意すると、サラサラと何かを書き始めた。

「魔力石は、生物が死んだ時に発生するものだっていうのは知っているかな?」
「はい。天寿てんじゅまっとうした場合を除いて、全ての生き物が死んだ時に現れるんですよね」
「そうそう。生き物の内包魔力が、魔力石の姿になって顕現けんげんすると言われているね」

 魔力石は、全ての生物から採取することができる魔力のかたまりだというのが定説だ。

「この魔力石、グラムナードでの主な入手先はどこでしょう?」
「……迷宮、ですよね?」
「そう、迷宮。主に探索者が迷宮から持ち帰るものが一般に流通しているんだ。迷宮で採れた魔力石は必然的に、探索者協会に持ち込まれることが多くてね。それで今は、探索者協会から一般の商店におろされるようになっているんだよ」

 そう言いながら、手元のメモに書き出した表を見せてくれる。

 
  

  内包魔力
  一〇      九〇          一〇〇 
  

  市場価格
   一〇〇    九九〇           五四四五
  

  卸価格
  九〇    八九一    四九〇一
  

  買取価格
  八〇    七九二    四三五六
  

  利用先
  一般家庭  外町出張所  商店等
 



「特に出回りやすいのは、十と百の魔力石だね。九十はウチでよく使うから一応覚えておいて」
「――なんか、百になるといきなり値段が跳ね上がるんですね」
「それだけ需要があるんだよ。魔法具に使うのが主だけど、一般家庭なら一月ひとつきで十、客商売しているところだと百はないと厳しいみたいだね。ほとんどの店では、百でも毎週交換が必要だって話だし」
「その頻度ひんどじゃ十の方が格段に安くても、確かに交換する手間がかかりますもんね」

 実際、毎日のように交換するんじゃ手間がかかって仕方ない。きっと、手間を取るかお金を取るかってことだよね。

「あれ? でも、そうしたら九十の魔力石を使った方が経済的?」

 だって、百だと値段が五倍以上もするんだよ? 手間をお金で買うにしたって、安く済ませたいよね。

「それが、どういうわけか二十~九十の魔力石だと魔法具が動かないんだよね」
「え? 動かないんですか??」

 リエラは驚いて目をまたたく。

「うん。理由は分からないんだけど、動かない。でもウチの工房みたいに付与や付加に使ったり、研究用に購入する人もいたりするから、それなりの値段にはなっているんだよ」

 ぶっちゃけて言うなら、十の代用品になるのは百だけだから、値段がガツンと上がってもそれを使うしかないってことらしい。
 魔力石の価格の謎が解けたような気がするところで、今度はリエラがきちんと理解できているか確認させてもらおう。

「さっきは魔力石が思ったよりたくさん交換してもらえたんでビックリしたんですけど、おろし価格で計算されたからなんですね」
「ご名答。ちなみに、属性石は市場価格が二割増しになるよ。その分、買い取り価格も上がるし、水や火の属性石は協会でも重宝ちょうほうされる。ただ、リエラちゃんが自分で売りに行くのはおすすめしないけど……」

