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二年目 岩窟の迷宮

ヤギ車で入りたかった

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 壁画に手を触れ迷宮の中に入ると、大広間の正面に描かれていた光景が現実のものとして広がっていた。

「おおお~?」
「荷馬車も入っていくから不思議だったんだけど、パッと見ただけでも随分と広いね」
「広いし、深いのです」

 アッシェとリエラちゃんが、感想を話すのを聞きながらみんなの後について歩く。
壁画だといまいちよく分からなかったんだけど、岩をらせん状に掘り進んだ結果、すり鉢状のくぼ地になるみたい。
下へ向かう道は、馬車が余裕をもって三台は通れそうなほどに広い。
これなら下っていく馬車と、上ってくる馬車が正面衝突! なんて事故は起きづらいね。
私達みたいに歩いて行くことも可能だし。

 それはそれとして、二人が口にした感想の通り、随分と広いなって言うのが最初の感想。
でも、それに返ってきた師兄の言葉でその認識が間違っているのだと教えられた。

「目の錯覚だな。障害物がないせいで一望できるから広く見えるが、この迷宮そのものは春島の大きさよりも小さいんだ」
「不思議」
「アッシェも不思議です~」

 こんなに広く見えるのに。
アッシェと顔を見合わせ、コテンと首を傾げる。

「ラー兄。一番近い横穴は混んでそうだし、今日は二~三個目の横穴を目指す感じでどう?」
「そうだな、それでいいんじゃないか」
「りょーかい! スルトん、その方向でお願い」
「ほいほい」

 このあたりのノリは、いつも通り。
基本、迷宮実習ではリーダー役のルナちゃんがざっくりとした方針を決め、師兄にその内容を確認を取ってから行動にうつる。
私はついていくだけだけど、スルト君は索敵的ななにかをしながら歩くんだよ。
と言っても、今いる場所には魔獣の類は出ないそうだから、空いてそうな横穴を探す方向ね。
ちなみに、決まった方針が大雑把なのは、細かく決めてもその通りに行く事なんてないから。
それに詳細に決めすぎると、予定通りにいかなかった場合に余計な負担が生じるかららしい。
余裕をもって予定を組むのが大事なんだって。

 それにしても、馬車が行き交う中を徒歩で移動するのは、なんだか損した気分。
だって、横穴の中まで馬車で入ることが出来るみたいなんだもの。
歩く必要、ないんじゃない?
師兄にそうぼやくと、彼はこう答える。

「基本的に精錬所関連の馬車しか、迷宮の中には入れないな」
「なんと」
「え、なんか一部の人だけ馬車を使えるのはずるくないですか?」

 まさかの入場制限!
私の驚きの声に、リエラちゃんの不満そうな声が被る。
でも、うん。
私もずるいと思う。

「横穴一つにつき、荷馬車が二台入れる程度の広さしかないのが理由の一つ。二つ目は、精錬所の大元は国営だからそちらが優先される」
「むうぅ」
「お上には逆らえないってことですか……」

 リエラちゃんと顔を見合わせてため息一つ。
なんか、理不尽。

「それに、だ。荷馬車にしろヤギ車にしろ、番をする人間が必要だからこのメンバーだと無理だろう?」
「ヤギなら、泥棒相手に大立ち回りをしそうですけど……」

 ヤギ、強いもんね。
心の中でリエラちゃんの言葉に同意する。
そんな会話をポツポツと交わすうちに、四つ目、五つ目の横穴を通り過ぎる。

「ここらで横道に入るぞー!」
「ほいほい、了解。みんな、ここからは気合入れてね」

 六つ目に差し掛かったところで、やっと中に入ることになったみたい。
一旦、入口の近くで一息つきつつそれぞれ武器を手にする。

「さて、みんな。ここで出てくる魔獣の情報はちゃんとわかってるかな?」
「わかってるですよ~! ここに出てくるのは、虫系ばっかりで、焼き溶かすと鉄とかになるのです」
「はい、正解! 虫型だから、足元だけじゃなく天井や壁にも気を付けてね」

 おおう……。
虫系だとは認識してたけど、そこには気が付かなかった!
みんなが了解の返事をするのに混ざりながら、冷や汗をぬぐう。
ちゃんと注意してもらえてよかったよかった。

 横穴の中は存外明るい。
壁の上の方に光銅石が沢山含まれているのか、柔らかな光が上の方から足元を照らしてくれているから、転ぶ心配はなさそう。
壁面が所々光ってるところをみると、壁にも光銅石が含まれてるみたい。
まあ、含有率は低そうだけど。
光銅石って溶かして使うものじゃないから、ある程度の大きさがないと加工のしようがないんだよね。
だから通路を照らしている程度の大きさの物は、明かりの代わりにする為に掘り出してないんだろうな。

 師兄が言っていた通り、両端に一台ずつ荷馬車が停められている。
だけど、真ん中に通路として開られているのは体格のいい人が、やっと一人通る抜ける事が出来るって程度の幅。
国が管理していることを示す刻印が大きく車体の脇に施されているから、探索者の人も大声で文句を言い辛いよね。
……でも、やっぱりちょっと迷惑だと思う。
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