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ほわいとでー 上
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風呂から出て、部屋に戻るとドアノブに見知らぬ袋が吊り下げられていた。
不審に思いながらノブからそれを取り上げると、中身を覗き込む。
中には、包装された小ぶりな箱と小さなメッセージカードだけ。
首を傾げながら2つに畳まれているカードを開く。
≪アスラーダさんへ
いつも、気に掛けてくれてありがとう。
せめてものお礼の気持ちを込めて。
リエラ≫
「あぁ~。やっぱりですかぁ。」
突然、背後から声が上がって、驚きのあまり肩が跳ね上がる。
慌てて振り返ってみると、アッシェがメッセージカードを覗き込んで苦笑を浮かべていた。
「いつの間に……。」
「ふふふ~♪ 気付かなかったです? 何気なく、忍び足は得意なのですよ~♪」
無邪気そうな笑みを浮かべて見せるアッシェの表情とは別に、額の3つ目の瞳が意味ありげに細められるのに警戒心が沸き上がる。
リエラと仲が良いものの、少し叔母上に似た雰囲気があるせいで、俺はこの娘が苦手だった。
「そんな、警戒しなくてもとって食ったりはしないですぅ~。」
「それより、用事があるんじゃないのか?」
無害さを装って、目を瞬くのにとりあわず、質問を被せると肩をすくめて笑顔を装った無表情になる。
いわゆる笑顔の仮面、というやつだ。
一体どこで、そんな物を覚えてきたのやら……。
少なくともグラムナードでは必要のないものだから、覚える機会などないはずなのに。
「用事は、ソレの説明をしにきただけですよ。」
「……コレに書いてあるのとは違うのか?」
手にしたままのカードをヒラヒラさせると、憐れんだような微笑が返ってきた。
この、見透かしたような表情に、やはり心がざわめく。
「アスラーダさんの、姫に対する失礼な感想は置いとくとして、本日、14日は女性が男性への愛を告白する日なのだそうです。」
「は?」
「大事な事なので、もう一度だけ言ってあげますね。」
思わず間抜けな声を出してしまった俺の反応に満足したのか、アッシェは本心からのものに見える笑顔を浮かべて、改めてその言葉を口にした。
「今日は、女性が男性に愛の告白をする為に贈り物をする日なのです。」
手にした袋の中身が急に重みを増した気がして、そっと、両手で持ち直した。
アッシェから教えられた話は、衝撃的だった。
そんなイベントがあったなど、今まで27年生きて来て初めて聞いたのだが、アスタールは一体どこでそんな話を仕入れてきたのだろう?
アイツの方が、俺よりもずっと閉ざされた世界で生きて来ている筈なのに。
それとも、俺の方が世間知らずなだけなのか?
いやいや。コレはそういう問題じゃない。
首を振って、食べ物だから早めに食べる様にと言われた包みを開けてみると、中からは黒い木で作られた箱が入っていた。
箱を開けると、赤い別珍が張られていて高級感を醸し出している。
中には、指で摘まめる位の大きさの、艶やかなこげ茶色から少し明るい茶色をした、アッシェが『チョコレート』と呼んでいた菓子が一つ一つを個別に仕切られて入っていた。
包装は、リエラの趣味ではなさそうだな。
どちらかというと、こう言うのにこだわるのはコンカッセか、と思いながら一粒摘まんでその匂いを嗅いでみる。菓子だと聞いているせいか、少し、甘い匂いがする気がした。
少しだけ齧ってみると、摘まんだ感触でイメージしたよりも柔らかい。
口の中で融ける甘さの中にほんの少しの苦味がある。
気が付いたら、箱の中身が半分になってた。
「……仕舞っておこう……。」
一気に、こんなに食べてしまった事を後悔しながら、リエラがお揃いで作ってくれた腕輪を模した賢者の石にそれを仕舞いこむ。
残りは、王宮での勤めが始まってから、寂しくなった時に食べる事にしよう。
年明けから、王宮で仕事を始める事になっている事を思い出すと、少し重いため息が出た。
もう決めた事だとは言え、年が明けた後、リエラと中々会えなくなると言うのがやはり寂しい。
我ながら女々しい事だと思う。
それはそれとして……。
ドツボにハマりかけた思考を、強制的に他の事に切り替えた。
チョコレートと一緒に入っていたリエラ好みのシンプルなデザインのメッセージカードに目を落とすと、無意識に口の端が上がてしまう。
『嫌とかそう言うんじゃなくて、まだ、「うん」って言えないからってだけなんです!!!』
2週間前の、箱庭でリエラがうっかり漏らした本音だと思われる言葉も耳の奥に蘇ってくる。
バレンタインとか言うイベントについて知っていれば、このメッセージもあの時の言葉と同じ理由からのものだと容易に想像が付いた。
「しかし、ホワイトデーか……。」
お返しに何かプレゼントを渡す様にとアッシェに釘を刺された物の、リエラが喜びそうな物と言えば、調合機器・研究素材・労働力位しか思いつかない。
そもそも、女の喜びそうな物なんて、リエラに限らず想像が付かないのだ……。