 そう言ってレイさんは、意味ありげに片目をつぶってみせた。

「この件について、僕が教えられるのはここまで。さっき紹介したから、魔力石が欲しくなったら協会で仕入れるといいよ」

 そこまで言うと、さっき交換してもらった魔力石から九十のものを二つだけ取り出して、残りを袋ごとリエラの手に放り込む。

「在庫が合わなくなっちゃうから、それはリエラちゃんのね」
「え?? え??」

 アワアワしているリエラを尻目に、レイさんはお昼ご飯をさっさと片付け始めた。

「さて、午後は調薬を頼むよ。必要なものは工房にそろっているから、数は最低これだけで」

 薬の数が書かれたメモを置いて、彼は売り場に行ってしまう。

「あ、はい! 分かりました!!」

 魔力石をどうするかはおいといて、とりあえずお仕事に戻らなきゃ。リエラも慌てて返事をすると、工房に向かった。


 出張所の初日は、朝の怒涛どとうのような忙しさから始まったけど、夕方には大分だいぶ落ち着いた感じで終わる。時間帯によってこんなに忙しさが違うというのが不思議だ。レイさんいわく、朝に来るのは、前日に用意ができていないのに急いで迷宮に入りたい人なんだって。
 逆に、きちんと用意をして明日から迷宮に入る人は夕方に来る。そういったお客さんは、変に急かすようなこともなかったから、落ち着いて接客ができたよ。
 夜になって自室に戻ると、魔力石を作業台の上で転がしつつ、レイさんが書いてくれたメモを見直す。
『育成ゲーム』で百まで育てた魔力石を売れば、一つ当たり三千ミル以上の利益が出る。
 更に、属性を付加すれば、利益は四千ミルを超えるんだよね。
 レイさんが魔力石をくれたのは、リエラが石を欲しがる理由を把握はあくしているからだと思う。それで、入手方法やそのための資金しきんりを示唆しさしてくれたんだろうけど……
 彼が言うように、リエラが売りに行くと、入手方法が問題になりそうなんだよね。『育成ゲーム』のことは、あまり人に知られない方がいいんじゃないかと思うし。そうなると、誰かに売りに行ってもらうしかない。
 まず、『育成ゲーム』について知っていそうな人。
 それから、魔物を倒すだけの実力があり、実際に迷宮に行くこともある人。
 その条件でリエラが思いつく相手は――アスラーダさんだけだ。
 スルトの場合、『育成ゲーム』については知らないからね。それを話していいものかどうかも怪しい。そう考えると、自分で売りに行くのと大差ないことになってしまう。
 悩みつつ一人でうなっていたら、突然、部屋にノックの音が響いて飛び上がる。

「はーい?」

 この時間だとルナちゃんかな? そう思いながら扉を開けると、目の前にいたのは思いがけない人。タイムリーなことに、アスラーダさんだった。

「俺に相談したいことがあるらしい、と聞いてきたんだが……」
「――えと、レイさんから聞いたんですか?」
「ああ」

 やっぱり……。レイさんの気遣いは嬉しいけど、ちょっぴり気を回しすぎだ。
 でも、せっかくお膳立ぜんだてしてくれたんだから、もうそれに乗っちゃおうか? そう開き直って、アスラーダさんを中に招き入れた。

「ちょっと廊下でお話しすることじゃないので……中でいいですか?」

 リエラの言葉に、アスラーダさんはためらいつつも中に入ってくる。彼に椅子をすすめてお茶をれ、『育成ゲーム』についての相談を始めた。

「ああ、そのことなら大雑把おおざっぱにだが聞いている。それで?」

 予想通り、彼もその話は聞いているらしい。

「毎週、魔力石の支給はあるんですけれど――アスタールさんに言われた目標を達成したらどうなるかが気になって、自腹で買っていたら、その……」

 資金難になりました。……なーんて、よく考えたらなんて恥ずかしいんだろう。言いよどむリエラに、彼は苦笑を浮かべる。

「資金難か。それで、魔力石の買い取り額の差を利用して資金集めをしたい……と」
「ぶっちゃけて言うと、そうです」

 口ごもった言葉の先を言い当てられたら、うなずくしかない。なんだかいたたまれない気持ちで肯定すると、彼は納得したようにうなずく。

「なるほど。……まぁ、俺経由で魔力石を売るのは構わない」
「それじゃ、お礼は魔力石を売った金額から――」
「礼金なら必要ない。資金を調達しようとしているのに、そのために余分な金をかけてどうするんだ?」
「えええ……?」

 またもや言葉を先取りされた上に、拒否されてしまった。

「でも、何かしらのお礼はさせてほしいんですが……」

 お金を払うのが一番手軽な方法なのだけど……。それがダメだとすると、何で返すのがいいだろう??
 リエラが悩んでいると、アスラーダさんが苦笑しながらその方法を提案してくれた。

「じゃあ、売り上げを渡す時にでも、またこうして茶を飲ませてくれ。それでいい」
「なんか、割に合わなくないですか?」
「どうせ迷宮に入るたびに探索者協会へは行くんだ。なんの問題もない」
「そういうことなら……お言葉に甘えさせてもらっちゃいますよ?」

 そのリエラの言葉には、うなずきだけが返ってきた。なんだか、利用だけさせてもらう感じでモヤモヤするよ。

「それじゃあ、これからよろしくお願いします!」

 アスラーダさんにそう言って、頭を下げる。せめて飲みに来るだけの価値がある、美味おいしいお茶をれられるように練習しよう。
 何はともあれ、『育成ゲーム』の材料を調達する目途めどが立った。ただ、売ってもおかしくない量や属性を把握はあくしておいた方がいいだろう。そう思って、念のために聞いてみる。

