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二年目 見習い期間 ~調薬工房~

糸紡ぎ 下

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 煎じ終わった『腐食液』を目の細かい布袋で濾すと、ツンとした重宗のする透明の液体になった。
灰が入って上に時計草の皮がピンク色だしで、なんとなく赤っぽい液体が出来上がるのかと思ってたから、なんだか拍子抜けだ。
濾すのに使った布袋を、後で洗う為に流水に漬けておく。

「流水に漬けておけば、後で洗う時に危なくないのよ」
「って事は、浸けてないと危ないのです?」
「原液状態だと、手指の皮膚が溶けちゃうから気をつけないとダメね」
「成程なのです。水も流しっぱなしにしとかないと危なそうなのです」

 テミスちゃんは元々知っていたらしく訳知り顔で頷いているから、アッシェちゃんと二人で「気をつけよう」と頷き合う。
高速治療薬があるから、すぐに治っちゃうかもしれないけど、それでも痛い思いをするのは嫌だもんね。
気をつけよう。

「これを、さっき剥いた皮を入れておいた入れ物にそのままドボーン!」

 セリスさんは、まだ熱いその液体を全て、ドボドボと注いで蓋をする。

「蓋をしたら、このまま一時間放置します」
「その間に丈夫な繊維以外の部分は腐っちゃうんだよ」
「ふむふむ。という事は、残った部分が糸の材料になるのです?」
「この工程は、臭いが難点なのよね……」

 確かに、蓋をしてるのにも関わらず、酷い臭いが漂いだす。

「丁度お茶にするのにいい時間だから、食堂に避難しちゃいましょうか」
「「「賛成(なのです)~!!」」」

 セリスさんのお誘いに、みんなは大喜びで賛成の声を上げる。
だって、こうしてる間にも、なんだか臭いがきつくなってきてるんだもの……。



 食堂では、今までの工程に対する質問をしたり、次の工程についての説明をしてもらいながらお茶を飲むという事になった。
一時間って言う時間は、休憩時間としては長すぎるからね。
時間を有意義に使うって言うのは、良い事だ。
そんな訳で、まずは質問タイム。
真っ先に口を開いたのは、アッシェちゃん。

「そういえば、元々水が入ってるところに腐食液を入れたですけど、原液に皮を入れちゃダメだったのです?」
「原液だと、むしろ必要なものまで溶けちゃうんじゃない?」
「は?! なのです!!」
「はい、リエラちゃんが正解」

 思わずツッコミを入れちゃったんだけど、どうやらそれが正解だったらしい。
あんまりにも腐食液の濃度が高いと、あっという間に丈夫な繊維まで溶けちゃうんだそうだ。

「うーん……。待ち時間が短くなったりはしないのです?」
「昔、私もそう思って試してみたんだけど……。パッと見は問題なさそうだったのに、その後の工程に入ったら繊維がボロボロになっちゃってて使い物にならなかったのよ」
「おおう……。それは悲惨なのです」

 アッシェちゃんの、残念そうな言葉で納得。
待ち時間、確かに短縮できる物ならしたいよね。

「時計草の実を増やすとか?」
「それも試した上で、あの量が最適だったのよね……」
「あやや、残念なのです」

 試してるかなと思いつつ、一応、言ってみた方法はやっぱり試したことがあるらしい。
そりゃあ、そうだよね。
でも、他に何か思いついた時には提案してみるのもいいのかも。

 その後は、続きの工程を口頭で教わっているうちに待機時間が終了。
早速、調薬工房に戻ると作業を開始する。

 まずやらなきゃいけないのは、腐食液に浸かった皮から薬液を洗い流す事。
これが、結構きつかった。
何がって、閉めてあった蓋を開けた瞬間に立ち上る臭いがヤバい。
あんまりの臭さに、一瞬気が遠くなったよ。
ちなみに、薬液を洗い流すの自体はあっという間だ。
『洗浄』の魔法一つで、部屋の中に漂ってた臭いまで消えてくれた瞬間は、ちょっと感動した。
アッシェちゃんからは、感謝の籠ったキスまでもらっちゃったんだけど……欲を言うなら、セリスお姉さまから頂けたらもっと嬉しかったなぁ……なんて。
ダメダメ。
こんなことを考えちゃうから、コンカッセちゃんに変な濡れ衣を着せられちゃうんだよね。
リエラは同性愛者ではありません。

 何はともあれ、『洗浄』魔法の活躍によって酷い臭いから解放されたリエラ達は、残った繊維を木槌で叩いてほぐす作業に取り掛かる。
コンコンコンコンとひたすら叩き続けて、全部終わった時には手がピクピクと痙攣してたよ……。
だから、セリスさんが作業の終了を宣言した時には心底ホッとした。

「今日はここまでで作業は終わりね」
「中々の重労働なのですー」
「だよねぇ……」

 アッシェちゃんが真っ先にそうぼやくと、テミスちゃんも直ぐに同意する。
リエラも激しく同意だ。

「疲れたぁ」
「最後に、今日用意した『糸の素』を乾かしてからこの魔法具に全部入れておくと、一晩で糸の出来上がり」

 セリスさんは『乾燥』の魔法をさっきまで解してた『糸の素』に掛けて乾かすと、工房の片隅にある正体不明だった魔法具に放り込み、動力源の魔力石をセットした。

「これで、明日になったら続きがやれるのです?」

 魔法具が動き出す音に耳を傾けながら、期待の籠った声でセリスさんに訊ねたアッシェちゃんだったけど、その返答にしょんぼりと肩を落とす。

「続きはまた来週ね。リエラちゃんが居ない時にやる訳にはいかないでしょう?」
「あー、明日はリエラちゃんが魔法具工房に行く日だったのです……」

 そしてその次の日は、アッシェちゃん達がアスラーダさんの引率で迷宮実習……と。
多分、続きは今日ほどの体力勝負にはならない……といいなぁ。
糸にする素材を用意するだけでも、結構時間も体力を使ったから今日は良く眠れそうかも。
今日は夜の日課はお休みして、早く寝る事にしよう。
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