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氾濫

863日目 魔獣退治ーアスラーダ視点ー

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 騎士団の討伐作戦は、上手く行っていた。
当初の予定通り、魔獣の流出が落ち着いてきたところで、予定通りの場所から内部に突入し、討伐をしながら進む事3日目にして、小さめの湖の畔に目標だと思われる巨大な魔獣が居るのを発見した。
その魔獣は、シカをベースに狼やヘビの頭を生やしたもので、動きの素早さもさることながら、一つの攻撃を避けた直後に、他の二つの頭からも繰り出される攻撃に騎士団は苦戦を強いられる。
 ただ、道中の魔獣にも言えた事だが、この巨大な魔獣も単調な動きの繰り返しで慣れてくれば、攻撃を避ける事も反撃することも何とかならなくもなかった。
反撃が出来るようになると、やっかいな事実が判明する。
このシカモドキ、やたらと皮膚が頑丈で騎士団員の使っている通常の支給品では、中々傷をつける事ができなかったのだ。
 業を煮やして飛び出したのは叔母で、どうやら、これ以上の犠牲が出る事に我慢がならなかったらしい。
俺の張った結界により、ソレが無かった場合と比べれば被害の程は少ないと言って良かったが、それでも殉職者がでていたのだ。
叔母は、どちらかと言うと魔力の扱いが得意ではなく、莫大な、と言っていい魔力量を惜しみなく使うタイプなのだとその時知った。


周りに被害を出さずに戦えないのか……?!


「アスラーダ。彼女と魔獣を中心に結界を。」

 ラエル師の言葉に従い、十分な広さに結界を張る。
これで、周りに居る騎士たちには被害が及ばない。

「今の内に、負傷者の手当てをして。」
「は!」

 彼の指示に従い、部下達が動く。
指示を下した彼は、叔母と魔獣から目を離す事は無く、虎視眈々と魔獣に隙が生まれる瞬間を待ち続けている。
俺は、その瞬間に遅れぬ様、結界を緩めなくてはいけない。
緊張感に、張りつめた空気の中。
叔母の持つ剣の折れる音はやたらと甲高く辺りに響いた。
彼女の放ち続けていた魔法によって、身体のあちこちを切り裂かれていたモノの、魔獣はまだまだ余力を充分に残しており、そんな中、武器を失うのは致命的だ。
慌てて結界を解こうとした瞬間、叔母がこちらを見て微笑む。

「ラヴィ! 駄目だ!!!」

 ラエル師の声が響く中、やたらと緩慢な動きで彼女の手が、魔獣の口の中へと、吸い込まれるように消える。
次の瞬間、魔獣の体内から風の刃が四方に撒き散らされ、その身体が四散した。


馬鹿だ……。
なんだって、自分を巻き込む様な魔法の使い方をしなくちゃいけないんだ。


 叔母の腕を咥えた、狼の様な頭が胴体から離れ、地面へと落ちると、彼女の身体も一緒になって地面へと叩きつけられそうになる。
そうならなかったのはラエル師の術のお陰で、彼女は、何とか一命を取り留めた。
どこか気の抜けたような空気が漂う中、ラエル師の采配で仕事が割り振られる。
俺は運搬していた資材の分配役で、その仕事をしている間は少し気が紛れた。
資材を配り終えると、叔母の元へと向かう。
最後に見た時の彼女は、どう見ても半死半生と言った様子で、正直に言うならば叔母の元へ行くのは少し怖かった。

「ああ、アスラーダちゃん。被害状況はどんな感じかしら?」
「……お元気そうで。」

 万が一があったらどうしようかとアホらしくなる程、能天気な声が掛けられ、思わず脱力する。
張られているのは簡易的な天幕なのに、何故か彼女がいるだけで少し垢抜けて見えるのが不思議だ。
傷には、きちんと薬がつけられたらしく、魔獣にくれてやった腕が無い以外はいつも通りで、その事にホッとしながら報告を行う。