「週に一度なら、水属性の三百を一つ交ぜてもいいな」
「内包魔力三百って……あんまり出回らないんじゃないんですか?」
「水なら、比較的簡単に手に入る。ちょうど今スルトをきたえているのが『水と森の迷宮』だ。そこのぬしから採ったものだと思われるだろう」

 なるほど、納得です。
 アスタールさんから借りた本によると、『水と森の迷宮』は四つの島に分かれていて、最低でも第三層まで広がっているらしい。春夏秋冬に分かれた島の、それぞれの階層に存在するぬしを倒すことによって、次の階層への道が開かれる。
 単独行動する動物しかいない第一層と違って、第二層では同じ動物でも群れで行動するようになるから、危険度が跳ね上がるんだって。
 そして第三層になると、単独行動をする魔物に変わるらしい。第四層があるとしたら、きっと群れで行動する魔物が出るんじゃないかな?

「そっか、ぬしの魔力石ならそれくらいになるんだ……」
「スルトがもう少しマシになったら、お前も連れていってやる。同じ春の島でも、微妙に出てくる動物が変わるし、何より植生しょくせいが変わるからな」

 へぇ、出てくる動物だけじゃなくて植生しょくせいも変わるのか。それは、是非ぜひとも行きたい。

「楽しみにしています」

 そう言って笑うと、アスラーダさんも笑顔になった。
 最終的にお願いすることになったのは、無属性で内包魔力百のものを毎日三つずつ。それから、週に一度だけ水属性で内包魔力三百のものを一つだ。アスラーダさんは週五で迷宮に入っているから、原価を差し引いても、毎週八万三千六百四十ミルの収入が入ることになる。
 購入できる魔力石の量が、格段に増えるよ!
 かかる資金を考えると、ちょっと眩暈めまいがするけど……。こんな無茶なお願い事も聞いてもらえるなんて、この『育成ゲーム』はよほど重要なものなんじゃないかな。
 それなら、ご期待に添えるように、頑張って育てていかないと。
 明日売ってきてもらう分を作った残りと、スルトから今日買った分。その全部を育てるために使ったから、今は内包魔力が五千五百八十かな?
 計算上だと週に一万前後は育てられそうだ。目標達成の目安ができて、モチベーションも上がるね。育て終わったら、また何かを教えてくれるみたいだし、それも楽しみだ。
 もちろん、そればっかりにかかずらっていて、お仕事をおろそかにするなんてことはできない。普段のお仕事もきちんとこなさないとね。


 外町出張所に行き始めてから、早いものでもうすぐ一ヶ月になる。
 仕事のペースがつかめてきて、魔力石への属性付加もスムーズにおこなえるようになった。最近では朝の属性付与のお仕事も少しずつやらせてもらえている。
 属性の付与は、結構面白い。
 付与したい属性と効果時間をお客さんに決めてもらって、それに対応した魔力石を用意。その魔力石を武器のの部分に当てつつ、中の魔力をまとわせる。そうやってまとわせた魔力は、『魔力視』を使わなくても目に見えるんだよ。水の魔力ならほんのりと青っぽく、火の魔力なら赤っぽくなるから分かりやすい。
 ……実は最初、リエラはこの魔力をまとわせる作業が上手くできなかった。だって、付与しようと思っているのに、何故か付加になっちゃうんだよ?
 これは普通の人だと逆に難しいそうなんだけど……
 リエラがおこなったのは、魔力石に属性を付与するのと同じイメージだ。でも本来なら、その方法で武器に属性を付加することはできないらしい。
 武器には基本的に、魔力との親和性しんわせいがない素材が使われている。そういった武器におこなえるのは付与で、一時的に魔法の力を宿やどす方法だ。
 対して付加は、永続的に魔法の力を宿やどす。そのため、魔力と親和性しんわせいの高い素材を使ったものにだけおこなうことができるんだそうだ。
 更に、付加をおこなう場合には、内包魔力の多い魔力石が必要になる。そうでないと、術者の負担が大きすぎて、下手すると命にかかわるんだって。
 確かに思い返してみると、あの時に消費した魔力はちょっと危ない量だった。一万くらいは減っていた気がするよ。
 ちなみに、失敗したのは不幸中のさいわいと言っていいのか、スルトの武器だ。『水と森の迷宮』のぬしに挑戦するために風属性を付与する予定だったんだけど……
 リエラの失敗が原因で、ぬしに挑戦する時以外は封印することになってしまった。永続的な効果のある武器を使っていては、本人の技量が上がらないからだそうだ。
 それを聞いた時のスルトは涙目で、リエラも胸が痛んだよ。だけど、アスラーダさんが何かを耳打ちした途端とたんに、耳と尻尾しっぽをピン! と立てて――絶望の表情から一転、笑顔になったんだよね。
 一体何を言われたんだろう??