返礼は1カ月後だそうだが、今から何を贈るか考えておかないと。
どんな物を贈ったら、彼女が喜ぶだろう。そう思いながら床に着いた。
不審に思いながらノブからそれを取り上げると、中身を覗き込む。
中には、包装された小ぶりな箱と小さなメッセージカードだけ。
首を傾げながら2つに畳まれているカードを開く。
≪アスラーダさんへ
いつも、気に掛けてくれてありがとう。
せめてものお礼の気持ちを込めて。
リエラ≫
「あぁ~。やっぱりですかぁ。」
突然、背後から声が上がって、驚きのあまり肩が跳ね上がる。
慌てて振り返ってみると、アッシェがメッセージカードを覗き込んで苦笑を浮かべていた。
「いつの間に……。」
「ふふふ~♪ 気付かなかったです? 何気なく、忍び足は得意なのですよ~♪」
無邪気そうな笑みを浮かべて見せるアッシェの表情とは別に、額の3つ目の瞳が意味ありげに細められるのに警戒心が沸き上がる。
リエラと仲が良いものの、少し叔母上に似た雰囲気があるせいで、俺はこの娘が苦手だった。
「そんな、警戒しなくてもとって食ったりはしないですぅ~。」
「それより、用事があるんじゃないのか?」
無害さを装って、目を瞬くのにとりあわず、質問を被せると肩をすくめて笑顔を装った無表情になる。
いわゆる笑顔の仮面、というやつだ。
一体どこで、そんな物を覚えてきたのやら……。
少なくともグラムナードでは必要のないものだから、覚える機会などないはずなのに。
「用事は、ソレの説明をしにきただけですよ。」
「……コレに書いてあるのとは違うのか?」
手にしたままのカードをヒラヒラさせると、憐れんだような微笑が返ってきた。
この、見透かしたような表情に、やはり心がざわめく。
「アスラーダさんの、姫に対する失礼な感想は置いとくとして、本日、14日は女性が男性への愛を告白する日なのだそうです。」
「は?」
「大事な事なので、もう一度だけ言ってあげますね。」
思わず間抜けな声を出してしまった俺の反応に満足したのか、アッシェは本心からのものに見える笑顔を浮かべて、改めてその言葉を口にした。
「今日は、女性が男性に愛の告白をする為に贈り物をする日なのです。」
手にした袋の中身が急に重みを増した気がして、そっと、両手で持ち直した。
アッシェから教えられた話は、衝撃的だった。
そんなイベントがあったなど、今まで27年生きて来て初めて聞いたのだが、アスタールは一体どこでそんな話を仕入れてきたのだろう?
アイツの方が、俺よりもずっと閉ざされた世界で生きて来ている筈なのに。
それとも、俺の方が世間知らずなだけなのか?
いやいや。コレはそういう問題じゃない。
首を振って、食べ物だから早めに食べる様にと言われた包みを開けてみると、中からは黒い木で作られた箱が入っていた。
箱を開けると、赤い別珍が張られていて高級感を醸し出している。
中には、指で摘まめる位の大きさの、艶やかなこげ茶色から少し明るい茶色をした、アッシェが『チョコレート』と呼んでいた菓子が一つ一つを個別に仕切られて入っていた。
包装は、リエラの趣味ではなさそうだな。
どちらかというと、こう言うのにこだわるのはコンカッセか、と思いながら一粒摘まんでその匂いを嗅いでみる。菓子だと聞いているせいか、少し、甘い匂いがする気がした。
少しだけ齧ってみると、摘まんだ感触でイメージしたよりも柔らかい。
口の中で融ける甘さの中にほんの少しの苦味がある。
気が付いたら、箱の中身が半分になってた。
「……仕舞っておこう……。」
一気に、こんなに食べてしまった事を後悔しながら、リエラがお揃いで作ってくれた腕輪を模した賢者の石にそれを仕舞いこむ。
残りは、王宮での勤めが始まってから、寂しくなった時に食べる事にしよう。
年明けから、王宮で仕事を始める事になっている事を思い出すと、少し重いため息が出た。
もう決めた事だとは言え、年が明けた後、リエラと中々会えなくなると言うのがやはり寂しい。
我ながら女々しい事だと思う。
それはそれとして……。
ドツボにハマりかけた思考を、強制的に他の事に切り替えた。
チョコレートと一緒に入っていたリエラ好みのシンプルなデザインのメッセージカードに目を落とすと、無意識に口の端が上がてしまう。
『嫌とかそう言うんじゃなくて、まだ、「うん」って言えないからってだけなんです!!!』
2週間前の、箱庭でリエラがうっかり漏らした本音だと思われる言葉も耳の奥に蘇ってくる。
バレンタインとか言うイベントについて知っていれば、このメッセージもあの時の言葉と同じ理由からのものだと容易に想像が付いた。
「しかし、ホワイトデーか……。」
お返しに何かプレゼントを渡す様にとアッシェに釘を刺された物の、リエラが喜びそうな物と言えば、調合機器・研究素材・労働力位しか思いつかない。
そもそも、女の喜びそうな物なんて、リエラに限らず想像が付かないのだ……。
返礼は1カ月後だそうだが、今から何を贈るか考えておかないと。
どんな物を贈ったら、彼女が喜ぶだろう。そう思いながら床に着いた。
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