「それにしても、ヘンなのよねぇ……。」
「と、言うと?」
「やっぱり、魔獣の動きがらしくないというか……ヘンなのよ。」

 さっぱり要領を得ない返事が返ってきた。
実際、俺の目から見てもおかしいのは間違いないのだが、『どこが』と聞かれても上手く答えられない。
彼女もそれと同じ様に感じていると言う事なのだろう。
取り敢えずは、生存者の手当ても終わっており、もうやれる事も特にない。
明日は、他に魔物の氾濫が起こった原因になりうるものが無いかを確認する予定だ。
見張りの順番がこない内に、さっさとひと眠りしておく事にして、自分の騎獣の元へ向かう。
野営地の外れの方だが、そこが一番寝心地が良いのだ。
羽虫がやってくると、うっとおしいので軽い結界を張って、騎乗魔獣兎のエルの腹に寄り掛かる。
流石に、今日は野営地全体に結界を張る程の魔力が残ってない。
いつもは念の為に張っていたのに、この時張らなかったのは無意識に気が緩んでいたのだと思う。

「エル、今日も頼む。」

 リエラの瞳に良く似た色合いの青い騎獣は、俺の額に鼻先を軽く押し当てると、また眠りに落ちた。
柔らかな毛の温もりに包まれながら、目を閉じるとあっというまに意識が飛んだ。
 異変があったのは、無事だった者の応急処置を終える頃合いで、時間は明け方頃。
結界に攻撃を加えられ、ギョッとしながら目を開けると、そこには抜き身の剣を振りかぶった仲間の騎士の姿。

「な?!」

 驚き固まったところに、再度剣が振り降ろされ音を立てて結界に弾かれる。
のっそりと起き上がったエルがその騎士を後ろ足で蹴り飛ばすと、俺を背に放り投げるとそのまま走りだそうとした。

「エル、待て!」

 不審そうに止まるエルに、戻る様に伝えると不満げに足を踏み鳴らす。
あちこちで、混乱した声が上がっており、他にも同じような事が起こっているのが俺にすら分かるのだ。
危険な場所へ戻らせたくないと言う事だろう。
それでもなんとか説得すると、渋々ながら従ってくれる。
賢すぎるのも、こう言う時には困るのだなとチラリと思ったが、お陰で助かったのだ。
文句は言えない。
 襲っている側と襲われている側は、容易に判別が付いた。
襲っている側は一様に、うつろな目つきで本来のその人物の動きよりも緩慢な動作で、有り得ない位に隙だらけなのだ。
襲われている者に騎獣の確保を任せ、結界を纏わせてやりながら中央の天幕へと向かった。

「ラヴィ!」

 悲痛な声で、叔母を呼ぶのはラエル師だ。
その声だけで、既に手遅れだった事が判る。

「ラエル師!」

 天幕に飛び込もうとした瞬間、ひらひらと、淡く光る羽虫が近寄ってくるのが目の端に映ったが、すぐに中でラエル師に馬乗りになってその首を絞めつけている叔母の姿に釘付けになった。

「叔母上?!」

 エルが風刃を飛ばし、天幕が吹き飛ぶのと同時に、叔母とラエル師も、もんどりうって転がって行く。
咳き込むラエル師を、エルの上に押し上げると彼はソレに抗った。

「彼女を、置いて、行けない……」

 叔母が、フラリと立ち上がると、その姿がかき消える。
一瞬で俺の間合いに入ると、鋭い蹴りを放ってきた。
ここで、今までだったら避けていなければならなかったところだが、幸いなことに弟の連れ合いが使えるようにしてくれた結界がある。
衝撃にだけ備えて、当たった瞬間にその足を捕らえると、空気以外は通さない結界を叔母の身体の表面に張り巡らせ固定して逃げ出せない様にする事に成功した。

「落とさないで下さいね。」

 ホッとした様な様子を見せるラエル師にそう頼むと、なんとか助けられた者と一緒に野営地を飛び出す。
背後では、何かを殴打する鈍い音が響いていた。


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アスラーダは今回の作戦では『僧侶』ポジションでした(まる)。
ひたすらスク○ト要員……。
本来アスラーダは、8つある属性の内7つしかない為、
他人への補助魔法も掛けられないのですが、
この魔法に関しては管理者権限によりその縛りが排除されています。
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