「そういえばレイさん。ここって錬術工房なのに、金物の加工はしないんですね」
「金物の加工、してみたいの?」

 ふと思いついて口にしたら、レイさんはからかうように問い返してくる。リエラは至極しごく真面目にうなずくと、自分の素直な気持ちを返す。

「やれることだったら、なんでもやってみたいです」
「なるほどね。金物の加工はやれないわけじゃないんだけど……。魔力の消費が激しいから、気軽にやるってわけにもいかないんだ」
「そんなに魔力を使うんですか?」
「そうだね……。例えばスルト君の使っている短剣を作るのに、千前後は使うかな。消費する魔力は、加工する素材や重量によって変わるけど……」

 レイさんの説明にうなずきながら、心の中でしっかりとメモを取る。この説明からすると、素材次第で必要な魔力が増えたり減ったりするってことだよね?

「その上、せっかく作ったとしても、本職の鍛冶師かじしが作ったものよりも品質が落ちることが多いんだよ」
「ええっ? 使う魔力の量を増やしたら、品質が上がったりするってことはないんですか?」

 思わず頓狂とんきょうな声を上げると、レイさんは苦笑しながら理由を教えてくれた。

「品質を上げるためには、素材をきちんと理解する必要があるからね。使い物になる武器を作り出せるようになる頃には、本職の鍛冶師かじしにもなれるんじゃないかな?」
「その時間があったら、リエラは他のお勉強を頑張りたいです……」

 咄嗟とっさにそう返したものの、魔法薬と関係ない素材についても勉強はした方がいいだろうなぁ……。こればっかりは、自分の希望は関係ない。
 だってリエラは、『錬術師』見習いだもの。魔法薬ばかりではなく、金属に関する造詣ぞうけいも求められるよね。
 そんなことを考えつつ無意識に百面相ひゃくめんそうをしていたらしい。レイさんはそれを見て、可笑おかしそうにクスクスと笑っている。それに気が付いてむくれると、彼は謝りながら素敵な提案を口にした。

「仕方ない。それじゃあ、休み明けにアクセサリーの加工でもやってみようか」
是非ぜひ!」

 なんだかんだで教えてもらえるらしい。出張所に来てからは、物作りの仕事が少なかったから、すごく楽しみで思わず顔がにやけてしまう。
 早く、週明けにならないかなぁ……


 さてさて、やっと週明け!
 午前中のせわしなさを乗り越えたあとは、お楽しみの時間です。うずうずしているリエラに、レイさんが笑いをこらえながら用意してくれたのは、各種金属板と骨や皮。
 これがアクセサリー作りの材料なのかな?

「せっかくだから、魔法具になるアクセサリーを作ってみようか」

 そう言いながら、魔力石の詰まったケースも取り出す。

「これは、魔法を封じてある魔力石だよ」

 魔法って、魔力石に封じることができるんだ! そのことに驚いて、リエラは目をまたたく。

「アクセサリーに、この魔力石を組み込むんですか?」
「ご名答!」

 わざわざ見せてくれた理由を考えてたずねると、ウィンクと一緒に答えが返ってくる。

「魔力石は使い捨てだから、取り外しがくようにデザインを考えて作らないといけない。そこに気を付けてね」

 そう言うとレイさんは、銀板を手に取り、魔力を通して成形を始めた。先にこうやってお手本を見せてくれているのだ。リエラは『魔力視』を使いながらじっと見つめる。
 銀板の必要な部分にだけ魔力をもちいて切り離すと、そのまま形を変えていく。複雑な形を取りながら、最後にクルンと丸まって出来上がったのは、何かを抱えるような格好で丸くなる竜の指輪だった。
 思わず拍手をすると、照れ笑いが返ってくる。

「ここに、魔法を封じた魔力石をセットするんだよ」
「それにはなんの魔法を封じてあるんですか?」
「『着火』だね。竜って、火を噴くイメージがあるから」

 赤い魔力石をめ込むと、まるで卵を抱えているみたい。出来上がったものを見ながらたずねたら、そう教えてくれた。

「そっか……」

 言われてみると、魔法のイメージに合う形をしていた方が分かりやすいかも。でも、魔力石は付け替えもできるっていうから、そこまで考えなくてもいいのかな??


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